本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、農業分野においてレベニューシェアモデルなど、新しい仕組みづくりで着実に実績を上げているITベンチャーの株式会社オプティム(本社:東京都港区)を取り上げます。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(38)

AIとレベニューシェアで農業を変える-オプティムの挑戦

1.  農業分野への参入は冷静な情勢認識から

 オプティムは10年後の日本農業の姿として、①本格的農業経営者が農業生産の大半を占める、②農地が集積・集約化される、③先端技術を活用したスマート農業が展開する、の3点を挙げています。

 農林水産省の調査では、図1に示すように担い手注1が利用する農地面積の割合は年々増加し、1996年3月の17.1%が2019年3月には56.2%に達しています。面積規模別の農業経営体による耕地面積シェアの推移は、表に示す通り、北海道以外の都府県では20ha以上の農業経営体による面積シェアが5.7%(2005年)から17.3%(2015年)に増えています。北海道では、30ha以上の経営体による面積シェアが61.9%(2005年)から70.9%(2015年)に増えています。

注1:農林水産省は、効率的かつ安定的な農業経営を実現している経営体及びそれを目指している経営体のことを「担い手」と呼んでいる。

 道半ばではありますが、オプティムが掲げる①農業経営の本格化、②大規模経営体への農地集積は、政府の政策の後押しもあり徐々に進んでいます。③がどの程度進展するかによって、10年後の日本農業の姿が決まる状況になっています。同社は、このような情勢を冷静に認識した上で農業分野に参入し、10年後の日本農業に必要とされる先端技術の活用法を開発しています。

 

 

 

 

2.  農業改革の流れを創る

 同社は、「AI・IoT・Robotics を活用し、“楽しく、かっこよく、稼げる農業”を実現する」というビジョンを掲げています。周知の通り、農業分野は課題山積です。高齢化の急ピッチな進行に伴う人手不足と後継者不足は、耕作放棄地の急増を招いています。ICTを活用した生産・流通・販売の一層の連携推進と大幅な効率化、農業産品の品質の一層の向上などでも速やかな対策が求められています。

 これらの課題解決のための提言は山のようにありますが、このような状況の突破口となるのは、実効性があり便益を身近に感じられるソリューションを楽しく実行することです。生産者がひとたびメリットを認識すると、小さな流れができます。ソリューションの適用範囲や領域を拡げていくと、これが次第に大きな流れになります。

 

3.  先端技術の活用は課題解決を基本に

 同社は、「楽して儲ける」ために、いくつかのソリューションを準備しています。「儲ける」ためのピンポイント農薬散布テクノロジー、「楽する」ための見回りの効率化などです。どちらのソリューションもドローンとAI・IoTの活用が中心となっています。

 通常は農場全体に農薬を散布しますが、同社のソリューションは、ドローンで空撮した農地の画像をAIで分析し、作物に発生した害虫を検知します。そしてIoTを活用して農薬を積んだドローンを制御し、駆除が必要な場所にピンポイントで農薬を散布します。これにより、農薬使用量を抑え生産コストを引き下げることが可能になります。また、何よりも減農薬の農作物の栽培、販売が可能になります。

 消費者の立場で考えると、残留農薬は気になる課題の一つです。同社は、これを先端技術で解決したのです。同社は、米のタンパク含有量の計測結果を利用し、場所ごとに施肥量を最適化する試みにも挑戦しています。これらのソリューション開発は、当たり前に行われている農薬・施肥の全面散布を疑問に感じたことに端を発しています。これを変えるために先端技術を駆使しているのです。

 見回りの効率化については、作業時間の約50%が田畑の見回りに使われ、高齢化・人手不足の農業現場では大きな負担になっていることに着目しています。この課題を解決するため、同社は、ドローンで田畑の見回りを行い、生産者は空撮画像を自宅で見ることで作物の生育状況の確認や病害虫の早期発見につなげるというソリューションを提供しています。

 同社はこれ以外にも、農作業記録の音声入力システムなどの栽培管理の効率化や、ドローンを用いた農地調査、AIによる作物の生育予測などにも挑戦しています。そして、これらのAIやIoTを活用したソリューション群を「スマート農業ソリューション」という名称で体系化しています。

 

4.  レベニューシェアモデルの採用による価値創出

 しかし、先端技術主体の取り組みだけでは、3年程度で行き詰まるのが通例です。これを突破する特効薬となったのは、レベニューシェアというビジネスモデルです。付加価値を関係者でシェアするモデルです。同社は、ピンポイント農薬散布を用いることで可能となる残留農薬不検出という付加価値により、商品をより高い値段で販売することに成功し、この付加価値を生産者とシェアしたのです。

 具体的には、同社は生産された全農産品を生産者価格で買取ります。付加価値がある農産品は、市場価格の1.5倍~3倍で売ることができました。この付加価値からソリューション提供と流通・販売にかかる費用を差し引いた分を生産者とオプティムでシェアすることとしたのです(図2参照)。その代わりに、ピンポイント農薬散布テクノロジーやスマート農業ソリューションについては、無償提供しています。このモデルの採用により、過去実績では、生産者は通常の1.5倍ほどの利益を享受しているそうです。

 同社の取り組みが成功しているのは、大豆と米の分野です。大豆については、ブランドが確立している兵庫県丹波篠山産丹波黒の黒大豆・枝豆を扱っています。この農産品は、粘土質の土壌と昼夜の大きな寒暖差によって独特のコクと甘みが生まれ、特に、黒枝豆は食通のマンガ「美味しんぼ」に登場して有名になりました。また、米については「青森県産まっしぐら」「佐賀県産さがびより」「大分県産にこまる」のように県産・品種ごとに残留農薬不検出のブランド化して販売しており、大好評だそうです。

 生産者がAIやIoTの価値を理解するまでには、時間がかかります。天候によって農作物の収量は大きく変化するので、数年間使ってみて、統計的に比較することで、ようやくその効果を実感できるのです。一方、AIやIoTは使われる中でデータを収集・分析し、現場で活用する中で精度が高まるという特性を有しています。つまり、生産者とICT企業が協働でAIやIoTの効用を高めていく仕組みづくりが伴わないと、先端技術の有用性を実感しにくく、結果として普及しないという現実があるのです。

 レベニューシェアモデルは協働を促進するモデルで、仕組みづくりが成功すると生産者もICT企業も利益が増えます。そのためには、さまざまなことを試してみることが必須です。同社は生産者と話し合いながら、良い商品の生産・提供のためのAI活用法の開拓、流通・販売ルートの開拓、物流ルートの確保などについて仮説を立て、PDCAを回してこれを検証し、良いものを残していくという地道な作業を実施しました。このような試行錯誤の繰り返しで、初めて機能する仕組みが構築できるのです。テクノロジーの優位性を掲げて参入し失敗する企業が多い中、新しいモデルを軸に生産者と協働し、5年間という短期間でwin-winの関係構築に成功した点は大いに評価されるべきだと考えます。

 

図2:レベニューシェアモデルのイメージ

【出所】オプティム提供資料

 

5.  今後の課題解決の方向

 同社は、すでに大豆と米でスマート農業ソリューションをビジネス化しています。今後の課題は、野菜などへの応用です。大豆や米の場合は、空中散布できる登録薬剤が豊富であり、空中散布前提のソリューションを開発することが可能です。一方、野菜の場合は、空中散布できる登録薬剤が限られているうえ、野菜に適したダウンウォッシュ注2が可能な散布ドローンの開発も必要です。このように野菜に適した条件が揃えば、野菜向けのソリューションを開発する可能性が出てきます。

注2:ドローンのプロペラの回転によって吹き降ろされる風のことを「ダウンウォッシュ」という。

 また、野菜は病害虫を発見したらタイムラグなしで農薬散布が必要になるため、AIによる画像解析を遅滞なく行い、その結果に基づき農薬散布を直ちに行うソリューション開発も求められます。ハードウェア的にはエッジコンピューターを活用した実時間での画像処理、複数ドローンの活用による農薬散布までの時間短縮が鍵となります。しかもこれを低コストで実現しなければなりません。

 さらに、新しい技術の効果の見極めや普及には、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)や都道府県の農林関係の研究センターとの協力関係の構築も不可欠です。

 このような多大なエネルギーを要する取り組みの推進力となるのは、有機農産物という新しい市場の存在です。有機農産物は、化学肥料や農薬の使用を避けることを基本として生産される農産物ですが、我が国ではこの分野の市場開拓が遅れています。農林水産省の資料によれば2016年度における有機JASの格付がある野菜の生産量は全体の0.35%、大豆は0.4%、米は0.11%に過ぎません注3。一人あたりの年間有機農産物消費額は米国やドイツ、フランスの10分の1以下で、我が国の有機食品市場の推計規模は2017年で1,850億円に過ぎません注3。世界の有機食品売上が2011年の649億ドルから2016年の897億ドルへと5年間で38%も伸びている注3ことを考えると、この分野は日本でも、そしてアジアでも、これから成長する可能性が高いと考えられます。

 菅谷代表取締役社長が、オプティムを設立したのは2000年です。佐賀大学農学部出身でそもそも農業をやりたかったのだそうですが、ビジネスである程度成功し、企業体力がついた2015年にこの分野に参入しています。参入から5年間の苦闘があり、現在、ようやく農業ビジネスの形が見えてきた段階だそうです。若い会社の新しい発想とエネルギーが、さまざまな困難を乗り越えて日本農業を変革し、成長産業に変えることを期待したいと思います。

注3:数値の出所は、農林水産省生産局農業環境対策課「有機農業をめぐる我が国の現状について」より(令和元年7月26日 農林水産政策研究所公開セミナー 「EUの有機食品市場の動向と有機農業振興のための戦略」での発表資料)

 

今回紹介した事例

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AI・IoTの力で安心安全で健康なたべものを作る ― オプティムの「スマートアグリフード」

当社は、各産業とITを組み合わせる「○○×IT」と呼ぶ取り組みを行っており、その中で「農業×IT」にも注力している。ユーザーである農業法人は、IT投資について技術的なメリットはご理解いただけても、投資判断が難しい場合もある。そこで、初期投資を必要とせず、かつサブスクリプションとも異なる、レベニューシェアという新たなビジネスモデルを立ち上げた。…続きを読む

 

 

 

 
 
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