本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記 第87回】
岩見沢市のスマートの農業と地域DXの7ヵ条
1. はじめに
総務省は、2023年に「地域DXの実現へ 9つの好事例と成功の秘訣」をとりまとめ、発表しています注1。9つの自治体にインタビュー調査を行い、地域DXを成功に導くために必要不可欠と考えられる行動を抽出し、「地域DXの7カ条」にまとめたのです。岩見沢市のスマート農業への取り組みは、インタビュー調査の対象事例でした。この取り組みは、DXに挑戦している他の地方自治体や民間企業に参考になります。そこで今回は、同市の取り組みと地域DXの7カ条に焦点をあててメルマガを執筆してみました。
注1:調査報告書のURL:https://www.soumu.go.jp/main_content/000898901.pdf
地域社会DXの事例/成果一覧のURL:https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/local_support/ict/case.html
2. 地域DXの7カ条とは
「地域DXの7カ条」をまとめたものは、表のとおりです。地域におけるデジタル活用を成功に導くためのノウハウが的確にまとめられています。
表:地域DXの7カ条
必要な行動 |
落とし穴 |
回避するための対応例 |
① 地域課題の徹底的な話し合い 取組開始前でのデジタルで解決する課題の明確化/具体化 |
デジタル技術ありきの課題解決 地域課題とデジタル技術の不一致 |
部門内/部門横断での地域課題の話し合い 地域住民も交えた課題と解決策の話し合い |
② 地方公共団体内の一枚岩化 取組開始前における自治体内の体制構築 |
自治体内の関連部門の巻き込み不足 |
総合計画/デジタル化計画への組み込み 首長クラスからの号令 自治体内のキーパーソンへの根回し・調整 |
③ 目標と役割分担の明確化 企業や大学等の専門家との効果効率的な協働 |
目的意識の不一致 曖昧な役割分担による手戻り |
目的やゴールに対する理解の醸成 役割分担と責任範囲の明確化 スケジュール管理の実施 |
④ 互いに支え合える仲間づくり 他自治体や企業、大学・研究所等の輪の拡大 |
協力先の早期離脱 情報ネットワークの不足 |
パートナーの探索・選定 他自治体からの知見・ノウハウ共有 相談策の確保 |
⑤ 地域住民への直接的な聞き取りや説明 デジタルに対する抵抗感や警戒感の取り除き |
地域課題に対する理解の不足 デジタルサービスの普及停滞 |
地域住民からの悩み事の聞き取り 対象住民向けの説明会 住民接点での個別説明 |
⑥ 地方公共団体内外へのコミュニケーション デジタル化の目的や背景、進捗状況等の積極的な発信 |
関係組織の巻き込みの難しさ 道半ばでのモチベーション低下 |
外部メディアの活用 表彰やHP掲載によるモチベーション向上 職員・住民からのアイディア公募・採用 |
⑦ 迅速な意思決定・PDCAの仕組み構築 デジタルの知見やノウハウを自治体内で蓄積 |
類似の失敗事例の繰り返し 予算確保の長期化による気運の低下 |
知見・ノウハウを蓄積する仕組み作り 意思決定の高速化 PDCAの仕組み作り |
3. 岩見沢市のスマート農業への取り組みと地域DXの7カ条
岩見沢市のスマート農業への取り組みは、2013年1月29日の「いわみざわ地域ICT農業利活用研究会」の設立からスタートしています。そして生産者の声に応えて、RTK-GNSS注2基地局(市内4か所)を設置し2013年4月から農作業機械などに対して高精度な「位置情報配信サービス」を、気象観測装置(市内13か所)で取得するデータを基に同年5月から50mメッシュ単位で「農業気象配信サービス」を開始しています。当初109人からスタートした研究会は、現在では約300名の生産者が登録するまで成長し、同市のスマート農業を推進する重要な組織となっています。
注2:Real Time Kinematic Global Navigation Satellite Systemの略語。GPSなどの衛星を用いた測位と地上に設置した「基準局」からの位置情報データを組み合わせることで、衛星だけの測位より高い精度の測位(誤差数センチ以内)を実現する技術を指します。
同市は、その後も農林水産省や総務省の実証事業などを利用し、5G技術を活用したロボットトラクターの遠隔監視制御技術(下図参照)、気象変動に対応した最適栽培管理システムなどの先端技術の開発や実証に取り組んでおり、スマート農業では先進的な自治体として知られています。
図:2021年度に実施した5G技術を活用したロボットトラクターの
遠隔監視制御に関する取り組みの様子(出所:岩見沢市提供資料)
同市がこのように農業のスマート化を先導することができている背景には、次のような地域DXの7カ条のベースとなった活動があります。
① 地域課題の徹底的な話し合い:地域住民がどのような課題を抱えていて、それをどのような方法
で解決できるのか、これを明確化することがDXの第一歩となります。同市では「いわみざわ地域
ICT農業利活用研究会」を舞台に、地域住民である農業生産者主導で地域課題の明確化が行われて
います。その際の岩見沢市の役割は、地域住民の課題を可視化するお手伝い、それから費用対効果
を見合うようにするためのアイディア出しと経済分析です。この知見とノウハウは、事例を重ねる
と深まります。
② 地方公共団体の一枚岩化:岩見沢市では歴代市長がスマート農業を重視し、トップダウンでこれ
を推進しています。トップがリーダーシップを発揮し、しかも方針がぶれなかったことが、この実
現に大きく貢献しています。もちろん、生産者の要望をかなえるために知恵を絞ることが、当たり
前になるなど職員の意識改革も進んでいます。
③ 目標と役割分担の明確化:岩見沢市は最先端の農業ロボット技術とICTの活用による世界トップレ
ベルのスマート農業とサステイナブルなスマートアグリシティの実現に向け、北海道大学、NTT、
NTT東日本、NTTドコモと産学官連携協定を結んでいます。協定締結によって目標と役割分担を明
確化したことが、組織的な協働につながっています。
④ 互いを支え合える仲間づくり:大きなプロジェクトの遂行には、中長期的に一緒に取り組んでく
れる企業や大学などを増やす仲間づくりが重要です。同市では、総務省や農林水産省の実証事業な
どに参加する構成員を通じて企業との付き合いの輪がひろがっています。
⑤ 地域住民への直接的な聞き取りや説明:同市では、この観点でも「いわみざわ地域ICT農業利活用
研究会」が大きな役割を果たしています。同研究会のホームページを見ると、地域住民の声が紹介
されています。例えば、RTK-GPSを利用した自動操舵による有人・無人トラクターの協調作業に関
しては、次のような声が紹介されています。利点だけでなく、改善点・課題がきちんと把握されて
いるところがポイントです。
⑥ 地方公共団体内外へのコミュニケーション:同市は他の市町村との交流を重視し、ホームページ
を利用した情報発信に力を入れています。スマート農業の先進自治体との評判が高いことから年間
100件くらいの視察があり、他の自治体との情報交流が進んでいます。上記の研究会で逆に視察に
来られた市町村を視察することもあるそうです。対象となる市町村は喜んで受け入れてくださると
のこと。
⑦ 迅速な意思決定・PDCAの仕組み構築:北海道大学やNTTグループとの協力を通して、デジタルに
関する知見やノウハウを蓄積しています。このような知見やノウハウの蓄積が迅速な意思決定に貢
献しています。また、⑤で紹介したように、うまく行かなかった点を含め地域住民の声を集める仕
組みが構築されています。PDCAを回す体制が確立しているのです。
4. まとめに代えて
DXの基本となるのは、まずは課題を明確化することです。そして、課題を解決するためにICTツールの活用法を見極めることです。岩見沢市の場合、「いわみざわ地域ICT農業利活用研究会」を通じて生産者の声を集める仕組みを構築し、課題を明確化しています。そして、産学官連携協定を通じてNTTグループや北海道大学との交流強化で、ICTツールの活用に関する知見やノウハウを蓄積しています。
これらの取り組みに加え、農林水産省や総務省の実証事業などを上手に活用しています。実際に先端的な取り組みに挑戦することで、生産者、企業、大学、それから同市の知見やノウハウが強化され、相互の信頼感とwin-winの関係構築につながっています。DXの進展に必要なのは成功体験です。小さなものでも構いません。成功体験により新しい技術の活用に対する不安感や懸念が軽減され、新しい挑戦に前向きになる関係者が増えます。もちろん、その中心となる行政の中に、将来のビジョンを描きこのような活動を主導し、育てるために汗をかく人が必要なことは言うまでもありません。
同市の場合はこのような戦略的取り組みがうまく機能し、スマート農業の推進に大きく貢献しています。関係者のさらなる取り組みによって我が国のスマート農業が一層進展すること、そして労働力不足や後継者不足などの農業分野の課題解決に貢献することを期待したいと思います。
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