本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
今回から3回にわたって、2023年度に紹介しました事例の概要をお伝えしていきます。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記 第83回】
活発化する省人化投資・ウェルビーイング投資-2023年度のIoT導入事例の概要(その1)
1. 大きく変わったDX投資の環境
2023年度のIoT等導入事例17件の概要を、3回に分けて紹介します。これらの事例には、2023年度中に取材し2024年4月に公開したものを含みます。
2023年5月8日から新型コロナウイルス感染症の位置づけが、これまでの「新型インフルエンザなど危険性が高いいわゆる2類相当の感染症」から「季節性インフルエンザなどと同等の危険性が低い5類感染症」に変わりました。この移行に伴い経済活動が正常化しましたが、それと同時に人手不足という大きな課題が顕在化しています。
需要増に対応するために人を雇用したくても、それが難しい状況が全国的に、そして多くの業種で発生しています。この問題に対応するため、省人化や自動化を目指したDX投資が活発化しています。また、職場環境をより魅力的なものにして雇用を促進しようと、働く場のウェルビーイング向上を意識した取組みも始まっています。今回は省人化やウェルビーイング向上に関係する事例を紹介します。
2.水道管路の維持管理業務の省人化、漏水対応の迅速化を実現した豊橋市
豊橋市では水道管路の老朽化が進んでおり、漏水事故のリスクが年々増加していました。一方で、技術職員が減少し、管路の維持管理に必要なマンパワーや経験知が不足するという課題を抱えていました。
このため、2013年から漏水リスクが高い場所にフジテコム社の管路漏水監視システムを導入し、データ収集を開始しています。しかし、このシステムはネットワークに接続されておらず、月2回、システムを設置した場所に出かけていき、データを持ち帰って分析し、漏水の有無を確認していました。このやり方では、漏水が発生してからそれを把握するまで最長2週間かかります。
この対応を迅速化し、また、業務自体を省人化するために導入したのが、フジテコム社が開発したクラウド型IoT遠隔漏水監視システム「リークネッツセルラー」です。2020年度から実証試験を開始し、期待通りの効果が得られたので、2021年度から導入を開始しています。
管路の漏水とその位置は、音によって確認することができます。苦労したのは、マンホールの金属製蓋の下に設置した通信ユニットからの通信です(図1参照)。金属が電波をブロックするからです。この課題については、LTE-Mと呼ばれる第四世代携帯電話のIoTサービス向け通信方式の採用で解決しています。LTE-MはRepetition ( 繰り返し送信 )と呼ばれる機能を備えています。電波状態が悪く、基地局で一部のデータしか受信できない場合は、同じデータを繰り返し送信し、受信時にデータを合成することでデータ送信を成功させる方式です。まさに、「リークネッツセルラー」にうってつけの通信方式だったのです。
図1:リークネッツセルラーのシステムイメージと設置イメージ
※音圧ロガー横の吹き出しの58dBは、音圧レベル(観測点で検出する音源による振動の強さ)を示す
(出所:フジテコム社ホームページ)
「リークネッツセルラー」の導入により、豊橋市は職員が現地に出向いてデータ収集を行っていた業務量など60人日/月の削減に成功しています。そして、この削減分を漏水調査業務、漏水修繕業務、立会業務などに振り替えています。また、従来は、漏水有無の判定には職員の経験知が必要でしたが、「リークネットセルラー」ではアルゴリズムが自動判定してくれます。これによって、経験が少ない職員でも漏水発生状況を速やかに把握できるようになりました。
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3.工程管理システム導入で時間を生み出しブランディング事業を強化した山中漆器
山中漆器は450年の歴史を持つ石川県加賀市の伝統産業です。木目模様を活かした自然な風合いが特徴の伝統漆器に加え、樹脂を用いた近代漆器の生産も盛んな日本有数の漆器産地です。しかし、漆器の生産額はピークであった1985年の約400億円から現在は4分の一の規模に縮小しています。市場を広げることが大きな課題です。また、職人の高齢化・後継者不足による生産力の低下も大きな課題です。
漆器の生産は、漆器屋、素地(きじ)屋、塗師(ぬし)屋、蒔絵屋注1という分業制です。そして受発注業務や各工程の進捗確認は、電話とファックスの利用が中心でした。この非効率改善のために導入したのが、工程管理クラウドシステムです。2017年に産地の有志経営者によって一般社団法人山中漆器コンソーシアムを設立し、総務省の地域ICT生産性向上支援事業の補助金活用で工程管理クラウドシステムを開発し、運用しています。これにより「工程の見える化」「受発注業務のデジタル化による支払・請求処理の効率化」が実現され、漆器屋1社当たり月平均で75時間の業務削減に成功しています(図2参照)。
注1:漆器の生産では、漆器屋(問屋)がデザインを決めると、素地屋が木地を挽き、下地工程を経て、塗師屋が下塗り、中塗り、上塗りと漆を塗り重ね、蒔絵屋が蒔絵を加えて完成する。
図2:「工程管理クラウドシステム」導入前後の仕事場の変化
(出所:山中漆器連合協同組合竹中理事長提供資料)
生み出した時間は、ブランディング事業強化に有効活用しています。「山中漆器のファンを増やしていきましょう」という戦略に沿って、ターゲットをこれまでリーチできていなかった30代~40代前半のミレニアル世代に設定しています。デジタルマーケティングの勉強会を通じて、ウェブサイトの一新、デジタル展示場の開設、Instagramアカウントの立ち上げ、オンラインショップの開設など、継続的な改善を進めているところです。
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4. 業務DXロボットとロボット統合管理プラットフォームを提供するugo
2018年に設立されたugo株式会社(本社:東京都千代田区)は、携帯電話や無線LANで接続された業務DXロボット「ugo(ユーゴ―)」と定型作業を自動化するロボット統合管理プラットフォーム「ugo Platform」の2つの商品を開発・提供しています。
「ugo」は人が行っている業務を自動化・遠隔化することを、「ugo Platform」は、誰でも簡単にロボットを使えるようにすることを狙っています。ロボットを移動させながら実施してほしい作業を登録することで、誰でも簡単にロボット作業を設定できます。そして設定後は、ロボットが自動的に作業を実施します。
現在、「ugo」が対応しているのは、警備、点検、介護の3分野です。警備分野では、日中は立哨業務、夜間は巡回業務に活用するなど24時間フル活用されている事例があります。点検分野では、データセンター、プラント、工場などで設備の点検や遠隔監視などに使われています(図3参照)。一方、介護分野では、案内・運搬や巡回などの可能性について、検証を行っている段階です。
図3:ugoが実現する点検DXの一つ自動巡回/点検の概要
(出所:ugo提供資料)
ugo社は、業務をパターン化して警備員の仕事量の減少度合を検証しています。その結果、2台のロボット導入で4人分の省人化効果があることを明らかにしています。
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5. 実証の「場」の提供で空港業務のDXに挑戦する南紀白浜エアポート
日本にある97空港の大半は赤字運営です。この状況を少しでも改善するため、国や地方自治体は、一部の空港の運営を民間に委託しています。和歌山県にある南紀白浜空港もその一つです。2019年4月から「空港型地方創生」というコンセプトを掲げて空港運営を開始した株式会社南紀白浜エアポートは、苦境を打開するために空港業務のDXに挑戦しています。
DXに挑戦する資金が十分でない中、同社が着目したのは空港を民間企業の実証の場として活用することです。実証に伴うビジネス客の増加が期待できますし、成功した実証を実運用に移行することで空港業務の生産性向上を期待できるからです。多くの民間企業が開発中の製品やサービスを実証する場を見つけるのに苦労しています。ここに目を付け、南紀白浜空港をインキュベーションの場として活用しているのです。
同社は、「ドライブレコーダーを活用した滑走路の調査及び点検」など施設の維持管理業務のDX、それから「空港保安検査のAIによる支援」など運用・保安業務のDXと、さまざまな実証を民間企業と協働で行い、実証の成果を他空港に横展開する試みにも挑戦し結果を出しています。これらの取り組みは、空港業務の省人化・自動化だけでなく、空港の警備や清掃などの業務を“かっこいい業務”として幅広い世代に関心を持ってもらうことも狙っています。
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6. 従業員の体調管理ソリューションを開発したNTTコミュニケーションズ
工場やプラントなどの防爆エリア注2では熱中症リスクがありますが、利用可能なデバイスに制限があり高額である、などの理由で有効な対策ができていませんでした。NTTコミュニケーションズは、2023年に開発されたドイツ製の防爆対応リストバンドセンサーと同社のIoTプラットフォームサービス(Things Cloud®)を組み合わせ、より高精度で高品質な従業員体調管理(暑熱環境リスク対策)ソリューションを提供しています。
このようなウェアラブルデバイスやソリューションの活用はウェルビーイングの観点から重要で、利用が進みつつあります。
注2:防爆エリアとは、火災や爆発が起こり得る、空気中に可燃性物質が存在する場所を指す。
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おわりに
2017年からIoT等導入事例集の作成にタッチしていますが、最初の頃と比較すると現場や社会の課題解決に成功する事例が増えたと感じます。なかには山中漆器のように、省人化で生み出した時間を新規顧客開拓のためのマーケティングに活用する、あるいは南紀白浜エアポートのように、離発着回数が少ない空港という苦境を逆手にとって、それを実証の場として活用するなど、取材の際に「これはすごいな!」とワクワクする事例が多かったのが2023年度の特徴でした。2024年度も同様の事例をできる限り多くお届けできるよう挑戦いたします。
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