本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は2024年度のIoT等導入事例の概要を、2回に分けて紹介します。第1回目は、位置情報の活用事例を紹介します。

ここに注目!IoT先進企業訪問記 第90回

位置情報の上手な活用 2024年度IoT等導入事例の概要(その1) 

1. 伸びしろの大きな分野はアプリケーション

 2024年度のIoT等導入事例9件の概要を、2回に分けて紹介します。第1回目の今回は、位置情報の活用事例を、第2回目はAIの活用事例を紹介します。いずれもビジネスや社会に新しい価値を提供するアプリケーションです。

 2025年4月30日に、経済産業省の若手行政官が「デジタル経済レポート:データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略」という面白いレポートを公表しています。「デジタル赤字」に着目し、その背景にある我が国の産業と市場の構造問題を明らかにしているのです。その中で特に興味深かったのは、アプリケーション事業やミドルウェア/OS事業は高利益率・高成長率事業であり、我が国はこの事業を起点に海外からの受け取りを増大する必要があるとの分析です。

 一方で、 SI事業は、低成長・低利益率事業であり、AI革命と外資サービス進出による外圧でビジネスモデル転換が迫られ、本事業を主たる収益源とするベンダー企業は、ビジネスモデルをスマイルカーブ上流、下流に移行しなければ、国内ですら生存は難しいと分析しています。

 筆者はこの主張に全面的に賛成いたします。でも、日本国内では似たようなアプリケーションが多数存在し、規模の経済性や範囲の経済性を十分には実現できていないように思います。それぞれのアプリケーションを国内のみならず海外にも展開し大きく育てる、いくつかのアプリケーションを連携・統合してビジネス規模を拡大する、などのビジネス戦略が求められているように感じました。

 それでは、昨年度のIoT導入事例を順に紹介していきましょう。

 

2. 人流データを上手に活用したブログウォッチャーの「おでかけウォッチャー」

ブログウォッチャー社は、スマートフォンから収集し、ユーザ許諾(オプトイン)を得た位置情報データを活用し、観光統計や人流分析の分野でサービスを展開しています。「おでかけウォッチャー」というサービスです(図1参照)。位置情報データを観光や人流分析に活用している社はいくつかありますが、同社は2つの点で他にない価値を提供しています。

図1:おでかけウォッチャーで可能な分析の概要
(出所:ブログウォッチャー社提供資料を筆者の方で合成)

 その一つは、数多くの観光スポットの形状の正確性にこだわり、10m四方メッシュでこれを登録したことです。この作業は、観光スポットのより正確な来訪者数の把握につながります。同社は1年という期間をかけて、各都道府県の観光スポット106,801か所を登録した全国観光スポットマスターを2023年6月に完成させています。データは寂しがり屋です。沢山のデータがあるところに集まる性質を持っています。同社はこの性質を利用すべく、観光スポットの形状データの収集に力を入れたのです。

 もう一つは、収集した人流データを観光統計で使えるよう、国に働きかけたことです。同社の人流データに基づくデジタル観光データは、今まで都道府県や市町村が観光統計として調査していたものよりも即時性に優れ、かつ、公式統計と極めて相関関係が高いという特徴を持っています。同社のデジタル観光統計を利用すると、観光統計作成作業の効率化が可能になります。現在、公益社団法人日本観光振興協会が、ブログウォッチャーのデータをもとに「デジタル観光統計オープンデータ」を提供しています。また、観光庁共通基準観光統計調査要領の2024年4月改訂版により、国の観光統計の調査手法にデジタル観光統計オープンデータの値を用いることが可能となっています。

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3. スマート農業の先進自治体となった北海道岩見沢市

 岩見沢市のスマート農業の取り組みも印象的でした。同市は、2013年1月29日の「いわみざわ地域ICT農業利活用研究会」の設立からスマート農業への取り組みをスタートしています。その特徴は、同研究会を通じて地域住民である農業生産者の声を集める仕組みを構築し、彼ら主導で地域課題の明確化を行い、さまざまなICTプロジェクトに取り組んでいることです。その際の岩見沢市の役割は、地域住民の課題を可視化するお手伝い、それから費用対効果を見合うようにするためのアイディア出しと経済分析です。そして、産学官連携を通じてNTTグループや北海道大学との交流を強化し、ICTツールの活用に関する知見やノウハウを蓄積しています。

 これらの取り組みの中で、同市は、農林水産省や総務省の実証事業などを上手に活用しています。先端的な取り組みに挑戦することで、生産者、企業、大学、それから同市の知見やノウハウが強化され、相互の信頼感とwin-winの関係構築につながっています。この知見とノウハウは、事例を重ねると深まります。当初109人からスタートした研究会は、現在では約300名の生産者が登録するまで成長し、同市のスマート農業を推進する重要な組織となっています。

 IoT導入事例で紹介したのは、同市の「位置情報配信サービス」や「農業気象配信サービス」の提供、実証・ほ場整備に関するさまざまな取組みです。その中には、総務省関連の「5G技術を活用したロボットトラクターの遠隔監視制御技術」なども含まれます(図2参照)。スマート農業には位置情報が不可欠であり、同市では2014年4月から提供している高精度な位置情報配信サービスが活かされています。

 また、同市は、ホームページを利用した情報発信にも力を入れています。スマート農業の先進自治体との評判が高いことから年間100件くらいの視察があり、他の自治体との情報交流が進んでいるとのことでした。​​​​​

 

図2:2021年度に実施した5G技術を活用したロボットトラクターの
遠隔監視制御に関する取り組みの様子(出所:岩見沢市提供資料)

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4. 新たなモビリティサービスに挑戦した北海道上士幌町

 上士幌町では、域内公共交通の不在が地方創生実現の足かせとなっていました。高齢者人口の増加に伴い、自動車運転免許証の返納が増加しており、免許返納後の移動手段の受け⽫の確保が重要となっていたのです。

 このため、上士幌町では、従来の定められた時間に定められた路線を走る福祉バスをデマンド化し、自宅前までの送迎などによって高齢者の外出機会の創出を図っています(図3の左側参照)。デマンドバスは、タブレットにより事前予約式にするなど空き時間を可視化するとともに、沿線住民の利用拡大を図っています。また、高齢者が使いやすいように、UI設計にこだわって開発しています(図3の右側参照)。さらに同町では、自動運転レベル4の社会実装に向け、事業性&技術面&社会受容面の課題解決に取り組んでいます。

図3 福祉バスデマンド化の概要
(出所:上士幌町役場提供資料)

 

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5.    林業の安全性と生産性の向上にLPWA通信網を活用した愛媛県久万高原町

 久万高原町では携帯電話がつながりにくい地域の代替通信手段として、LPWA(Low Power Wide Area)通信を活用しています。主な用途は、同町の基幹産業の一つである林業に従事する者の安全確保と効率的な作業支援です。また、除雪作業や鳥獣被害対策にも活用されており、作業効率化に役立っています。

 同町では、標高が高く見通しが良く、かつ、車でアクセスしやすい場所を選択し、町内20カ所に中継機を設置しています。これにより、広範囲にわたる通信エリアを実現し、林業従事者が持つ端末から確実に通信できるようにしています。(図4参照)

 

LPWAの中継機を経由して親機に通信が届けられる。親機からはインターネット接続。

図4 久万高原町のLPWA通信網の概要
(出所:久万高原町提供資料)

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6.おわりに

 2017年からIoT等導入事例集の作成にタッチしています。考えてみると、昨年度は地方自治体の事例が多かったですね。取材をしてみて、地方は課題の宝庫であること、その解決のために着実にDXが進展していることを実感いたしました。自治体の中には、総務省が2023年にとりまとめた「地域DXの実現へ 9つの好事例と成功の秘訣」の作成に貢献した岩見沢市のように、さまざまな知見を蓄積しているケースも増えています。2025年度もさまざまな社会課題・地域課題の解決に向けて、先進的事例をできる限り多くお届けできるよう挑戦いたします。

 

 
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