本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
今回は、筆者が最近考えていることをまとめた記事です。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記 第94回】
生成AI時代の価値創造とIT企業の役割
1. はじめに
今回は、生成AI時代における価値創造とIT企業の役割について考察します。近年、生成AIは急速に社会に浸透し、文章作成、画像生成、プログラミングなど、従来、ビジネス現場で人間が担ってきた知的労働の一部を代替し始めています。この技術革新は、多くの企業に従来の価値創造の前提を根本から見直すことを迫る一方、新たなビジネス機会をもたらしています。このような時代には、生成AIが不得意とする領域こそが新たな価値創造の源泉になるでしょう。
2. 生成AIが不得意な領域
生成AIは膨大なデータをもとにパターンを抽出し、確率的に最適な出力を提示することに長けています。一方で、未知の課題に直面した際に「問いを立てる力」や「試行錯誤を繰り返す力」は十分ではありません。また、共感や倫理的判断といった人間固有の能力もAIが模倣するには限界があります。生成AIが不得意で、人に固有だと言われているのは、現時点では以下の4つの能力です。
① 創造力と問題解決能力(新しい問いを立てる力、協働しながら課題を解決する力、試行錯誤を繰り返し失敗から学ぶ力など)
② コミュニケーション能力(他者に共感する力、対話を通じて理解を深める力、チームをまとめ方向性を示す力など)
③ 批判的思考力(ファクトをチェックする力、複数の情報源から真実を見抜く力、データを読み解き意味を抽出する力など)
④ 倫理的判断力(AI倫理を理解し適切に使う力、著作権や知的財産権の問題を認識する力、プライバシー保護を徹底する力など)
これらの領域は、人間が持つ「知」の核心となる部分です。生成AI時代においては、これらの領域で人の能力を高めることが企業の価値創造の中心となるでしょう。
3. Intelligence Amplificationの発想による価値創造
ここで重要となるのが「Intelligence Amplification(知の増幅)」の発想です。AIを人間の代替として捉えるのではなく、人の「知」を強化するためのパートナーとして位置づける考え方です。人の能力を補完・強化するツールやサービスを提供することで、新たな価値を創造できます。前章で述べた4つの能力を強化するアイデアは、次のとおりです。
3.1 創造力と問題解決能力の強化
今まで「見える化」できなかった領域でデータを収集し、可視化する技術は、「知」の増幅の典型例です。まさにIoTが必要とされる領域です。IoT導入事例紹介にも、「見える化」を実現した事例が沢山掲載されています。
人の目には見えにくいパターンや関係性の提示により、「問いを立てる」ことができます。立てた問いをベースに生成AIと「壁打ち」することで、問題解決能力を高めることができます。そして、関係者と課題を共有し、その解決のための計画の進捗状況やパフォーマンス変化を数値化することで、PPDACサイクル注を回すことができます。
注:データを使って仮説を検証したり、どうするかを決めたりするための手順のひとつ。Problem(課題)を見つけ、Plan(計画)を立て、Data(データ)を集め、Analysis(分析)し、Conclusion(結論)を出すという手順で作業を進める。
3.2 コミュニケーション能力の強化
コミュニケーション能力の強化を支援するツールやサービスが出現しています。例えば、RevCommのMiiTelです(図参照)。このサービスを使うと、営業やマネジメントにおける会話を音声解析AIで可視化・分析することができます。話者の発話量や間の取り方、感情のニュアンスを数値化し、改善点を提示します。この可視化により、利用者は自らの対話スキルを磨くことができます。
図:MiiTelの活用シーンと提供価値(出所:RevComm提供資料)
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3.3 批判的思考や倫理的判断能力などの強化
批判的思考や倫理的判断能力などを強化するツールやサービスの開発も重要です。氾濫するフェイクニュースや誤情報に対するファクトチェック支援ツール、著作権やプライバシーに関する問題を自動的検出し、利用者に警告を発する仕組みなどが不可欠です。これらは単なるリスク回避ではなく、人の判断力を高め、社会的信頼を確保するための基盤となります。
私が着目しているのは、Kahoot!などのゲーミフィケーション型のツールです。ツールを使って参加者がリアルタイムで回答を競い合うことで、知識の定着だけでなく、瞬時に判断する能力や情報を取捨選択する能力を養うことができます。このような仕組みを利用することによって、批判的思考や倫理的判断などを楽しみながら鍛えることができそうです。
4. 生成AI時代のIT企業の新たな使命
生成AI時代におけるIT企業の使命の一つは、人の知的能力を高めるためにユーザ企業の「環境」を設計し、「知」の増幅を実現することです。その実現のために、ビジネス現場では、「共創」と「伴走」の発想が不可欠です。
共創の発想は、技術開発や業務変革において、アイデア創出段階からユーザ企業と共同で企画・設計・開発・実証・実装までを担うことです。生成AI活用やデータ分析などの領域でユーザ企業との共創で「知」を増幅し、新しい価値創造を促進するパートナーとしての役割を果たします。
一方、伴走の発想は、ユーザ企業のDXロードマップに寄り添い、DX化計画の策定、ツールやアプリの選定、人材育成、運用支援など「知」の増幅を継続的に支える仕組みづくりの役割を担うことです。単発的な導入支援ではなく、長期的に企業の成長を支える伴走者としての立場を確立することが重要になります。
この二つの発想は、IT企業が単なる技術提供者から「知」の増幅のパートナーへと進化するための鍵となります。ユーザ企業にとっては、パートナーであるIT企業の能力により革新の推進力や変革の持続力に影響が出る可能性があります。
共創・伴走モデルを確立することは容易ではありません。リソースの負担が大きく、スケーラビリティが課題となるからです。共創や伴走ができる高度なスキルを有する人材育成も大きな課題となります。これらの課題に対応するためには、教育や研修により人の能力を高めることが必須です。
また、人と生成AIの機能と役割を常に評価し、そのベストミックスを探ることが求められます。また、リソース負担が大きな共創・伴走を効率化するために、標準化されたフレームワークやツール群を用いることも必要になるでしょう。
5. 「知」の増幅を支える新しいKKD
ビジネス現場の「知」を高めるには、①知の形式知化、②知の定量化、③新しいKKDの確立が重要になります。従来の「勘(K)・経験(K)・度胸(D)」に依存した意思決定を、新しいKKD、つまり「勘(K)・経験(K)・データ(D)」に進化させることが、知の増幅を持続可能なものにする鍵です。
ビジネス・パフォーマンスが個人の能力に依存することが多い分野、例えば、保守や運用などの分野では、勘と経験の集合知が「知」の重要な要素であることが知られています。AI領域では、米国や中国に遅れをとってしまったわが国の企業ですが、勘と経験の集合知を形式知に変えることで、この領域で存在感を示すことが可能です。
また、人は、自分が成長すると自覚できれば、それが新たな学びの大きなモチベーションとなります。生成AIが不得意で、人に固有だと言われている4つの能力の計測は容易ではありませんが、知的能力を補完・強化するサービスやツールの開発が進展し、「知」の計測が徐々に可能になるでしょう。知が「見える化」できれば、人のモチベーション向上により学びが促進され、人ならではの能力がより高まることが期待されます。
このように、ビジネス現場で価値創造につながってきた「知」の形式知化を進めること、「知」を定量化しデータ分析を可能とすること、これが生成AI時代に価値創造を進める一つのやり方です。繰り返しになりますが、今までは「勘」「経験」「度胸」が、わが国のビジネス現場での仮説検証や意思決定のスタイルでした。この“度胸”を“データ”に変え、新しいKKDとすることが、これからのビジネス現場の「知」の増幅を左右するでしょう。


