
本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記 第89回】
顧客ニーズに応えたモノづくり・IoT活用に挑戦したヤマトシステム開発
1. はじめに
ヤマトシステム開発株式会社(本社:東京都江東区)からセキュリティmoduleサービスの話を伺ったとき、顧客ニーズを的確に把握され、かつ、そのニーズを満たすためのプロセスを的確に実行されたことに感銘を受けました。今回は、同サービスの開発プロセスに焦点をあてながら同社の取り組みについて紹介します。
2. 開発のきっかけは前サービスの売り上げ低迷
セキュリティmoduleサービスを開発するきっかけは、前サービスの「セキュリティBOX」の売り上げ低迷でした。このサービスは2005年のプレ販売開始後は好評だったのですが、稼働台数が2,000台に到達する前後から利用台数が伸び悩んだのです。利用顧客数は増加傾向にあったものの、1顧客当たりの利用台数が大きく減少したのが原因です。
2019年度に行った顧客ヒアリングで判明したのは、セキュリティBOXのケースが約7kgなので書類を入れると10kg程度となり、非力な人では運べないこと、ケースの3辺を合計すると110cmもありかさばることでした。また、もともと想定していた書類の輸送がデータ伝送に置き換わり、送るものがCDなどの記録媒体や封筒数枚と軽いものに変わっていたのです。
3. 顧客ニーズをベースとした開発
ヤマトシステム開発は、宅急便で知られるヤマトグループのITサービス提供会社です。金融・保険業、卸売・小売・販売業、自治体・行政などの業界に対応したサービスを展開しています。
同社がセキュリティBOXの改善を検討する際にまず行ったのは、顧客が求めるサービスの明確化です。ITサービスを提供している会社らしいアプローチです。仮説を数案作成した上で顧客ヒアリングを実施し、その効果を検証しています。その結果として判明したのは、セキュリティを担保した形で重要物を輸送するという物理セキュリティ確保が重要であり、これは同社が得意なITサービスだけでは解決できないという事実でした。
このため、同社は社内でも事例が多くない「モノづくり・IoT活用」に挑戦しています。重要物を入れるケースは、重要物の種類によって最適なものが異なります。計画どおりに輸送されているか否かを確認するには、重要物の位置情報を正確に知る必要があります。また、仮に重要物を間違ったところに置いてきても、重要物を取り出すことができなければ物理的セキュリティは確保できます。
このような物理的セキュリティ要件を満たすためには、IoT機能を実装したセキュリティmoduleというスマートキーが必要だという結論に達し、その開発に舵を切ったのです。機器の形を南京錠型に決定し、顧客に広く受け入れられる機能を再定義し、機器の開発は協力企業を選定して行っています。その結果、開発されたのが図1の右側に示すセキュリティmoduleです。同図の左側に示すセキュリティBOXとは大きく異なるモノとなっています。

図1:セキュリティBOXとセキュリティmodule
(出所:ヤマトシステム開発提供資料、ホームページ写真から筆者作成)
IoTシステムの開発でよく見られるのは、IoTシステムを先に作って後から用途を考えるケースです。残念ながら、このようなケースではビジネス的に失敗することが多いように感じます。同社の場合は、これと逆のアプローチを実践しています。顧客ニーズを詳細に分析し、それを満たすためにIoTが必要だと判断し活用しています。このようなアプローチの方が、ビジネス的に成功する確率が高いというのが多くの識者の指摘するところです。
4.セキュリティmoduleサービスの概要
セキュリティmoduleサービスの使い方は簡単です。輸送セキュリティケースやバッグに重要物を入れ、セキュリティmoduleで施錠します。輸送はヤマト運輸以外の輸送会社の利用や自社での輸送も可能です。重要物の到着後、Web操作(パソコン・スマートフォン)あるいは専用ICカードを利用し開錠します。顧客が開錠者を限定することができ、開錠履歴も確認することができます。もちろん、輸送途中でも開錠者権限を再設定することが可能です。また、輸送時に携帯電話経由で位置情報を取得しているので、顧客自身で現在位置を確かめることができます。そして、これらのログ情報は6か月間保管されており、履歴を確認することもできます。(図2参照)
図2:セキュリティmoduleサービスの概要
(出所:ヤマトシステム開発ホームページ)
本サービスの優れた点は、顧客が輸送手段を変えずにセキュリティmoduleサービスを利用することでセキュリティレベルを向上できることです。社内便や社員などのハンドキャリーの場合であっても、重要物を輸送する際のリスクを低減することができるのです。本サービスの開始日は2021年4月1日ですが、この利便性が評価され2024年3月時点で顧客数が260社、稼働している機器数は7,000台に達しています。
同社はサービス面でもいくつかの工夫を行っています。まず、重要物を運ぶケースはトラックの中に入るとGPSを使った位置情報取得ができません。このため、セキュリティBOXでは携帯電話基地局の電波を利用して位置を特定していました。しかし、このやり方では位置を正確に示すことができません。それでセキュリティmoduleサービスにおいては、この機能に加えてWi-Fi機能を搭載し、Wi-Fi基地局の位置情報を追加利用することで位置精度を高めています。
また、重要物は航空機に搭載される可能性もあります。航空機の中では携帯電話の電波を発射できないので、航空機の中では機内モードに変更し、到着後に機内モードを解除して通信機能を復活させる必要があります。このため、空港の近くで留まっていることを検知する、それから空港近くの拠点でセキュリティmoduleを検知するという2段階の方法で確実に機内モードに変更しています。これで航空法の規制をクリアしているのです。
そして、到着後は航空便を受け取る拠点で、機内モードをOFFにしています。この際、携帯電話の電波をOFFにすると、インターネット経由の制御信号では機内モードを解除できません。それでセキュリティmoduleはBluetooth機能を搭載し、機内モードのON、OFF制御に使っています。
このような細かな工夫も評価され、同サービスは、一般社団法人日本クラウド産業協会のASPICクラウドアワード2024において、IoT部門総合グランプリを受賞しています。
5.セキュリティmoduleサービス 機能の多目的利用
セキュリティmoduleには、Wi-Fi機能、電子乗車券などのICカードとの通信に使う近距離無線通信機能、Bluetooth機能、それから携帯電話機能(LTE-M注)が入っています。同社が考えているのは、この機能をセンサーとの連動に活用することです。温度センサーを活用し輸送中の重要物の温度を管理し、温度が規定値から外れたらキーが開かないようにすることで重要物が品質を保ったまま輸送されたことを保証する、あるいは振動センサーを活用し、壊れやすい製品が衝撃を受けないで輸送されたことを保証するなどの用途です。まさに、輸送の高度化を実現するためにセキュリティmoduleを活用する方向です。
注:LTE-MのMはMachineから来ており、携帯電話の規格の一つであるLTEを利用する省電力・広域通信を可能とする通信方式のこと。
もう一つはセキュリティmoduleを輸送以外の用途に活用することです。水道メータに無線機を取り付け、巡回する輸送トラックに搭載した同moduleとの通信により水道メータの値を自動的に収集するなどのアイデアです。IoTではデータを収集するために必要な通信費用がハードルになるケースが多く、検針データをトラックで回収するというアイデアはまさにこの通信費用を節約することが可能となります。同社は実証実験を既に実施しており、その結果を基に関係者に働きかけを行う予定です。
顧客ニーズに基づき、輸送分野でセキュリティmoduleの高度活用を考える、さらに輸送以外の分野で活用を考えるという挑戦は、まさにベンチャー企業がマーケットを拡大する際に採用する戦略です。営業収益が640億円(2023年度)の同社が、サービス開発にあたりスタートアップ的な戦略を採用していることが面白かったのですが、考えてみれば、このような開発プロセスを採用していない企業の方が変なのかもしれません。同社のさらなる挑戦が、成功することを祈念したいと思います。
関連する事例紹介記事

IoT活用で輸送に関わる不安を解消する-ヤマトシステム開発の「セキュリティmoduleサービス」
ヤマトシステム開発は、1973年にヤマトホールディングスのコンピュータ部門を分社化し設立され、以来、物流業界のIT化を牽引してきた。近年の情報漏洩や盗難などのリスクの高まりに対応し、重要書類や高価値物品の輸送におけるセキュリティ強化が課題となっている。加えて人手不足が深刻化しており、効率的な輸送方法の確立も急務となっている。当社は、これらの課題解決を促進するために、IoT技術を活用したセキュリティmoduleサービスの開発に着手した。
…続きを読む
IoT導入事例の募集について