本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記 第92回】
「農業×ANY=HAPPY」で地域と未来をつなぐ~エムスクエア・ラボの挑戦~
1. はじめに
IoTやDXの導入事例を探す中で、株式会社エムスクエア・ラボ(本社:静岡県牧之原市)の「農業×ANY=HAPPY」というコンセプトに出会いました。農業という伝統産業に、ICTやモビリティ、流通、教育、コミュニティなどの異分野を掛け合わせることで、新たな価値を創出する同社の取り組みは、まさに地域DXの好例です。本稿では、同社がどのように課題を捉え事業を創造してきたのか、その背景と実践を紹介します。
2. 取り組みの背景
同社の取り組みの背景には危機意識があります。加藤百合子代表取締役CEOは、「農業界は閉じている。消費者も農業には関心がない。農業では儲からないことが課題として指摘されることが多いが、これは現象にすぎない。本当の課題は閉じた社会である。」と看破しています。ビジネスは、新しいアイデアや人材が入ることで発展しますが、農業分野ではオープンイノベーションの発想が十分ではないのです。このため、同社は「開け日本の農業」をキャッチフレーズにビジネスをスタートしています。農業と何か別のものを掛け合わせる掛け算の発想で新しいアイデアや人材を取り込み、新しい価値創造に挑戦したのです。
3. 掛け算の発想で創造した事業
同社は、「Mobile Mover(モバイルムーバー)」「Smart Village Labo」を軸に、「M2Lao Bharat(インド事業)」「やさいバス」「やさいバス食堂」というグループ事業を創造しています(図1参照)。

図1:エムスクエア・ラボが創造した事業の概要
(出所:エムスクエア・ラボ提供資料)
3.1 「農業×モビリティ」のMobile Mover
Mobile Moverは現場課題から生まれた作業支援モビリティで、農業現場の多様な作業を自動化し、楽にします。特徴は、スズキ製電動車椅子をベースに、作業機(ワーク)を着脱可能にした設計です。これにより、運搬・防除・草刈りなど複数の作業に対応することが可能になります(図2参照)。
この取り組みは、製造業の「モジュール設計」や「プラットフォーム構築」に通じる仕組みを農業に応用する戦略と考えられ、農業現場におけるDX推進に貢献することが期待されます。現在は、果樹・野菜の露地栽培や施設栽培での実証実験を重ね、量産化に向けた研究開発が進行中の段階です。


図2:Mobile Moverのベースとなる電動車椅子と開発中の用途例
(出所:エムスクエア・ラボ「ホームページ」)
3.2「農業×コミュニティ×ロボティクス」のSmart Village Labo
Smart Village Laboでは、農業によるコミュニティ活性化に取り組んでいます。静岡県菊川市にある同社の農場では、人とロボットが共存した農業経営を実践するプロジェクトに取り組んでいます。 Smart Village Laboは、インドにも進出しています。有機栽培と施設栽培をパッケージ化してインドでイチゴを生産したところ、一緒にやりたいという現地の方々から資金が集まって来ました。今後、大きな事業に発展する可能性があります。
3.3「農業×流通×ICT」のやさいバス
やさいバスは、地域密着型のスマート物流モデルです。生産者と購買者を直接つなぐことで、産地から中央市場を経由し小売店へと届けられるという従来の農産物流通が有していた以下のような課題を解決することが期待されます:
- 価格が市場で決定され、生産者の裁量が働かない
- 流通に時間がかかり、鮮度が落ちる
- 地元で生産されたものが地元に届かない
この構造的課題に対し、やさいバスは「地域内電子商取引+共同配送」というDX的アプローチで挑戦しています。やさいバスの仕組みは表のとおりです。
表:やさいバスの仕組み
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機能 |
内容 |
技術要素 |
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オーダー管理 |
購買者がスマホ等で注文 |
Webアプリ/クラウド連携 |
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生産者通知 |
注文が生産者に届く |
リアルタイム通知/API連携 |
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集荷・配送 |
やさいバスのバス停もしくはヤマト宅急便センターで集荷・配送 |
ルート最適化/ミルクラン方式注 |
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受け取り |
購買者が指定場所で受け取り |
トラッキング/通知システム |
注:牛乳業者が酪農家の間を回って牛乳を引き取っていく形態になぞらえた用語。ミルクラン方式では、製造業者自身、もしくは委託された輸送業者が決められたルートで発荷主を回り集荷を行います。個々の納入量がトラック一台に満たないような少量の場合、あるいはサプライヤーが一定の地域に密集している場合などに有用です。
このように、ICTを活用した注文・通知・配送の一体化により、地域内での効率的な流通が実現されています。ポイントとなったのは、製造業では一般的なミルクランという物流方式の採用です。生産者と購買者をつなぐ地産地消モデルは配送コストが高いという欠点があるのですが、この問題をミルクラン方式の共同配送で1/3に抑制することができたのです。また、データを使うことで商品の過不足を抑制するだけでなく、事業自体の運営効率化・利益率向上を実現しています。
この仕組みは、生産者には販路拡大・価格設定が可能・収益性向上などのメリットがあります。一方、購買者には新鮮な野菜を短時間で入手可能・仕入れコスト削減などのメリットがあります。このようなメリットが評価され、現在では、静岡を起点に全国17都道府県に展開しています。
また、同社は静岡県掛川市駅前で、誰もが『食』を軸に集まり、地域の「ヒト・モノ・コト」が交わる場所として「やさいバス食堂」を開設しています。共創により新たなアイデアを創出するコワーキングエリア、静岡県産の野菜、肉、魚を使い健康的でおいしい食を提供するフードエリア、地域のアンテナショップを一体として提供する事業です。
3.4 その他の事業
図1では紹介されていませんが、同社は「農業×教育」というコンセプトで、ジュニアビレッジという事業も行っていました。この事業は、現在グローカルデザインスクールが運営していますが、地域課題解決型の人材育成プログラムです。土づくりから農作物の栽培、さらには課題解決を目指した特産品の企画・開発・販売まで、すべてのビジネスプロセスが学びのプログラムに含まれています。小中学生が実際の地域課題に向き合い、農業を通じてビジネスプロセスを体験することで、課題解決力と創造力が育まれます。
4. 社会課題を起点にした堅実で着実なビジネス創造
エムスクエア・ラボの各事業は、一見するとユニークで挑戦的に映るかもしれません。しかし、その根底には「社会課題を起点にした着実なビジネス設計」という現実的な取り組みがあります。地域や現場のリアルなニーズに寄り添い、持続可能な仕組みとして丁寧に構築されているのが特徴です。
同社の事業発展のきっかけになったのは、静岡県から農業情報サイトの事業を受託したことでした。事業実施にあたり農家に取材し困りごとを集めたところ、売り先が少ない、思った価格で売れない、生産物がどのように食べられているか分からないなど、流通に関わる課題が出てきました。この課題からビジネスを考えたのです。
この課題を解決したのがやさいバス事業ですが、その生産・流通一体型のシステム開発とビジネスモデルの検討は、協議会を作って行っています。しかも実証を重視し、実際に機能するシステムやモデルを構築しています。
協議会を作りステークホルダーと共創したことは、事業化の際に役立ちました。一部の協議会メンバーが事業の先行きを見込み、投資してくれたのです。そしてこの事業でのご縁が他の事業の発展にもつながっています。的確な広報戦略、自治体との連携、省庁の委員会での発信も後押しとなり、やさいバス事業は地域DXの成功事例として注目されています。
5. DXの本質は「多様なステークホルダーとの共創」
エムスクエア・ラボの各事業は、単なる掛け算型の事業創造のための共創ではありません。「人のHAPPY」を出口に据え、課題を有する顧客との共創という側面も持っています。Mobile Moverでは、農業・農村で生活する人々にとって「となりにいるとミライに楽しく歩みだせる、相棒的モビリティ」を目指して開発しています。やさいバスは、前述のように生産者、購買者双方の課題を解決する事業です。
一方、Smart Village Laboは、さまざまな共創・共助を進めることで農業全体の価値を高める取り組みです。
同社の取り組みには、ICT関係者にとって社会課題をどのように解決するか、そして持続可能な価値創造をどう設計するかを考える際のヒントが詰まっています。
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エムスクエア・ラボ代表の加藤氏は、元々産業機械やロボットの技術者で、農業とは無縁であった。県の事業を通じて農業者への取材を重ねた結果、売り先がない、価格が安定しない、消費者の反応がわからないなどの課題が上がった。それは農業者だけでなく流通や消費者との関係性にも起因していた。農業と他分野を掛け合わせることで社会課題を解決するという発想のもと、農業用ロボットの開発や農産物流通の再構築など、複数の事業を並行して展開している。…続きを読む
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