本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、株式会社ブログウォッチャーの取材を通じて、人流データ・分析についてお伝えします。

ここに注目!IoT先進企業訪問記 第86回

使われる人流データ・分析にこだわったブログウォッチャーの「おでかけウォッチャー」

1.   はじめに

 株式会社ブログウォッチャー(本社:東京都中央区)の観光分野の人流データ・分析は、前身のコロプラ時代を含めると10年以上の歴史があります。自治体には広く知られたものです。しかしながら同社はこの分析方法に満足せず、従来の手法を徹底的に見直し、公益財団法人九州経済調査協会(本社:福岡県福岡市)と協力し「おでかけウォッチャー」を新たに開発し成功しています。価値の本質の見極めと他社の追随が困難な人流データの収集戦略は大いに参考になります。今回は、同社の挑戦にスポットをあてます。

​​​​​​2.   「おでかけウォッチャー」の概要

 「おでかけウォッチャー」は、乗換案内アプリなど140種類以上のスマートフォンアプリを通じて取得する3,000万MAUのGPS位置情報・属性情報(性・年齢など)を利用し、観光客の動きを把握しています。もちろん、データは利用者から明示的な同意を得て取得しています。取得データ数が多いので、実際の観光客数の増減を数百人単位で分析できます。都道府県が観光の基本統計として作成している市町村単位の観光客数、市町村が作成していた観光スポット別の観光客数を週に1回という高頻度で提供できます。そして、来訪者分析(どこを訪問しているのか)、発地分析(どこから来ているのか)、属性分析(どんな人が来ているのか)、周遊分析(どことどこを周遊しているのか)、旅程分析(どんな形で来ているのか)、時間分析(どの時間に来ているのか)の6つの分析が可能です(図1参照)。

注:Monthly Active Usersの略。MAUはソーシャルメディアなどで1月あたりのアクティブユーザ数を示す指標のこと。

 都道府県と市町村が共通の仕組みを使えるようになったのは、「おでかけウォッチャー」が沢山の観光スポットで観光客数を把握しているからです。前述のとおり、県は行政区内の観光客数を把握するために市町村単位に観光客と考えられる来訪者数を集計しています。一方、市町村はイベントなどの効果を見たいので、観光スポットを訪問する観光客数を把握したい。このため、域内数百か所の観光施設敷地形状内のいずれかを訪問する観光客と考えられる来訪者数を集計しています。この観光客数を把握する手法の違いは、一般社団法人広島県観光連盟の協力で解決できることが分かりました。広島県にある23市町を対象に県内数千か所の観光スポットを設定し、2019年1月から2022年12月までの3年間にわたって市町ごとに観光スポット来訪者数を集計し、県の公的統計である総観光客数と比較したところ、各年とも相関係数0.9以上と極めて高い相関関係を確認できたからです。一つの調査で都道府県のニーズも市町村のニーズも満たすことができることが確認できたのです。

     図1:おでかけウォッチャーで可能な分析の概要
(出所:ブログウォッチャー提供資料を筆者の方で合成)

3.   以前のアプローチはデータドリブン

 コロプラ時代の観光分野の人流データ・分析は、2011年から始まっています。携帯電話の位置情報を活用して「観光客」の動きを把握します。観光客が「どこから来たのか」「どこにどれくらい立ち寄ったのか」「どこに宿泊したのか」「どの観光地を周遊したのか」「日帰りだったのか宿泊だったのか」などの事項を調査し、データ分析結果に基づき観光客の「発地分析」「年代分析」「旅程分析」「宿泊地分析」「滞在時間分析」「周遊分析」などの調査・分析レポートを自治体に提供していました(図2参照)。自治体要望を踏まえながらも、人流データから自然に導き出せるデータドリブンの価値を提供していたのです。

 コロプラは10年で300以上の自治体調査事業を実施しています。しかし、2021年にその事業がブログウォッチャーに譲渡され、事業のさらなる発展を考えている時に気付いたことがあります。調査結果を用いて観光事業の改善に必要なPDCAを回している事例が少なかったのです。自治体が必要とする価値創出につながっていないのではと疑問を感じたことが、「おでかけウォッチャー」の開発につながっています。

図2:コロプラ時代の調査項目
(出所:ブログウォッチャー提供資料)

4.   「おでかけウォッチャー」の開発アプローチ

 「おでかけウォッチャー」の開発アプローチを考えるヒントは、意外なところにありました。コロナ禍で3密回避が不可欠となり、厳島神社、原爆ドームだけに人が集まる状況を打破したい広島県観光連盟が掲げた「ロングテールなプロダクト造成」というキーワードです。 100万人が集まる1か所の代わりに、1万人が熱狂する100か所を創っていきたいという発想です。100か所を創るには10倍・20倍の候補から選ぶ必要があるということで、観光スポット2,000か所常時モニタリングという着想が生まれ、「おでかけウォッチャー」の開発につながっています。

 新サービスの開発に当たっては、顧客である自治体の解決すべき課題を再定義しています。顧客課題として定義したのは、①どの観光スポットがなぜ人気なのかを早く知りたい、②予算や時間という手間をかけないで済む方法で取り組みたい、という自治体側の潜在ニーズを想定したものです。しかしながら、観測地点が多くなることに伴うデータ処理量の削減が大きな課題となりました。

 処理量を減らすために同社は、当時、分析機能を来訪者分析、発地分析、属性分析、周遊分析の4つに限定しました。また、九州経済調査協会との協業、国立研究開発法人情報通信研究機構の委託研究費活用などにより開発費負担を圧縮し、2021年10月に「おでかけウォッチャーβ版」のリリースに漕ぎつけています。さらに、初期アプローチのメイン顧客を47都道府県に絞り、彼らがお金を払えば傘下の市町村は無料で使えるという仕組みを考えています。

 

5.   こだわった観光スポットの形状の正確性

 このようなサービスを利用したいという自治体が相当数あったのですが、ここで大きな問題が発生しています。観光スポットの登録が追い付かず、自治体の要望に応えきれないケースも出てきたのです。ブログウォッチャーは、観光スポットの形状の正確性にこだわり前述の広島県の観光スポットを含め10m四方メッシュでこれを登録しています。これが正確でないと観光スポットの来訪者数の誤差につながるからです。観光スポットの割り出しは自治体の協力で可能だったのですが、建物の形状や観光地の場所の形状に沿った観光スポットの地理的位置の登録を社員の手作業で登録せざるを得ず、この作業に1年間を要しています。

 登録された観光スポットの数が多くなると、全体の動向が分かるようになります。しかしながら、自治体からの要望が出てから観光スポットの登録を行うと、その度ごとに大きな作業量が発生します。このような状況の発生を避けるため、同社は全ての都道府県の観光スポット106,801か所を登録した全国観光スポットマスターを2023年6月に完成させています。

 これにより、日本全国のどこの自治体から利用要望が出ても、直ぐに対応することが可能になりました。観光向けに他社の追随が困難な人流データの収集基盤を確立したのです。また、日本全体の動向との対比で市町村の観光スポットの動向把握も可能となりました。日本全体の観光客増加率と比較してわが町の増加率が上回っている場合、施策の有効性が高かったなどの評価が可能になったのです。

 また、市町村が人出を調査したい地点を独自に登録することができるように独自地点登録ツール「スッポトーる」を開発し、2024年4月から提供を開始しています。

 

6.   デジタル観光統計としての位置付けと今後の展開

 「おでかけウォッチャー」によって、今まで都道府県や市町村が観光統計として調査していたデータよりも即時性に優れ、かつ、公式統計と極めて相関関係が高いデータを取得可能なことが知られるようになると、このデータを観光統計として使えないのかという議論が出てきました。公益社団法人日本観光振興協会が2023年10月12日よりブログウォッチャーのデータをもとに「デジタル観光統計オープンデータ」お試し版の提供を開始し、現在、確定版の公表に向けてデータ検証中の状態です。

 また、観光庁共通基準観光統計調査要領の2024年4月改訂版により、国の観光統計の調査手法にデジタル観光統計オープンデータの値を用いることが可能となりました。都道府県や市町村の統計データの収集に活用でき、かつ、リアルタイム性という付加価値を創出する人流データの収集戦略が、思わぬ形でお墨付きを得たのです。

 「おでかけウォッチャー」を基盤としたデータ活用は、今後、さらに発展すると考えられます。既に、インバウンド観光客の復活に伴い2024年4月9日から九州経済調査協会と協力し、訪日外国人観光客の動きを把握・分析できる「おでかけウォッチャー(訪日版)」が提供されています。また、「おでかけウォッチャー」のデータをベースにした観光事業者向け、旅行者・消費者向けのデータ活用、売上データなど他のデータとのクロス分析による新たな価値の創出など人流データ・分析の基本を押さえているので、応用展開の領域が今後広がりそうです。特に期待されるのは、観光客の行動予測とその変容への働きかけです。これによって「オーバーツーリズム」という大きな問題の緩和が可能になるかもしれません。これをさらに推進するには、リアルタイムデータの分析を呼び水として、さまざまな関係者がデータを持ち寄って分析するエコシステムの構築が求められます。エコシステムの広がりにより、「おでかけウォッチャー」のデータを活用した観光分野のEBPM(Evidence Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)が一層身近なものとなること、これを契機に観光以外の分野でもEBPMが広がることを期待したいと思います。

 

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人流データに基づく観光EBPMの普及に貢献するブログウォッチャーのデジタル観光統計

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