本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
今回も第94回に引き続き、筆者が最近考えていることをまとめた記事です。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記 第95回】
DXに必要なプロジェクトマネジメントから課題解決型マネジメントへの発想転換
1. はじめに
DX導入においては、同じ技術を導入してもその成果に大きな差が生まれることがあります。その原因は技術力や投資額ではなく、マネジメントの発想の違いです。今回は、課題解決型マネジメントの必要性を整理し、導入に向けた具体的な行動について議論します。
2. DX進展の成否を分ける「マネジメントの発想の違い」
従来のマネジメントの主流は、進捗管理・予算管理・人員管理を中心とする「計画通りに進めるための管理」です。まさにプロジェクトマネジメントの発想で、これが管理職の大きな役割でした。これは定型的で変化が少ない業務運営には有効ですが、不確実性が高く大きな変化が求められる課題に対しては機能しにくいという欠点があります。
これに対し、課題解決型マネジメントは、「あるべき姿」⇒「課題の明確化」⇒「課題解決策の創出」⇒「実行と検証」というプロセスが中心となります。これは、変化の激しい環境に適応し、顧客価値を創出するためのマネジメントです。
3. 課題は分かっているのに解決策が見えない?
いくつかの企業とDXのためにブレーンストーミングを行った際に印象的だったのは、「課題解決策が見えない」と述べる企業が多かったことです。私は「課題として見えているものが違う」と感じました。そこで、課題解決型のマネジメントの手順を適用し、課題から考え直すことを提案し、賛同を得て実行しました。この手順では、まず「あるべき姿」を描くことから始めます。このために使う考え方が、バックキャスティング手法です。
この手法では、大きなビジネス変化に対応するための課題を抽出し、その解決策を求めるために、より長いレンジで考えます。未来のあるべき姿から振り返り(バックキャスティング)、その姿を実現するための課題や解決策を考えます。課題解決をめざす中で新たな課題が見つかることも多く、試行錯誤が前提となるやり方です。現在の課題から解決策を考えるフォーキャスティング手法に比べ、今まで考えたことがなかった課題や変革につながる解決策が発見できる可能性が高くなります。(図1参照)
図1:バックキャスティング手法とフォーキャスティング手法の違い
4. 「あるべき姿」を顧客起点で描く~ワクワクする未来像の必要性~
「あるべき姿」を顧客起点で描くことも重要です。「顧客価値」「事業の持続可能性」「価値の実現可能性」という3つの要件が重なるところが、価値創出の有力な機会となります。顧客起点は、ビジネス創造のリスクを最小化する上でも有用です。
実際に、ある企業と行ったブレーンストーミングでは、①納期回答の即時性、②品質・価格への納得感、③顧客要望へのワンストップ対応、④ウェブ上の情報把握、⑤開発・運用・保守までの伴走支援、⑥顧客の困りごと理解+適切な距離感での支援など、今までの議論では見えていなかった課題が浮かび上がりました。
「あるべき姿」を考える際に重要なのは、現在の業務の枠組みを規定している制約条件を考えないことです。制約条件を先に置くと、未来像は「現在の延長線」に閉じてしまい、顧客にとって魅力的なものになりません。むしろ、顧客がワクワクする未来像を起点にすることが、課題解決型マネジメントの本質です。例えば、エネルギー関係で私が思いついたアイデアは次のとおりです。
未来像①:地域全体のエネルギーを「共同運用」する街
- 集中冷暖房により、家庭やオフィスが快適で省エネな生活を享受する
- 余剰電力を地域内でシェアし、無駄のないエネルギー循環が実現する
- 住民がエネルギーインフラの「共同所有者」となり、地域の価値向上に参加する
顧客にとって「快適・低コスト・環境負荷の低い生活」を実現する未来像です。
未来像②:エネルギー投資が“老後資金”になる社会
- 巨額なエネルギーインフラ投資の一部を、顧客が「投資商品」として保有する
- 顧客は長期的なリターンを得て、老後資金の形成につなげられる
- 企業は安定的な資金調達が可能になり、地域の脱炭素化が加速する
エネルギー企業と顧客が「共に未来をつくる」新しい関係性です。
未来像③:生活データとエネルギーデータが統合された「手間ゼロの暮らし」
- 生活リズムやイベントに合わせて空調・給湯・照明が自動最適化される
- 顧客は省エネを意識しなくても、自然と最適な生活ができる
- エネルギー企業は、生活価値の向上に直接貢献する存在になる
エネルギー企業が「生活の最適化パートナー」になる未来像です。
5. ビジネスにつながる仮説を生むための3つの原則とPPDACサイクル
ビジネスにつながる仮説を生むための原則は、次の3つに整理できます。
原則1:仮説構築の出発点を「顧客の未来」に置く(例えば、顧客は10年後何に困っているか、
どんな価値を求めているか、どんな体験を期待しているかなど)
原則2:仮説は「あるべき姿 ⇒ 課題 ⇒ 解決策」の順で構築する
原則3:仮説の評価基準を「顧客価値 × 事業の持続可能性 × 価値の実現可能性」にする
課題解決型マネジメントでは、改善のためのサイクルであるPDCAよりも、PPDAC(Problem → Plan → Data → Analysis → Conclusion)が適しています(図2参照)。PPDACは仮説をデータで検証するためのフレームです。
図2:PDCAサイクルとPPDACサイクルの違い
6. 課題解決型マネジメント導入のための行動
課題解決型マネジメントを推進するために必要な行動については、現時点では、次のように考えています。今後、議論を通じてさらに精緻化することを想定しています。
6.1 課題解決型マネジメントの目的・定義の明確化
まず、経営層とDX担当部門が次の事項について、共通認識を持つ必要があります。そして、その共通認識を社内で共有します。
① マネジメントの発想転換が必要な理由
② 課題解決型マネジメントの目的と定義
③ 創出すべき価値
④ 必要な人材像
6.2 顧客起点の課題抽出ワークショップの実施と未来起点の仮説構築
さまざまなステークホルダーが参加する顧客起点のブレーンストーミングは極めて有効です。また、ブレーンストーミングでは、
① 顧客が望む未来像(あるべき姿)
② 未来の顧客価値を実現するうえでの課題
③ 課題を解決する仮説
の順で議論を進めます。ロジックツリーやバリューチェーン分析は、このプロセスの「後半」で使います。
6.3 組織能力の「実践の場」での育成
課題解決型マネジメントを実践するには、課題設定能力・仮説構築能力・データ分析能力・顧客理解能力・協働能力といった高度なスキルが必要となります。これらは座学では身につきません。現代の大学教育がアクティブラーニングやディベートを重視しているのは、まさにこれらの能力が「実践の中で身に付く能力」だからです。
このため先進企業では、次のような仕組みを導入しています。
① アクティブラーニング型の社内教育
ケースメソッド、ディベート、グループワーク、課題発見ワークショップなどを取り入れ、社員が「自分で考え、他者と議論し、仮説を作る」経験を積みます。
② OJT(オンザジョブトレーニング)による実践的学習
多くの企業が成果を上げているのは、現場における実際の業務課題を題材にして学ぶアプローチです。現場の課題をテーマにする、小規模なPoCを実施する、データ分析を実務で行う、業務部門とDX部門が共に仮説検証するなどにより、学びが「実務に直結」するようになります。
③ 社内課題解決プロジェクトの制度化
一部の先進企業は、社員が自ら課題を見つけ、その解決に挑戦する文化を育てています。社内ハッカソン、課題解決コンテスト、データ活用チャレンジなどの取り組みです。重要なのは、これらを単なるイベントで終わらせず、新規事業につなげることです。これによって、課題解決型マネジメントを「組織文化」として定着させることができます。
6.4 経営層のコミットメントと制度改革
マネジメントの発想転換を組織文化として定着させるには、経営層のコミットメントが不可欠です。評価制度を「課題解決の成果」に紐づける、失敗を許容する文化をつくる、予算制度を柔軟化する、部門横断プロジェクトを支援するなど、経営層主導の制度改革を進めることによって、課題解決型マネジメントが組織全体に浸透します。
7. まとめにかえて
大きな変革が求められる環境では、従来のプロジェクトマネジメントの発想では限界があります。この限界を打破するために有効なのが、課題解決型マネジメントです。
課題解決型マネジメントは、
① 顧客価値・社会価値の創出
② データ活用による意思決定(PPDACの活用)
③ 組織能力の強化
④ 変化への適応力向上
を実現するために有用です。DX部門が社内の他の部門と連携し、課題解決型マネジメントを推進する役割を担うことができれば、必要な変革を加速することができます。多くの日本企業が、マネジメントの発想転換により未来に向けた競争力を強化することを期待したいと思います。



