本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
今回は、高知県の取り組みをご紹介します。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記 第80回】
オランダ技術の活用で断トツの生産性を実現した高知県の園芸農業
1. はじめに
高知県は83.4%が森林におおわれており、森林面積率が全国一です。逆に耕地面積率はわずか0.6%。この少ない耕地で収益を上げるために生産性向上に注力した結果、水稲を除いた1ha当たりの農業生産額は全国で断トツの1位です。1ha当たり約640万円で、2位の山梨県(548万円)、3位の和歌山県(427万円)を大きく引き離しています(図1参照)。
この原動力となっているは、オランダの技術を高知県の園芸農業に合うようにアレンジして導入した、関係者の地道ではあるものの戦略的な取り組みです。高知県は冬場でも豊富な日照があり、これを活かした園芸農業は競争力を持っていました。この競争力をさらに高めるために、平成25年からオランダが先行していた環境制御技術の導入の実証を開始しました。
図1:1ha当たりの都道府県別農業産出額注1の比較(2021年)
注1:産出額は、米、畜産、加工農産物を除き、耕地面積は、米(水陸稲)を除いて算出(農林水産省データより)
(出所:高知県農業振興部農業イノベーション推進課提供資料)
2. 生産性向上のきっかけはオランダのウェストラント市との友好園芸農業協定
オランダと高知県の園芸農業には、大きな違いがあります。オランダでは農地の大規模化・集約化が進展しており、ハウスなどの農場施設の高機能化も進展しています。一方、高知県はオランダと比べると農地が小規模であり、集約化の動きもゆっくりとしたものです。ハウスなどの農場施設もビニールやポリフィルムで農地を覆った簡素なものが大半です。
また、オランダでは、消費量が多く大量生産向きで高収益が期待できる作物のトマト、ナス、パプリカなどに特化しているのに対し、高知県ではナス、ピーマン、ミョウガ、シシトウなど収穫するまでに手間がかかり、軽くて比較的単価が高い作物を中心に多くの品目を生産しています。生産量が日本一の品目と生産量の大半が高知県というオンリーワンの品目を合わせると10品目あります。狭い面積でも稼げる作物を選択し、それに集中することで競争力を磨いているのです。
さらに、市場環境も異なります。オランダにはEU(欧州連合)という開かれた大規模な統一市場が存在し、大量に生産した作物の多くが輸出されています。一方、高知県の作物は国内市場が主要ターゲットですが、国内大消費地から距離的に離れています。このような立地条件でも競争力を有する作物を選択しているのです。(表参照)
表:オランダと高知県の園芸農業の特色
|
オランダ |
高知県 |
農地と農場施設の規模 |
2000年以降、農地の大規模化・集約化が進展。ハウスなど農場施設の高機能化は1990年頃から進展 |
農地が小規模であり、集約化はゆっくりと進展。ハウスなど農場施設は簡素なもの |
コンピュータ導入の進展 |
1980年頃からコンピュータの導入が開始され、1990年頃には高性能温室の導入や環境制御技術の高度化により生産性が急速に向上 |
2013年から環境制御技術の効果を実証、この成果をもとに2014年度から県内で環境制御技術の普及促進 |
生産している作物の特徴 |
消費量が多く大量生産に向いている高収益作物に特化 |
収穫するまでに手間がかかり、軽くて単価が高い作物を中心に、狭い面積でも稼げる品目を生産 |
市場環境 |
EU(欧州連合)という開かれた大規模な統一市場が存在 |
国内消費が主で、国内大消費地から距離的に離れている |
高知県の園芸農業の生産性を大きく向上させるきっかけとなったのは、高知県が2009年にオランダのウェストラント市と締結した「友好園芸農業協定」です。同市はオランダを代表する施設園芸作物の産地で、協定締結に際しては高知県から強力な働きかけを行っています。しかしながら、上記のようにオランダと高知では園芸農業の特色が大きく異なるため、オランダのノウハウを高知県の環境に適した形で導入し、生産性を向上させています。
3. オランダとの交流で得られた気付きが生産性向上に貢献
協定に基づくウェストラント市との交流で高知県の農業関係者が得たのは、生産性向上につながる重要な気付きでした。その一つはデータに基づく環境制御です。作物は光合成で育ちますが、オランダではそれに影響する温度、湿度、CO2濃度などの環境データを計測し、データに基づく環境制御を徹底していたのです。
早速、ナスやピーマンなど高知県の主要7品目注2を対象に、高知県農業技術センターで環境制御技術の確立に取り組んだところ、特に厳寒期においては、日中に温室内のCO2濃度が不足するケースがあることが分かりました。さらに、2013年9月から2014年8月まで15か所の実証ほ場で適切な量のCO2を加えてみたところ、すべての実証ほ場で収量が上がり、最も多いケースでは前年同月比で37%収量が上がりました。この成果をもとに高知県では2014年度から「環境制御技術導入加速化事業」を創設し、環境制御技術(環境測定装置、CO2発生機、日射比例式灌水装置など)の普及を進めています。収量アップという分かりやすい成果が得られることから、現在では、主要7品目全体で普及面積率は60%、1,695戸の生産者が導入しています(2022年度末時点)。
注2:ナス、ピーマン、トマト、シシトウ、キュウリ、ミョウガ、ニラ
もう一つの重要な気付きは、天敵昆虫などを利用したIPM注3技術の有用性です。オランダでは、時期を見計らって工場で育てた天敵昆虫を大量に放つことで害虫駆除を行っていました。この方法は「殺虫剤の利用を減らしながらきれいな野菜を作れる」と高知県の農家に好評でした。また、ナスを例にとると10アール当たりで農薬費が35~53%減少、防除時間が約70%減少という生産性向上につながっています。
高知県ではオランダの技術をそのまま導入するのではなく、恵まれた自然環境を活用し、野山に自然に生息している在来の土着天敵昆虫などを利用した独自のIPM技術を定着させています。例えば、ナスやトマト、ピーマンなどの害虫防除に、天敵昆虫である「タバコカスミカメ(図2参照)」を利用することです。現在では、この天敵昆虫をハウス内に定着させるため、バンカー植物注4であるクレオメを温室内で施設野菜と一緒に生育する取り組みが生産者に広く普及しています。
注3:Integrated Pest Management(総合的病害虫管理)。農作物に有害な病害虫・雑草を利用可能な全ての技術(農薬も含む)を総合的に組み合わせて防除すること。天敵昆虫の利用など農薬以外の技術を導入することで、農薬使用の最適化、人や環境へのリスクの軽減または最小化を図る。
注4:農作物を育てる際に、天敵昆虫などを増加や温存のために用いられる作物や植物。
図2:タバコカスミカメの成虫(体長3.5~4.0mmくらい)
(出所:高知県農業技術センターホームページ「天敵紹介(IPM現場でみられる土着捕食性カメムシ類)」,2013年9月26日.)
4. さらなる生産性向上をめざしたIoPクラウド「SAWACHI」の活用
高知県では環境制御技術の活用に伴い、データ活用が進展し収量アップを実現しましたが、さらなる収量向上に向けては改善すべき点があります。その一つは、データ活用に不慣れな生産者の存在です。また、生産者同士で成功例や失敗例を共有したくても、使っている機器が異なっており、データ共有が難しいという問題もありました。
このような課題を解決するために高知県が考えたのは、IoPクラウド「SAWACHI:サワチ」というデータ連携基盤を構築し、データに基づいた最適な営農・経営支援をめざす新たな挑戦です。ちなみに、IoPはInternet of Plants(植物のインターネット)の略、SAWACHIは高知県の郷土料理である皿鉢(さわち)からとったものです。生産現場であるハウス内の温度、湿度、CO2濃度、カメラ画像、機器の稼働データ、それからJA高知県が持っている日々の農作物出荷量や等階級などのデータがリアルタイムでアップロードされ、時系列的に整理された形でクラウド上に蓄積されます(図3参照)。データ共有を可能にするため、異なる社の機器をテストベッドで実証し、データの互換性確保にも配慮しています。
もちろん、個々の生産者(農家)が収集しているハウス内環境データ、光合成・作物生育データなどの利用は、基本的には個々の生産者のみが活用する形になります。ただし、生産者が同意すれば認めた範囲でデータを共有することが可能となります。
図3:IoPクラウド「SAWACHI」で収集・提供しているデータ
(出所:高知県農業振興部農業イノベーション推進課提供資料)
SAWACHIは2021年1月から実証運用されていましたが、2022年9月から本格運用に移行しています。2023年12月末時点で558戸の生産者がハウス内のセンサーやカメラをSAWACHIに接続しています。出荷データの提供に同意している生産者は2,529戸です。そして、SAWACHIが提供する情報を利用している生産者は1,112戸となっています。「いつでもどこでもハウスの状況を確認でき、時間短縮や安心感につながっている」「環境データだけでなく、いろいろなデータを一緒に見られるのが便利で楽しい」「他の人に相談するために自分のデータを見せるのが簡単」など、生産者からは好評です。
高知県ではSAWACHIの運用に加えて、生産者が提供した作物の生育データや出荷データなどを分析・診断し、生産性や収益性の向上に結び付ける「データ駆動型」営農指導体制の構築も始めています。生産者自身で十分なデータ活用が難しい場合は、データの提供を受けた普及指導員注5などが栽培技術や経営を改善するために指導してくれるのです。また、データ活用に意欲を持つ生産者がグループを組織し、グループ内でノウハウを共有し、データ駆動型農業を推進する体制づくりも始まっています。現在、20数個のグループが存在するそうです。
注5:普及指導員は、農業改良助長法に基づく国家資格を保有し、協同農業普及事業に従事する都道府県職員のことである。専門家として、農業生産者の農業技術や経営を向上するための支援を行っている。
5. データ駆動型農業の今後の課題
高知県のデータ駆動型農業の本格展開は、まだ始まったばかりです。まずはSAWACHIの利用者を増やすことが課題となります。そのためには、センサーを導入してデータを収集・活用し、その効果を生産者に実感してもらう必要があります。丁寧な説明、スマートホンなどの取り扱いかたの研修、データ活用の専門家の育成など地道な努力が必要ですが、いったんデータ活用の効果を実感すると生産者の意識が変わります。
そしてデータ活用の効果をよりパワーアップしたものとするためには、データ駆動型農業に関する知見を集積し、共有することが重要です。高知県はIoPプロジェクトで得られた研究成果を普及させるための産学官連携組織である「IoP農業研究会」を2022年8月に設立するなど、推進体制の構築にも力を入れています。作物は光合成により生育に必要なエネルギーを生成し、夜間に光合成で生成されたエネルギーを葉、茎、根、果実に分配します。この過程をデータで見える化し、目的にあわせて制御できるようにすることがデータ駆動型農業の核心部分です。この先頭を走っている高知県のさらなる活動により、我が国においてデータ駆動型農業が根付くことを期待したいと思います。
【参考資料】
・高知県農業振興部産地・流通支援課 課長補佐 岡林 俊宏「オランダとの技術交流を生かした、高知県の次世代施設園芸と後継者育成」,野菜情報 2015年1月号.
https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/senmon/1501_chosa02.html
・山口 亮子「農薬費、防除時間を大幅減。農業大国オランダから取り入れた、IPM技術とデータ農業」,マイナビ農業,2023年7月1日公開.
https://agri.mynavi.jp/2023_07_01_230873/
・山口 亮子『園芸で面積当たり産出額断トツ1位の高知県。さらなる反収アップへ、植物のインターネット「IoP」を本格運用』,マイナビ農業,2023年6月22日公開.
https://agri.mynavi.jp/2023_06_22_229680/
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