本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、株式会社南紀白浜エアポートの取材を通じて空港業務のDX化についてお伝えします。

ここに注目!IoT先進企業訪問記 第82回

空港業務のDXに挑戦する南紀白浜エアポート

1.   はじめに

 日本には97の空港があります。大半の空港の運営は赤字です。空港運営を少しでも効率化するため、国や地方自治体は、一部の空港の運営を民間に委託しています。南紀白浜空港もその一つです。公的資金の投入はあるものの、経営は楽ではありません。2019年4月から空港運営を開始した株式会社南紀白浜エアポートは、苦境を打開するために空港業務のDXに挑戦しています。今回は、同社の挑戦にスポットをあてます。

 

2.   定期便は往復で一日6便

 空港間には、著しい格差があります。コロナの影響が残っており、国際を中心に乗降客数がまだ完全には回復していない段階の数字ですが、2022年の乗降客数の第1位は羽田にある東京国際空港です。5,987万人と日本全体の28.0%を占めています。また、上位8空港で75.4%となっています。これに対し、南紀白浜空港の乗降客数は23万人、シェアは0.11%です(図参照)。定期便は東京国際空港との往復のみで、一日6便です。

 

図:空港別乗降客数(2022年 国内+国際)
(出所:国土交通省「令和4年空港管理状況調書」 https://www.mlit.go.jp/koku/15_bf_000185.html

このような状況の中で同社が掲げたのは、空港型地方創生で地域経済の活性化に貢献するという方針でした。同時に、安全品質の低下や経済規模の縮小につながるコスト削減はしないという方針も掲げています。

 

3.     空港業務のDXへの挑戦

 南紀白浜は、温泉と白砂の浜、岩と太平洋の白波が創り出す風景、それに新鮮な海の幸を始めとする食材など、観光資源には恵まれています。また、近くには熊野古道や熊野本宮大社もあります。しかも東京から南紀白浜空港まで65分、空港から街までタクシーで5分という便利さです。空港を玄関口として、首都圏や海外からの観光需要や会議・研修などのビジネス需要を取り込み、地域経済を活性化し、航空需要を増やそうという試みは理にかなっています。

 しかしながら地域経済が活性化し、航空需要が増加するまでには、かなりの年月が必要です。民間企業は利益を上げなければ存続は困難ですし、経営が楽ではない状態なので働き手確保は容易ではないと考えられます。このような状況の打開のために、同社が目をつけたのが空港業務のDX注1です。情報通信技術を上手に活用すれば、安全品質を向上させ、さらに経済規模も拡大しながら生産性向上が期待できるからです。

 同社が取り組んでいる空港業務のDXを表1、表2にまとめています。空港の重要インフラである滑走路の点検などハード面(施設の維持管理)のDX、それから空港保安検査のAIによる支援などソフト面(運用・保安業務)のDXと、さまざまな挑戦を行っています。同社は空港業務のリアルな課題を民間企業に説明し、その課題を解決する技術を持っている企業と協働でDXに挑戦しています。

注1:Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)の略称。デジタル技術の活用で、ビジネスや社会、生活の形やスタイルを変革する(Transform)ことを意味する。

表1:空港業務のDX事例(ハード面:施設の維持管理)
(出所:南紀白浜エアポート提供資料、注は筆者追加)

 

事例

協力事業者

ステータス

1-1

巡回点検支援システムの導入

オリエンタルコンサルタンツ

運用中

1-2

ドローンによる橋梁点検

オリエンタルコンサルタンツ

運用中

1-3

ドライブレコーダーを活用した滑走路の調査及び点検

日本電気(NEC)

※自動運転実証はマクニカが参画

運用中

1-4

衛星合成開口レーダ(SAR)の動態観測への適用注2

日本電気(NEC)

 

運用中

1-5

空港内緑地帯における草刈り自動化

和同産業、バスクバーナ

実証中

1-6

3D-LiDARを活用した異物検知注3

日本電気(NEC)

実証中

1-7

道路の補修技術の空港適用

ガイアート

実証中

注2:NEC 保有の衛星合成開口レーダによって、滑走路面の変動や空港周辺の障害物を検知する。

注3:LiDARは、Light Detection And Rangingの略称。レーザ光を照射して、その反射光の情報をもとに対象物までの距離や対象物の形などを計測することができる。ここでは、長距離3D-LiDARを滑走路上の異物検知に活用できるかどうかを実証している。

 

 

表2:空港業務のDX事例(ソフト面:運用・保安業務)
(出所:南紀白浜エアポート提供資料、注は筆者追加)

事例

協力事業者

ステータス

2-1

空港運用業務の共通化を実現するプラットフォームの構築注4

NTTデータ

実証中

2-2

3密検知センサー設置

ウフル

実証中

2-3

カーボンニュートラルに向けた取組み

JAG国際エナジー、

オリエンタルコンサルタンツ

実証中

2-4

空港保安検査を支援する人工知能(AI)技術注5

日立製作所、JAL、セノン

実証中

2-5

ローカル5Gを活用した顧客サービス及び維持管理向上注6

NEC、マイクロソフト、凸版印刷、オリコン、THK、JAL、マクニカ

実証中

 ​​​​​​注4:現在はほとんど紙ベースで実施されている空港運用業務(工事関係者の制限区域立入申請・承認や小型機の駐機スポット予約・使用届など)をクラウドベースでペーパーレス化することを目的として実証を行っている。

注5:空港の保安検査(手荷物検査)で、AIがX線装置の画像を分析する。物品が重なっていても見分けることが可能。検知した物品名を表示し注意を促す。保安検査業務の高度化、検査時間の短縮、検査員の負荷軽減を目的に実証している。

注6:ローカル5Gネットワーク環境の構築で、Mixed Reality(複合現実、以下 MR)を実現するMicrosoft HoloLens 2を利用した空港職員向けのスマートメンテナンスサービスや、複数ロボットを空港内エリアで協調制御させて来訪者を目的地まで案内するサービス、MR空間でペイントしたオリジナル飛行機の着陸見学体験サービスを実証している。

 

4.     多くの実証の「場」となっている南紀白浜空港

 南紀白浜空港で多くの実証が行われている背景には、空港業務のDXを進める際に必要となる実証の場を見つけるのが難しいという現状があります。公的主体が空港を運営しているケースでは、公平性の観点から民間企業1社のために実証の場として空港を供用することに抵抗感があります。また、離着陸が多い空港では、そもそも実証する時間枠を見いだすことが物理的に難しいという事情もあります。

 これに対し、南紀白浜空港は民営ですし、離着陸する便も少ないので、空港業務の課題解決につながる実証を歓迎しています。実証に伴ってビジネス客の増加が期待できますし、成功した実証を実運用に移行することで空港業務の生産性向上が期待できるからです。多くの民間企業が、開発中の製品やサービスを実証する場を見つけるのに苦労しているので、まさに同空港はインキュベーションの場として貴重な役割を果たしているのです。

 実証に対する同社の考え方は明快です。まず、実証に必要な費用は、実証を行いたい民間企業の負担です。その代わり、空港というフィールドは無償で提供されます。また、実証を行うに当たっては、安全性やセキュリティ確保、それから空港業務の円滑実施などの観点から、航空会社、国、地方自治体、警察・消防、空港を利用する小型飛行機などとの調整が必要となりますが、この調整は同社が実施しています。

 民間企業にとっては、煩わしい調整作業を行うことなく実証作業に集中できるので、その点が大きなメリットとなります。実際、表1の「1-3 ドライブレコーダーを活用した滑走路の調査及び点検」を実証した日本電気は、1年ほどの期間をかけてAIの精度を向上させ、滑走路の調査及び点検に使えるものにブラッシュアップしています。

5.     実証の成果は他空港に横展開

 空港業務DXは、他の空港でも必要です。特に、採算性が悪い地方空港では、DXが不可欠です。同社は、実証成果を他の空港に横展開することにも熱心です。例えば、「1-3 ドライブレコーダーを活用した滑走路の調査及び点検」は複数空港で導入済みです。

 実証成果の横展開を加速するには、空港間で共創の仕組みを整えていく必要があります。例えば、人手不足に対応するためには、生産性向上は不可欠である、あるいは、滑走路を健全な状態で長く使うには、AIを活用した予防保全が不可欠である、などの課題を共有し、解決策を協働で創り出す体制などの構築です。

 さらには、DXを進める上で障害となる人の目視による点検などの既存の業務のやり方を前提とした規程類などの見直しも必要でしょうし、何よりも空港職員の意識改革が求められます。空港業務のDXは急務ですが、その実現に向けてはさまざまな変革が不可欠です。

 幸いなことに、変革に必要な人材には恵まれているように感じます。南紀白浜空港が位置する白浜町はワーケーション注7を推進しており、既に10社以上のIT企業が進出しています。白浜町には、先端人材を引き付ける魅力があるのです。ワーキングスペースを備えた宿泊施設も存在します。ワーケーションを考えている方への参考に、南紀白浜オンデマンドバスサービス「チョイソコしらはま」の車窓からの風景を紹介しておきます(写真1、写真2)。

注7:「ワーク」(仕事)と「バケーション」(休暇)を組み合わせた造語。テレワークなどを活用し、リゾート地など普段の職場から離れた環境で自分の時間を確保しながら働くスタイルのことを意味します。

写真1:オンデマンドバスの車窓から見た荒れた白浜の海と遠くに見える白浜の街並み
(出所:筆者撮影)

写真2:オンデマンドバスの車窓から見た円月島
​​​​​​​(出所:筆者撮影)

 

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