本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
 今回から特別編として3回にわたって、2021年度に紹介した事例の総括をしていきます。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(64)特別編1

増えてきたDXの実践-2021年度のIoT導入事例の概要(その1)

1.    さまざまな分野で広がるDX

 2021年度は18件のIoT導入事例を紹介しました。これらを振り返って気付いたことの一つはDX(ディーエックス)注1の事例、それも本格的なものが増えたことです。しかも特定の分野だけでなく、土木、物流、災害対策、漁業、教育、警備とさまざまな分野に広がっています。これらの事例をコンパクトに紹介したいと思います。

注1:DXはDigital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)の略称で、デジタル技術によってビジネスや社会、生活などを大きく変えることを意味します。

2.土木分野のDX

 2021年度で一番印象的だったのは、平賀建設という山梨県と静岡県に拠点を持つ社員数20名強の建設会社の事例です。社長が先頭に立って、測量、設計、施工などのあらゆる工程で仕事のやり方を全面的に変えています。結果として、生産性が大幅に向上し(林道工事では4倍以上に向上)、赤字会社が優良会社に変身しています。もっとすごいのは、稼いだ利益の使い方です。新しい設備の購入と頑張った従業員の給与アップに使っています。そして、これがさらなる生産性向上につながっています。

 DXでは新しい機材やサービスを使います。それを使いこなす人材育成が不可欠です。苦労の連続となることが多いので、従業員からは反発が出るのが一般的です。でも、給与が増えるのであれば、人の行動は変わります。新しいことに挑戦するモチベーションが高まるのです。

関連記事

 

3.物流分野のDX

 物流分野のニチガスの事例も印象的でした。同社は、デジタル導入に伴いLPガスの物流システムを刷新しています。導入により最適オペレーションが変わるので、物流拠点の機能や場所などのリアルな物流システムを全面的に変更し、それに合致するデジタル利用を進めています(図1参照)。これによって、配送コストが一般的な物流の約半分になっています。同社には「同じ成功を繰り返すな」という創業者の残したDNAがあります。新しいことにチャレンジすることに抵抗感が少ない社風が、DXの追い風になったと感じました。
 

mail-nicigas-01.png

図1:LPガス配送の仕組み(ニチガスモデルと他社モデルの違い)(ニチガス提供)

 同社は、サイバー武装のこの物流システムに同業他社が相乗りすることを推進しています。LPガスの小売事業者は、2020年12月時点で全国に約17,000社、同社が事業を行う関東一円には約4,800社もあり、相乗りを推進することで、業界全体の効率アップ、さらにはエネルギーコストの低廉化という社会課題解決にもつながるのです。

関連記事

 

4.災害対策分野のDX

 災害分野でもDXが進みつつあります。センサやカメラの高機能化・低廉化と通信手段の発達で、災害の危険性をより早期に、より正確に判断し、的確な避難判断につなげることが徐々に可能になっているのです。

 応用地質の事例では、斜面の崩落によって発生する土砂災害、増水によって発生する河川氾濫の危険度を判定しています。地面の傾斜変化を測るセンサ、河川の氾濫を監視するセンサなどで収集したデータに、雨量などの気象データを加えて分析しているのです。これらのセンサを広域に配置すれば、地域全体の危険度を可視化することも可能になります。

 一方、損保ジャパンの事例は、豪雨が発生した際に「いつ・どこで・どのように」河川の氾濫や浸水が進行するかをAIで予測し、的確な避難指示につなげるものです。また、地震発生時には、地震による揺れと地盤や家屋のデータから「どこで・どの程度の」被害が発生しているかを推定し、地震発生から1時間以内に該当地域の建物の損傷状況をマップ上に可視化します。

 降っている雨の状況から河川氾濫や土砂災害を予測する技術、地震時の被害状況を予測する技術などは、データの集積、予測手法の精度向上などにより今後の発展が期待されます。これに加え、集中豪雨の時間と場所、雨量を事前に正確に予測する技術が確立されれば、災害対策の姿がさらに大きく変わることが期待できます。

関連記事

5.漁業分野のDX

 漁業分野でもDXが進展しています。Upside合同会社は、沖縄県の八重山諸島付近を漁場とする八重山漁協と協働し、「パヤオ漁」と呼ばれている漁法の成功率を大幅に向上しています。パヤオとはフィリピン語で「浮き魚礁」を表す言葉です。パヤオのブイから海底に延びるロープや鎖に海藻が付着し、これを食べる小魚、さらに小魚を食べるメバチマグロ、キハダマグロ、カジキなどが集まるのです。(図-2参照)

図-2パヤオの外観(Upside提供)

  これらの回遊魚の集まり方は、潮流に影響されるという経験則があります。パヤオの位置情報の時間的変化を見ると潮流が分かり、6基あるパヤオのどこに魚が集まっているかを推測できます。この暗黙知を形式知化するため、漁師の経験と知見をベースに潮流表示機能、さらに漁師が入力した漁獲高や漁場の海況情報(風向、風速、表層温度など)を機械学習で分析し、漁場選択支援機能を開発しています。

 これによって、従来は約7割もあった「パヤオに行ったが魚が捕れない」という漁場選択ミスを15%程度に減らし、漁獲高向上につなげています。何よりも嬉しいのは、この機能が「経験の少ない若手漁師の漁獲高が上がらず離職」という課題解決にも貢献していることです。

関連記事

 

6.教育分野のDX

 教育分野でもDXが始まっています。atama plusが提供するAIを使ったウェブベースの学習教材「atama+」では、学習者の単元注2ごとの得意/不得意、つまずき、集中状態、忘却度などのデータを収集・分析し、個々の学習者ごとに最適と考えられる「専用のカリキュラム」を作成し、提供しています。ポイントは、分析の粒度を単元という細かな単位で捉え、AIが学習履歴データから理解が不十分な単元を発見し、それを克服する教材を自動的に選択して提供していることです。

注2:学習内容の区分として一定のまとまりをもっているものを指す。例えば、高校数学Ⅰの「数と式」の単元としては、2次式の因数分解、因数分解(たすき掛け)、因数分解の工夫など30程度の単元がある。

 AI教材では、先生の役割は大きく変わります。今までは、カリキュラムを作ること、教えること、学習を管理し学習者にモチベーションを与えること、これらのすべてが先生の役割でした。しかし、AI導入後は、カリキュラム作りと教えることはAIの役割となります。先生の役割は、学習を管理し学習者にモチベーションを与えることがメインになります。先生の役割が「教える」から「学習を支援する」に変わるのです。

 atama plusがめざしているのは、昔ながらの黒板を背にした先生の話を学習者が黙々と聞くという教育風景を刷新することです。atama+で「基礎学力」の習得にかかる時間を短くし、それで浮いた時間でコミュニケーション、プレゼンテーション、ディスカッションなどの「社会でいきる力」を養うことを考えています。

 

関連記事

 

7.警備分野のDX

 セコムは警備分野のDXをめざしています。現在のイベント警備では多数の人員配置が必要ですし、カメラ利用においても死角の発生や仮設カメラの設置・撤去の手間という課題があります。これらの課題を解決するため、同社はドローン・ロボット・人を組み合わせ、ドローンの機動性を活かした広域監視、移動するロボットを使う死角のない監視などの実現をめざしています。人手不足時代の到来を想定し、人の役割をより高度な判断、人との円滑なコミュニケーションなどに限定することが目的です。

 このDXを実現するために、同社は5GやAIを使った実証を行なっています。5Gとドローンやロボットに装着した高精細カメラの組み合せによって、監視できるエリアが従来に比べ大幅に広がること、また、AI分析によって異常行動などの自動検知が可能であることを確認しています。これらによって、イベント警備の効率化や省人化の達成が見込まれるのです。

関連記事

 

8.おわりに

 DXに挑戦した企業の事例を見ていると、トップが不退転の覚悟で取り組んでいます。始めのうちはなかなか成果に結びつかないケースが多いのですが、取り組みが広がる中で大きな成果が出てきます。成果と並行する形で、人材育成が進展し、他社との協力の輪が広がり、会社の中が明るくなってきます。

 事例を読めばすぐに分かりますが、DXはICT(情報通信技術)の話ではありません。ビジネスや社会、生活を大きく変革する話であり、待ったなしで取り組むべき事項なのです。
 

 
スマートIoT推進フォーラムでは、 会員の皆様からIoT導入事例を募集しております
詳細は以下を御覧ください。
IoT導入事例の募集について
 
IoT導入事例紹介