本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、AIなどの情報通信技術を積極的に取り込み、ビジネスモデルを変革している応用地質株式会社(本社:東京都千代田区)の取り組みを紹介します。

 なお、同社は、この取り組みの一環である「ハザードマッピングセンサソリューション」によって、MCPC(モバイルコンピューティング推進コンソーシアム)アワード2020のサービス&ソリューション部門最優秀賞を受賞しています。

 

ここに注目!IoT先進企業訪問記(55)

センサを活用した予知防災・減災の実現をめざす応用地質

1.センサを活用した防災・減災ソリューションの概要

 地球温暖化の影響で台風が巨大化し、記録的な大雨と風水害をもたらしています。また、線状降水帯の形成などによる大雨で、洪水や土砂災害が引き起こされています。全国1300の観測地点における1時間に50mm以上の雨が降った年間回数は、直近の10年間(2011~2020年)の平均が約334回。1976~1985 年の平均である約226回と比べ、約1.5倍に増加しています。

 洪水や土砂災害による被害を防止するには、災害の予兆を的確に把握し、危険性が高まる前に避難することが不可欠です。しかし、的確なタイミングで避難することは簡単ではありません。人には、危険が迫っていても今まで大丈夫だったから今回も大丈夫、とリスクを過少評価する心理があるからです。正常性バイアスと言われる心の状態です。

 これを避けるために活用されるのが、避難スイッチです。あらかじめ、河川の水位がここまで来たら避難すると決めておくと、集団心理も働き、より的確なタイミングでの避難が促進されます。しかしながら、増水した河川の水位を人が見に行くことは危険が伴います。また、急な増水で水位上昇に気付くのが遅れる場合もあります。

 土砂災害の場合は、判断がもっと複雑です。がけにひび割れができる、がけの斜面から濁った水が出てくる、小石が落ちてくる、異様なにおい(土臭い、ものの焼けるにおい、酸っぱいにおい、木のにおい等)がするなどの予兆があることがあります。このような場合には、土砂災害の危険が間近に迫っている場合があるので、その状況を見にいくことは大きな危険が伴いますし、地震によるがけ崩れなどのように予兆なしに土砂災害が起こる場合もあります。

 応用地質のセンサを活用した防災・減災ソリューションは、信頼性の高い実データを取得できるセンサを発災リスクが高い箇所に設置し、現在は人に頼っている現場状況の把握をデータで可視化していこうという取り組みです。これによって、災害の危険性をより正確に、より早期に把握し、より的確な避難判断が可能になると期待されます。

 このソリューションでは、図1に示すように地面の傾斜の変化をキャッチする表層傾斜計(クリノポール)や河川の氾濫を監視する冠水センサ(冠すいっち)を設置し、センサから得られたデータをクラウド上で集約します。この2つのセンサデータに雨量などの気象データを加えることによって、斜面の崩落によって発生する土砂災害、増水によって発生する河川氾濫の危険度を判定します。設置箇所に応じた閾値を設定し、危険度は最大3段階で評価します。そして、評価結果は、Webブラウザーによる一覧表示及び地図上の表示によって確認できます。また、危険度等が変化した際は予め登録されたアドレスにメールの自動配信が行われます。

図1:センサを活用した防災ソリューションの概要(応用地質提供)
 

2.防災・減災ソリューションの価値

 応用地質の防災・減災ソリューションは、次の三つの点で先進的です。

  1. リアルデータの組織的収集

  2. 専門的知見をベースとしたソリューション開発

  3. レイヤごとに機能を区分したICTプラットフォーム構築 ⇒ デバイスとその管理、データ管理、情報生成、情報活用
     

2.1 リアルデータの組織的収集

  一つ目のリアルデータの組織的収集では、データを長期間に渡り多くの地点で、それも面的に収集しています。2005年頃から設置を始めた表層傾斜計(当初は、エッジコンピューティング機能、リモートメンテナンス機能、ファームウェアの遠隔更新機能等は未搭載)の数は現時点では約1200か所になっており、日々斜面の変動データを収集しています。筆者は、斜面は普段は動かないものだと思っていましたが、実際には常に微動しているそうです。そして表層傾斜計の傾斜角変位が大きくなると土砂災害の危険性が増します。図2の赤い線のケースです。でも、青の点線のように途中で傾斜角変化がとまり、土砂災害に至らないケースもあるそうです。

 センサは省電力で5年間電池交換しないで済むように、エッジコンピューティングを活用しています。図3のように傾斜角に大きな変位がない場合は、センシングしたデータを一日一回、まとめて送信する通常監視省電力モードで運用します。しかし、傾斜角の変位量が大きくなった場合は、頻繁にデータを収集しその都度送信する有事高密度計測モードに変わります。

 このように、エッジコンピューティングを活用し、斜面の傾斜角の変位データをリアルタイムかつ適切な時間密度で大規模に収集し、土砂災害の予知につなげようとするのは、新しい取り組みです。これらのデータと地形データ、地質データ、気象データなどを組み合わせて傾向を分析すると、従来のがけにひび割れができる、がけの斜面から濁った水が出てくるなどの定性的な状況判断に加え、地形や地質、天候などの違いに応じた客観的で定量的な判断基準を持つことが可能になると考えられます。

図2:表層傾斜計の傾斜角の変位と災害の予兆につながる重要なポイント
(応用地質提供)

 

図3:表層傾斜計の動作モード変更(応用地質提供)
 

2.2  専門的知見をベースとしたソリューションの開発

 同社は2020年から提供しているソリューションの開発に当たり、社内の熟練技術者の知見やノウハウをアルゴリズム化することに注力しています。この作業は苦労の連続だったそうです。熟練技術者のノウハウや知見は形式知になっている訳ではありません。議論をしながら、フローチャートを書きながら、知見やノウハウを文章や図、数式などに置き換えることが求められます。難解な専門用語を理解する、感覚で使っている言葉を誰にでも分かるように定義し直すことも必要です。また、逆に熟練技術者がデータを見て初めて気付くこともあります。

 表層傾斜計の変位量に基づく危険度判定では、同じ変位量でもその地点の地形や地質によって評価が大きく変わります。このため、熟練技術者によるこれらのデータを分析した上での総合判断をベースに、危険度判定の判定閾値となる変位量を地点ごとに設定しています。

 また、表層傾斜計の設置場所を決める際にも、斜面崩落のきっかけとなる地点を見つけ出すのに熟練技術者の知見やノウハウをAI化しています。地形を読み解く高度なスキルを持つ者が、電子地形図や数値標高モデルを使ってその地点を抽出する作業を実施し、その結果や考え方のプロセス等を教師データにして機械学習のアルゴリズムを開発したのです。これによって、熟練技術者による人手による作業と比べ、約100分の1の時間で地点抽出が可能になり、一次スクリーニングとしては十分な再現率と適合率になっているそうです。
 

2.3 レイヤごとに機能を区分したICTプラットフォーム構築

 同社はソリューション提供にあたり、「データ収集デバイスとその管理」、地質調査データやセンサデータなどさまざまな「データ管理」、データに基づき危険度判定など意味のある「情報生成」、生成情報を活用するウェブアプリケーションなどの「情報活用」とレイヤごとに機能を区分したICTプラットフォーム構築を志向しています(図4参照)。防災にはさまざまなデータを組み合わせて活用することが不可欠との考えで、他社との連携が容易な形のプラットフォームを選択したのです。

 通常、システム開発はアプリケーションごとに行いがちです。アプリケーションに必要な情報、その情報を生成するために必要なデータ収集という考え方で開発が行われ、情報やデータがアプリケーションに紐づいてしまい、他のアプリケーションでその情報やデータを活用することが困難になりがちです。システムがアプリケーションごとに分断され、システムをまたがったデータ連携が困難になるという、いわゆるサイロ化問題が発生するのです。

 同社の場合はデータと情報を分離して考えることにより、この弊害を避けています。データが一番重要な資源であり、そのデータを組み合わせて情報生成し、アプリケーションで情報活用するという考え方です。中長期的な時間レンジで考えると必然的な考え方でありますが、ICTの専門家でもビジネス変革の将来像が見えていないとこのようなアーキテクチャは描けません。

 この選択は、既に他社との協業で活かされています。KDDI及びトヨタ自動車との3社で取り組んだ「自治体向け災害対策情報提供システム」では、KDDIが構築した情報活用レイヤと応用地質の情報生成レイヤを接続し、サービスを提供しています。

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図4:応用地質のICTプラットフォームのイメージ図(応用地質提供)
 

3.防災・減災ソリューションの開発に貢献した応用地質の社風

 応用地質の社風は変化を前向きにとらえ、失敗を許容するものだそうです。このような環境に置かれた社員は思い切った冒険ができます。ICT企業ではない応用地質がソリューション提供という方向に思い切った舵を切れたのは、災害で悩んでいる人がいるのであれば、その悩みを解決するソリューションやサービスを開発することでビジネス機会が生ずるとの考え方からでした。

 しかしながら、同社の防災・減災ソリューションのセンサ設置箇所数は、60万か所を超える土砂災害警戒区域の数と比べると微々たるものです。今後、さらにセンサ設置箇所を増やし、リアルデータの収集に弾みをつける必要があります。このため、新しいソリューションの有用性を広く世の中に発信すると同時に、ソリューション提供のコスト低減に努力することが望まれます。

 同社は、防災・減災ソリューション以外にも蓄積された地質情報や技術を核に、ビジネスや社会ニーズに対応したサービスやソリューションを開発しています。道路工事の際に水道管やガス管を誤って破損する事故を防ぐための「地下埋設物情報提供サービス」もその一つです。レーダによる地中探査によって水道管やガス管の位置を把握してデータベース化し、この情報を国や自治体、建設会社などに提供しています。

 さらに、災害廃棄物の活用を支援する「災害廃棄物処理計画関連サービス」、洋上風力発電の開発を支援する「海底地質調査サービス」、老齢化した街路樹の内部を見ることで倒木となることを防止する「グリーンインフラマネジメントサービス」など、異なる事業分野でさまざまなサービスが開発され、同社の成長に貢献しています。

 同社は、2020年に策定した中期経営計画でサステナブル経営を基本方針とし、「社会価値」「環境価値」「顧客価値」の3つの価値の最大化をめざすとしています。この3つの価値の最大化を目標に掲げる会社は結構あります。でもこの目標のもとでビジネスモデルの変革に舵を切り、さらにビジネスの成長につなげようとしている会社は多くはありません。同社の取組みが進展し、デジタルトランスフォーメーションの好例となることを期待したいと思います。

 

今回紹介した事例

シャープ

センサの設置から危険度判定までをオールインワンでカバーする - 応用地質のハザードマッピングセンサソリューション

豪雨による浸水や土砂災害が広域化、頻発化、激甚化している昨今、現場の状況を迅速かつ的確に把握することは非常に重要であり、信頼性の高い実データを取得できるセンサを可能な限り増やしていくことが必要である。そのためにはセンサ本体の機能強化及び運用に係るトータルのランニングコストをおさえた形で提供していくことが重要な課題である。…続きを読む

 

 
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