本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、5G、AI、ドローン、ロボットなどの新しいテクノロジーを組み合わせて、イベント警備の効率化・省人化に挑戦したセコム株式会社(本社:東京都渋谷区)の取り組みを紹介します。

 なお、同社とKDDI株式会社は、この取り組みの一環である花園ラグビー場における「5Gを活用した次世代スタジアム警備」によって、MCPC(モバイルコンピューティング推進コンソーシアム)アワード2020のグランプリ及び総務大臣賞を受賞しています。

 

ここに注目!IoT先進企業訪問記(54)

イベント警備を革新した5Gの活用とセコムの挑戦

1.時代に先駆けた新しいテクノロジー活用で警備サービスの効率化・省人化

 警備サービスの効率化・省人化には、新しいテクノロジーが欠かせません。1966年に開発されたオンライン警備、1998年に発売された遠隔画像監視システム、2001年に始まった無線通信を活用したココセコムなど、セコムは常に通信ネットワークの進化を利用した新しい警備サービスを開発してきました。

 同社では、5Gの商用サービスが始まる前の2017年から、KDDIと共同で5Gを活用した警備サービスの効率化・省人化をめざす取り組みを加速しています。異常を見つけ、状況を正確に把握し、対処する、という警備サービスの基本オペレーションプロセスに変化はありませんが、情報収集の方法、送信する映像情報の質、分析・判断・指示のやり方などを大きく変えることが可能だからです。
 

2.5G活用で変わるイベント警備

 5Gは高速大容量、低遅延、多数同時接続など、今までのモバイル通信よりも優れた特性を持っています。同社はこの特性をフルに活用することを考えています。複数の4K高精細監視カメラ映像の同時伝送の活用、ドローンやロボットなどのリアルタイム制御、センサー、金庫、AED、消火装置などのさまざまな装置とのデータの同時配信・収集などです。

 イベント警備で考えついたのは、次のようなアイデアです。まず、カメラを装填したドローンやロボット、それからカメラを装着した警備員の組み合せで、警備エリア全体を監視します。これらのカメラで撮った4K映像をイベント会場の近くに待機している車に設けられるオンサイトセンターに5G経由でリアルタイムに送ります。そして、オンサイトセンターでは受信した4K映像をAIで分析し、人がもみ合う、転倒しているなどの異常行動を自動検知します。オンサイトセンターの管制員が映像から対応が必要と判断した場合は、警備員とロボットに現場に急行するように指示し、対処します。(図1参照)

図1:5G活用によるイベント警備の概要(セコム提供資料)
 

3.イベント警備を革新する高精細映像とAI分析による異常の検知

 イベント警備を人手で行うと、多数の人員を配置することが必要です。会場にある固定カメラの利用では、死角が生じます。これを補うために仮設カメラを利用すると、その設置・撤去に時間と費用がかかります。このような課題があるイベント警備を効率化・省人化したのは、ドローン・ロボット・人を組み合わせるというアイデアです。ドローンの機動性を活かした広域監視や移動するロボットを使うことで死角のない監視が可能になります。また、イベントの性質に応じた柔軟な対応もできるようになります。(図2参照)

 これをサポートするのが、5GやAIです。4Gでは上りの伝送速度が十分ではなく、安定した伝送が可能なのはフルHD映像まででしたが、5Gの登場によって複数の4K映像を安定して送ることができるようになりました。ドローンやロボットに装着したカメラから送られる4K映像は、フルHD映像の4倍の解像度を持っています。理論的には今までと比べ2倍離れた場所の人やモノを認識できるようになります。

 同社は、ドローンの4Kカメラ映像から約54m先の人物を検出し、骨格情報からその姿勢や動きを判断し「もみあっている」「倒れている」などの異常行動をAI分析によって検知できることを確認しています。4Kカメラを8Kカメラに変えると、この距離はさらに広がります。つまり、5Gとドローンやロボットに装着した高精細カメラの組み合せによって、監視できるエリアが従来に比べ大幅に広がり、かつ、AI分析によって異常行動などの自動検知ができるようになったのです。これがイベント警備の効率化や省人化を達成できた主な理由です。人が必要となる場面を、より高度な判断を行なう時、人との円滑なコミュニケーションを図る時などに限定することができるのです。

注:フルHDは、Full High Definitionのこと。液晶テレビの画面を虫眼鏡で拡大して見てみると、色のついた点が集まって画面を構成していることがわかります。この点を「画素」といいます。画面の解像度が高いとは、言い換えれば「画素の数が多い」ことです。フルHDは、横に1920画素、縦に1080画素あります。4Kは、横に3840画素、縦に2160画素と、フルHDの4倍の画素数となっており、より精細な画面を表示することができます。
 

mail-secom-02.jpg

図2:イベント警備で提供していきたい価値と現状の課題の分析
(セコム提供資料)
 

4.提供していきたいサービスの開発の起点は「問い」

 同社は新しいサービスを発見するために、さまざまな取り組みを行っています。2017年5月に長期ビジョン「セコムグループ2030年ビジョン」を策定し、さらにビジョン実現に向けた優先課題を明確化しています。それは「テクノロジーの進化」と「労働力人口の減少」への対応でした。

 イノベーションには、お金も時間もかかります。また、持続的な取り組みが不可欠です。せっかく生まれたアイデアが途中でつぶされ、日の目をみないという事態もしばしば起こります。このような事態を回避しつつアイデアを育てるには、優先課題を明確化し、その方向性を社内外に示すことが有効です。属人的な洞察力の高低とは異なる観点からの判断が可能になるからです。同社の新しいイベント警備は、テクノロジーの進化を取り入れ、省人化を図るという同社の優先課題にまさに対応しています。

 同社は、イノベーションの可能性を広く取り込むため、潜在ニーズを探索しやすいキーワードを選んでいます。将来の姿を考える時にアイデアが限定的になる懸念がある「セキュリティ」ではなく、人の気持ちにつながりやすい「安全・安心」という言葉です。図2の一番上に「安全・安心なイベント開催のために提供していきたい警備サービスとは」という「問い」が書いてありますが、この問いには意味があります。

 現状の課題を起点に解決策を考えると、その課題を解決する技術シーズから未来の姿を考えるという罠に陥ります。現在の延長線にある未来を描いてしまい、改善型のサービスしか生まれない懸念があるのです。これを避けるために、同社は「安全・安心」というキーワードを手がかりにまずは望ましい未来の姿を描き、そこからバックキャスティングして安全・安心なイベント開催のために提供していきたい警備サービスを考えています(図3参照)。この「問い」には、同社のイノベーションに対する姿勢が凝縮されています。

図3:従来の延長線にないアイデアを生み出す鍵となるバックキャスティング思考
 

5.「共想」相手と一緒に安心を提供する

 同社は、一般的な「共創」ではなく「共想」というワーディングを使っています。警備サービスは共に創るのではなく、まずはこういう世界を創りたいという想いが重要である、セコムと想いを共にするパートナーの参画で新しい価値を創っていきたい、という経営層の想いがこのワーディングに込められています。

 同社のイベント警備の新しいページを開いたKDDIとの「共想」は、2001年にサービスを開始したココセコムの開発から始まりました。もう20年以上も一緒に仕事をしているそうです。両社は考え方も文化も異なり、最初はぎくしゃくしたそうです。しかし、やりとりを続ける中で相互理解が進み、情報通信技術の進化を警備サービスに応用する提案や解決の方向性が自然に出てくるようになり、今回のサービス実現に結び付いたとのこと。まさに想いが共通になった強みかもしれません。

 同社は長い付き合いだけでなく、新しい企業との共想も大事にしています。特に、最近は新しい企業や技術開発に力を入れている中小企業が新しい技術を持っていることが多いので、これらの技術の発掘にも力を入れているそうです。イノベーションの仕組みをできる限りオープン化し、面白いもの、使えるものを発掘し、その価値を実証の中で見極めていくという、これもイノベーションの基本となる取り組みです。

 今となってみると、上空から幅広い範囲を監視できるドローン、それからレーザー、超音波、熱画像、炎検知などのセンサーを備え付け、金属探知も可能なロボットを活用することが、イベント警備の効率化・省人化に結び付くのは当然の帰結を言えます。それでも同社が素晴らしいのは、他社に先駆けてこれらの使い道を検証し、最も効果的な形で導入してきたことです。新しいテクノロジーの導入を積極的に推奨し、他社の知見や専門性も取り入れて、未来のあるべき警備サービスを実現しようという姿勢には、見習うべき点が多く含まれているように思います。

 

今回紹介した事例

シャープ

5Gを活用した次世代スタジアム警備 - セコムが目指す人とテクノロジーの最適な役割分担

 大規模イベントの警備では、監視センターに情報を集約して分析し、異常を発見したら直ちに警備員を現場に急行させる警備が求められるが、少子高齢化による働き手不足のために人的リソースは限られている。こうした中、セコムとKDDIは、5GとAIを活用し、ドローン・ロボット・警備員が装備したカメラによるスタジアム周辺の警備の実証実験を行い、5Gを活用した次世代スタジアム警備の有効性を実証した。…続きを読む

 

 

 

 
スマートIoT推進フォーラムでは、 会員の皆様からIoT導入事例を募集しております
詳細は以下を御覧ください。
IoT導入事例の募集について
 
IoT導入事例紹介