掲載日 2021年08月05日

損害保険ジャパン株式会社

【提供目的】
  • コスト削減
  • 故障や異常の予兆の検知、予防
  • 故障や異常への迅速な措置

【活用対象】

  • 企業顧客
  • その他(自治体)

IoT導入のきっかけ、背景

 SOMPOグループの一員である損害保険ジャパン株式会社(以下損保ジャパン)は、グループが提供する価値である「社会が直面する未来のリスクから人々を守る」ことを実現するために、米国シリコンバレーのRaaS(Resilience-as-a-Service:サービスとしてのレジリエンス)ソリューションプロバイダーであるOne Concern, Inc.(以下One Concern社)と共同で、これまでにない防災・減災システムの実証を行なっている。

 近年、異常気象などによる豪雨によって河川氾濫の被害が数多く発生している。2018年6月28日から7月8日にかけて、西日本を中心に発生した「平成30年7月豪雨」は、237名もの犠牲者を出した平成最悪の豪雨災害として記憶に新しい。

 台風の接近や梅雨前線の停滞などによる豪雨の危険がある場合は、洪水や土砂崩れの危険がある地区に対して自治体が避難指示などを出し、住民が命を守る行動を起こすことを促す。しかし、近年の豪雨では極めて速い速度で河川の水位が上昇し氾濫に至る場合がある。例えば、2020年7月に九州地方で発生した豪雨で氾濫した熊本県球磨川流域の人吉市では、以下の時系列で避難勧告・避難指示が出されている。

  • 7月3日 23時00分:避難勧告(一部地区)【警戒レベル4】
  • 7月4日  4時00分:避難勧告(全域)【警戒レベル4】
  • 7月4日  5時00分:避難指示(緊急)(全域)【警戒レベル4】

(注) 災害対策基本法の一部改正により、2021年5月20日からは避難勧告が廃止され、警戒レベル4となった時点で避難指示が出されるようになった。

 洪水に対する避難指示の発令対象地区は、ハザードマップを基本とするが、その時点の河川水位に加えて、現場からの報告や監視カメラの映像、関連機関の助言などの様々要素を加味して決定する必要がある。そのため、このように急激に変化する状況下では、従来の経験則だけでは発令の判断が難しくなっている。

 こうした中、損保ジャパンは、洪水や地震が発生した際の被害予測をより迅速かつ高精度に行うために、One Concern社および株式会社ウェザーニューズ(以下ウェザーニューズ)と業務提携し、One Concern社の災害被害予測システムを用いた洪水および地震の被害予測の日本全国版モデル開発に取組んでいる。
 

IoT事例の概要

サービス名等、関連URL、主な導入企業名

サービス名:AI を活用した洪水・地震の被害予測システム
関連URL(ニュースリリース):【日本初】AI を活用した防災・減災システムの開発・提供
 

サービスやビジネスモデルの概要

 本システムでは、ウェザーニューズが持つリアルタイムの気象データ、国交省が公開している河川の水位データに加えて、自治体が持つデータ、損保ジャパンが持つデータ等を基にOne Concern社の最先端の災害科学とAIや機械学習技術を駆使して洪水の被害予測を行う。損保ジャパンが持つデータとは、例えば洪水によって当社のお客様の家屋が被害を受けた際、保険金支払いのために行う調査データのことで、浸水の高さや範囲、建物データ(建物構造や所在地)などが該当する。また、入手が困難なデータがある場合には、AI/機械学習技術により一定の精度でデータの補間・合成を行うことができる

 本システムでは、最先端の災害科学とAIや機械学習技術を駆使することによって、豪雨が発生した際に「いつ・どこで・どのように」河川の氾濫や浸水が進行するかの予測を最大3日前から地図上に表示する。この予測は時間の経過にあわせて動的に変化する。これによって、冒頭に示したような複雑に絡み合う状況下でも、避難指示を出す対象地区などの意思決定を、迅速かつ正確に行うことが可能となる。

 また、本システムは地震発生時にも活用できる。地震による揺れと地盤や家屋のデータから、地震が発生した際、「どこで・どの程度の」被害が発生しているかを推定し、地震発生から1時間以内に該当地域の建物の損傷状況をマップ上に可視化する。

 SOMPOグループは、災害の発生や高齢化社会などの社会課題解決に資する社会共通で有益な枠組みをRDP(リアルデータプラットフォーム)として構築し、新たなサービスとして提供することを目指している。損保ジャパンのリアルデータとOne Concern社が提供するAIを活用した洪水・地震の被害予測システムの連携は、RDP構想に基づいている。(図-1を参照)

 本システムをご利用いただくお客様としては自治体や企業を考えている。2019年から熊本市と共同で実証実験を行っており、2021年度には実証実験の対象を7自治体に拡大する予定である。

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図-1  SOMPO × RDPの展開
(出所:SOMPOホールディングス新中期経営計画(2021~2023年度)から抜粋)

 

AIを活用した洪水・地震被害予測の詳細

(1) AIを活用した洪水被害の予測

 本システムでは、図-2に示すOne Concern社の洪水被害予測モデルを使用して浸水の発生および浸水被害を予測する。このモデルでは以下の入力データを使用し、実際の洪水被害データに基づいてモデルをキャリブレーションしている。

  • 気象データ:ウェザーニューズが提供する気象データ(降水量、気圧、風など)

  • 自然環境データ:自治体から提供を受ける堤防や河川のデータ(堤防の位置、高さ、川幅など)、地形データ、国交省が公開している河川の水位データなど

  • 建物関連データ:損保ジャパンが持つ保険金支払い時の調査データ、自治体が持つ建物データなど

 これらのデータを基に、以下に示す3つの氾濫モデルでリスクを評価し、最終的に浸水予測モデルに統合することによって、「いつ・どこで・どのように」や浸水が進行するかを示すマップを生成する。

  • 河川氾濫モデル:河川の水位上昇による氾濫を予測するモデル

  • 内水氾濫モデル:大量の雨水の流入で下水道の処理能力が超過することによって発生する氾濫を予測するモデル。内水氾濫は都市部において大きな浸水被害を及ぼすリスクがある

  • 沿岸高潮モデル:台風など強い低気圧が来襲すると、波が高くなると同時に海面の水位が上昇することによって発生する高潮の発生を予測するモデル。近年、温暖化による海面の上昇により、ゼロメートル地帯での高潮被害リスクが増大している

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図-2  洪水の予測モデル
(出所:One Concern社提供資料)

(2) AIを活用した地震被害の予測

 本システムでは、従来からある、地震による地表面の揺れ、建物の特性(物件種別・構造種別・建築年など)、地盤の特性を入力データとした物理モデルによる被害予測に、過去の地震被害を教師データとしたAI、機械学習による予測を加えたOne Concern社独自の手法を用いている。また、教師データとなる地震による建物被害データとして、損保ジャパンが持つ保険金支払い時の調査データを活用してAIの予測精度を高めている。この仕組みによって、従来の手法に対してより高い精度の地震被害予測ができる。

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図-3  地震被害の予測モデル
(出所:One Concern社提供資料)
 

概要図

 SOMPOグループは、「お客さまの安心・安全・健康に資する最高品質のサービスを提供する」という経営理念を掲げている。このグループ経営理念に基づき「防災・減災を中心にした地域のレジリエンス向上」に向けた課題解決が損保ジャパンの責務と考え、AI を活用した洪水・地震の被害予測システムの開発をスタートした。

 本システムによって、「社会が直面する未来のリスクから人々を守る」という価値を提供し、自治体における住民サービスの向上、企業のレジリエンスの向上に寄与したいと考えている。また、本システム利用料をお客様からいただくことによって持続的なサービスにしたいと考えている。(図-4を参照)

図-4  防災・減災 × RDPによる価値提供
(出所:SOMPOホールディングス新中期経営計画(2021~2023年度)から抜粋)

 

取り扱うデータの概要とその活用法

  •  ウェザーニューズの気象データ
  • 国交省が公開している河川の水位データ(川の防災情報など)
  • 自治体から提供を受ける堤防や河川のデータ
  • 地形データ
  • 損保ジャパンが持つ保険金支払い時の被害状況の調査データ
  • 自治体が持つ建物のデータ

 

事業化への道のり

苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間

 本システムの実証実験を熊本市で行う際に、堤防や河川のデータなどの自然環境データや建物データの収集に苦労した。アメリカではこうしたデータはオープンデータ化されているが日本ではまだそうなっていない。当社は損害保険の市場で約1/3のシェアを有しており多数の建物データを保有しているが、それでも不足する部分があった。

 最終的には、実証事件を行うにあたって、熊本市から自然環境データと建物のデータの提供を受ける協定を結ぶことによって必要なデータを確保することができた。
 

技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの

 One Concern社が持つAIを活用した洪水・地震の被害予測を日本で初めて導入してシステムを構築した。加えて、ウェザーニューズが持つ独自の気象データを活用した。このように、本システムに必要な技術は提携パートナーが持つ技術を活用した。
 

今後の展開

現在抱えている課題、将来的に想定する課題

 データによっては、リアルタイムの気象データの入手がまだ難しい。例えば、近年の豪雨災害の原因となることが多い線状降水帯 (*1) に関しては、現状は正確なデータの入手が発生の直前になってしまう。

 (*1) 線状降水帯:次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50~300km程度、幅20~50km程度の強い降水をともなう雨域。
 

強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動

 今年度実証事件の対象を7自治体に拡大するが、2021年度末には日本全国版モデルを構築して、約50都市で利用可能とし、将来的には全国でこのシステムが使えるようにしたい。
 

将来的に展開を検討したい分野、業種

 防災・減災に関わる企業や業種は多岐にわたるため、様々な連携の形態が考えられる。例えば、衛星の画像データを防災・減災の場面で活用する業種との連携が考えられる。

 

本記事へのお問い合わせ先

損害保険ジャパン株式会社

ビジネスデザイン戦略部 志賀 達哉