本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、建設現場の生産性を向上させ、魅力あるものにするため、国土交通省が進めているi-Constructionを全面的に導入し、仕事のやり方を大きく変えた平賀建設有限会社(社長:平賀健太氏、本社:山梨県韮崎市)の取り組みを紹介します。

 

ここに注目!IoT先進企業訪問記(58)

目に見える生産性向上と給与改善で改革に成功した平賀建設有限会社

1.  生産性を高めるツールi-Construction

 街の中で道路工事を見かけると、ため息がでることがあります。20年前とやり方がほぼ同じ。生産性や工事の質を高める工夫は、あまりなされていません。むしろ、昔より工事の質が劣化したと感じることが多々あります。

 このような旧態依然の建設工事に対して、平賀建設の工事は対極に位置します。社員20名強の小さな建設会社ですが、徹底的にICTを使いこなし工事の生産性と質を高めているからです。

 例えば林道工事では、レーザースキャナーなどで測量した結果を点群データ注1として保存し、これを活用し林道をコンピュータ上で設計します。これによって人力による測量作業や紙図面による設計作業を大幅に効率化することができます。

 工事の際は、ICT建機が3次元位置を確認しながら設計データに基づいて工事を行うので、基準点を設定する作業は必要ですが、工事の際の切土注2や盛土注2の目安となる丁張り注3作業が不要となります。さらにマシンコントロール技術注4によってICT建機が設計データと現在の地盤の差分を計算し、ブレード(排土板)注5の高さ・勾配を自動制御するので、施工作業が大幅にスピードアップされます。同社はこのような改善により、林道工事の掘削工程の人数をほぼ半減、作業期間も半分以下に短縮し、4倍以上の生産性向上を実現しています。

注1:レーザーなどにより地形を3次元で自動計測し、多数の点からなるデータ(点群データ)として記録したもの。これによって、詳細な地形を立体的に可視化することができる。
 

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図1:ドローンからのレーザースキャンによって作成した点群データの例
(出所:平賀建設のフェイスブックページより)

注2:切土(きりど)は、地面を切り取って低くしたりし、斜面を切り取って法面を形成する建設工事やその工事で切り取った土砂のこと。一方、盛土(もりど)は、地面や斜面に土砂を盛り上げて高くする建設工事や工事で盛られた土砂のこと。山間部の工事では切土部分と盛土部分の体積を近づけ、切土を盛土に用いることで建設コストを安くすることができる。

注3:丁張り(ちょうはり)は、切土や盛土などの目安となるもの。等間隔に並んだ木杭とそれに水平もしくは斜めに打ち付けられた板で構成されるのが一般的であり、以前は、この丁張りを見ながら工事を行っていた。

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図2:以前の丁張りを使った工事と現在のICT建機を使った工事の比較
(出所:平賀建設のフェイスブックページより)

注4:マシンコントロール技術とは、位置計測装置を用いて建設機械の位置を計測し、施工箇所の設計データと地形データの差分に基づき、建設機械の操作を半自動化するシステムのこと。

注5:ブルドーザの前面にある土を進行方向に押し出す装置のこと。

 

2.  飛躍のきっかけはi-Constructionとの出会い

 同社がi-Constructionを導入したのは最近のことです。2017年12月、債務超過という状況の中でその存在を知り、苦しい資金繰りの中、ドローン操縦民間ライセンスの取得、関連ソフトの購入などにより少しずつICT導入が始まりました。

 大きな転機となったのは、既にi-Constructionで成功している西建工業(本社:和歌山県紀の川市)の西口社長の話をわざわざ聴きに行ったことでした。2018年11月21日~22日のことです。そこで、「品質」「スピード」「技術力」をモットーに挑戦し続けること、成長し続けることを学び、目から鱗が落ちたそうです。
 

3.  不可欠だったデータ作成と工事段取りの全面見直し

 以降、平賀建設はi-Constructionに邁進しています。建機に取り付けるセンサーや制御機器などに投資をしています。また、工事に必要なICT建機もいろいろな種類のものを調達しています。そして現在は、作業員よりICT建機の方が多い現場運営になっているそうです。

 しかし、設備投資のみではi-Constructionは実現しません。工事に必要なデータを作成し、ICT建機の性能を考えながら、生産性をあげる工事の段取りを立てなければなりません。仕事のやり方を根本から変えないといけないのです。同社で、先頭に立ってこれを行っているのは平賀社長です。

 まずデータについては、レーザースキャナーなどの設備で3次元測量を行い、そのデータを使ってパソコン上で工事設計を行う必要があります。誰も分かる人がいなかったので、社長自ら必死で勉強し、マスターしたそうです。また、ICT建機のオペレータを養成する必要があります。これについても、社長自らICT建機に乗り操作に習熟した段階で仲間に展開しています。さらに、ICT機器の操作法やエラー時の対処法もマスターしなければなりません。建機ベンダーでも詳しい人は多くなく、SNSなどを活用し実際に開発した人などに聞きまくって理解したそうです。
 

4.  マーケットがある場所への進出とその結果

 しかし、いかに設備を準備し、新しい仕事のやり方に対応できたとしても、工事の発注者側が新しい仕事のやり方に対応してくれなければ力を発揮できません。同社はi-Constructionのマーケットが立ち上がっていた静岡県の工事に進出し、そこで下請けとして実績を積み重ねています。最新の技術を持ち、仕事が早くて確実な同社は、元請けにとっては便利な存在だったのです。

 幸いなことに、結果は直ぐに出ました。仕事が増えて売上が増加し、19年度の決算が大幅な黒字となり、債務超過を解消することができたのです。従業員と共に手戻りをなくし、労務・材料・時間などのロスがない工事を追求するという、土木工事の生産性改善に不可欠な基本を忠実に実行した結果です。同社の売上は20年度にさらに増加し4.2億円に、21年度は過去最高の6.5~7億円になる見込みです。


5.  生産性向上で生み出した利益は新たな設備投資と従業員の給与改善に

 同社は生産性を高めることで生み出した利益を新たな設備投資と仲間(平賀社長は従業員ではなく仲間と呼んでおられますので、それに従いました)の給与改善に振り向けています。そして、これがさらなる生産性向上につながっています。

 新たな設備投資で最先端のICT建機を揃えても、それを使いこなす人材がいないと宝の持ち腐れになります。特に、同社のように仕事のやり方を全面的に変えてしまうと、それに反発する仲間もいるはずですが、生産性が上がりそれに伴って給与も増えるのであれば、多少の苦労をしても新しい仕事のやり方に挑戦し、これをマスターするインセンティブが高まります。実際、同社は山梨県内の平均よりはるかに高い給与水準を実現しているそうです。

 もう一つポイントとなる事項があります。それは、同社が工事の生産性をあげて早く工事を終わらせること、これを「かっこいい」と感じる雰囲気醸成に成功していることです。平賀社長は、工事を早く終わらせる方策を考え、実際に仲間に挑戦させ結果を出しています。これで仲間を乗せて、自然体で生産性を上げているのです。給与改善とかっこよく仕事しているというプライド、この二つのインセンティブによって、現場の士気が保たれ、さらなる生産性向上へとつながっているのです。

 

6.  さらなる成長に必要な行動

 同社はi-Constructionを全面的に導入し、生産性を上げていますが、その肝となったのはスピードです。現場のことが良く分かっている平賀社長が、現場で考えスピードアップを実現しています。これは簡単なことではありません。同社が行っている工事は、林道工事だけでなく、圃場整備、ダム構築、ソーラーパネル設置に伴う造成工事など多彩です。現在まで年間100~150の現場でi-Constructionを使って工事しているそうですが同じ現場は二つとなく、それぞれの現場でその都度、最適な作業方法を考えているそうです。

 同社の競争力は、ICT建機などの活用を前提に最適な作業方法を考案する力、それを活用し迅速な工事を実現できる人材や機材を持っていることです。これによって生産性を大きく向上させ、他の建設会社に差をつけているのです。

 同社はこれに加え、精度の高い点群データを作成するノウハウも持っています。ドローンによるレーザー測量、地上型3次元レーザースキャナーによる形状計測、情報化施工サポートツールなどをフルに活用し、かつ、独自の研究成果も交え±10mm以内の精度を達成しています。建設工事では建設現場をサイバー化してデジタルツインを作り、それをベースに生産性を上げていくという大きな流れが始まっています。そしてその核となるデジタルツインの価値を決めるのは、精度の高い点群データです。平賀建設はその流れを先取りしているのです。

 ただし、同社には大きなリスクもあります。根幹となる工事設計のノウハウが平賀社長頼みになっていることです。このノウハウは、建設工事のAI化に必須のものです。既に、同社は、東京のスタートアップと建設機械の自動運転装置の開発やi-Constructionのサポートソフト開発に乗り出しています。これが成功すれば、建設工事の生産性向上のノウハウが誰もが共有できる形式知となり、多くの人が活用できるようになります。

 建設ベンチャーを標ぼうする平賀建設と同社社長のさらなる活躍により、建設工事の生産性が抜本的に向上することを期待したいと思います。
 

今回紹介した事例

シャープ

i-Constructionの導入による飛躍的な生産性の向上 - 平賀建設のICT土工

当社は、地面を平らに整地するために行う「土工」に重点を置いている。土工は土木工事の中で最も効率化が進んでいない領域の一つで、作業は重労働になることもあり働き方の面でも課題があった。当時、当社は赤字経営が続き、債務超過で存続の危機に陥っていた。その中でi-Constructionを知り、危機を乗り切る手段は、ICTを活用した生産性の向上しかないと確信した。そして、現在はi-Construction導入前に比べ、一人当たりの生産能力約10倍という飛躍的な生産性の向上を実現している。…続きを読む

 

 

 
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