Upside合同会社
- コスト削減
- 事業・業務プロセスの改善
- 収集情報を活用した新規事業の発掘
- その他(収益の向上)
【活用対象】
- 企業顧客
- 社会全般(水産資源量の把握)
- その他(漁業協同組合)
IoT導入のきっかけ、背景
パヤオナビの開発と運営を行っているUpside合同会社(以下、当社)は、「IoT活用で中小企業の未来を変える」をビジョンに掲げ、課題発見やコンセプトの創造、システムの構築、製品・サービスの収益化までをクライアントと一緒に行う一気通貫型のコンサルティングを主力事業としている。今回紹介する「パヤオナビTM」もこうしたやり方でクライアントである八重山漁業協同組合(以下、八重山漁協)と一緒に作り上げたサービスである。
八重山漁協がある八重山諸島とは、沖縄県の石垣島をはじめ、竹富島、西表島、日本最西端の与那国島などの12の有人島と多くの無人島からなる島嶼群である。八重山諸島は、クロマグロ(本マグロ)、メバチマグロ、キハダマグロ、カツオ、カジキなどの大型魚の水産資源に恵まれており、日帰りの漁で捕れる魚は鮮度が高く味もよいため高値で取引されている。
八重山地区では、「パヤオ漁」と呼ばれる漁法が使われている。パヤオとはフィリピン語で「浮き魚礁」を表す言葉で、このパヤオを使った漁が1980年代に沖縄に導入された。パヤオの周辺海域に集まる、メバチマグロ、キハダマグロ、カジキなどを効率よく捕ることができる。(図-1を参照)
八重山漁協が持つパヤオは6基あるが、漁に出た際に目的のパヤオを探すのが大変であった。パヤオは、深さ1000m以上の深海にアンカーで固定されているが、潮流によって最大2kmの範囲で絶えず動いているためである。加えて、苦労してパヤオを見つけても、漁を始めると魚が捕れないことが約7割もあった。朝早くから漁に出ても魚が捕れないと燃料や時間を無駄にすることは言うまでもないが、こうしたことが続くと、若手の漁師がモチベーションを失って離職してしまうこともあった。
当社はマリンITにも取り組んでおり、漁師の方々から、こうした長年の課題をお伺いした際に、IoTを使ってこれを解決したいと考えた。そこで、八重山漁協の漁師と一緒になって、課題の明確化(要件定義)、設計、PoCを含むフィールドでの実践、修正のサイクルを回しながら、パヤオの探索と最適漁場の選択を支援するパヤオナビTMを作り上げた。
図-1 パヤオの外観
(出所:Upside提供資料)
IoT事例の概要
サービス名等、関連URL、主な導入企業名
・サービス名:パヤオナビTM
・関連URL:https://upside-llc.com/case_study/case01.pdf
本取り組みは、モバイルコンピューティング推進コンソーシアム(MCPC)主催の、モバイルコンピューティングの導入により高度なシステムを構築し、顕著な成果を上げている企業や団体を表彰する「MCPC award 2021」の審査委員長特別賞/モバイル中小企業賞を受賞した。
導入事例の概要
パヤオナビTMでは、GPS位置情報によってパヤオの探索を容易にすると共に、漁に出る前に6基あるパヤオのどれを使って漁をするかの選択に役立つ情報を提供している。加えて、漁師が入力した操業情報(漁獲高)や漁場の海況情報(風向、風速、表層温度など)から機械学習を使用して、適正なパヤオの選択を支援する漁場選択支援機能を有している。こうした機能をSaaS型スマート水産サービスとして提供している。(図-2を参照)
図-2 パヤオナビTMの構成とデータフロー
(出所:Upside提供資料)
パヤオナビTMの導入効果
(1) 探索時間と燃料費の課題解決
従来は、パヤオの近くに到着してから15分~60分かけてパヤオを探索していたが、パヤオナビTMの導入後は、パヤオの探索時間が2分以下になった。(図-3を参照)
漁を行う時間帯は、「朝マズメ」と呼ばれる夜明けから日の出にかけて存在する薄暗い時間帯が最適とされているが、従来はパヤオの探索に時間を要して朝マズメを逃してしまうことが多かった。ヤオナビTMの導入後は、パヤオのGPS位置情報(緯度・経度)を船の自動操舵装置に入力するだけで、一直線に目的のパヤオに到達できるようになり、最も効率がよい時間帯に漁ができるようになった。
図-3 探索時間と燃料費の課題解決
(出所:Upside提供資料)
(2) 漁場選択ミスの課題解決
パヤオ漁で捕る回遊魚の集魚特性は潮流の影響が大きいとの経験則があるが、潮流は黒潮などの海流と異なり一日に何回も変化する。従来、苦労してパヤオを見つけても魚が捕れなかった原因の一つがこの潮流の変化である。パヤオナビTMでは、GPSで取得したパヤオの現在位置に加えて、パヤオの位置情報の変化から潮流を割り出してアプリ画面に表示している。(図-4を参照)
図-4では、中心(アンカー)位置からパヤオがどれだけ離れているかを示すと共に、矢印で潮流の向きと強さを表示している。これまで潮流は、衛星画像から推定することしかできなかったが実測データとして可視化ができた。この機能は漁師の経験と知見から実現した。
パヤオナビTMを開発する際に、八重山漁協の協力をいただきPoCを行ったが、当初の機能はパヤオの位置表示のみであった。パヤオの位置が時間と共に変化する様を漁師に見ていただいた際、これは潮流そのもので、この情報があるとパヤオの選択に役立つとのフィードバックをいただき潮流情報の機能が実現した。このように、GPSの座標データを、漁師の経験と知見を加えて加工することによって、潮流という役に立つ情報に変換することができた。
パヤオ周辺の潮流表示機能などによって、従来は約7割もあった「パヤオに行ったが魚が捕れない」という漁場選択ミスを15%程度に減らし、漁獲高を向上することができた。(図-4を参照)
図-4 潮流情報の表示と漁場選択ミスの課題解決
(出所:Upside提供資料)
(3) 若手漁師の離職の課題解決
従来漁師の間では、自分の漁場や漁獲結果は他人には知らせないことが多かった。石垣島では島外から移住された方が漁業を始める場合もあり、こうした新規参入者の多くは個人の経験と勘に頼って操業していた。そのため、頑張っても漁獲高が上がらず、きつく・危険な仕事であるにもかかわらず収入が安定しないことから若手漁師の離職につながっていた。
パヤオナビTMでは、捕れた魚の種類・大きさ・数を、漁の最中にタブレットアプリから簡単に入力することができる。漁を行ったパヤオの位置や時間、船の航跡情報(*1)のデータは自動入力することで入力の負担を下げている。このように、従来は紙で記録していた操業日誌を電子化した。これらの操業情報や海況情報を基に、機械学習モデルを適用した漁場推奨/非推奨サービスを構築した(主に新規参入者向け)。このサービスによって、新規参入者も従来よりも安定した漁獲高をあげることができる。
加えてデータの一部を共有可能としており、コミュニティーでデータを活用することができる。このデータの共有機能によって、漁師仲間で漁場や季節変動を協議するようになり、20隻の船長によるコミュニティーが活性化した。
こうした効果によって、若手も含めて全員の収益が底上げされており、離職率の低減につながることが期待されている。(図-5を参照)
図-5 若⼿漁師の離職の課題解決
(出所:Upside提供資料)
(*1) 航跡情報はタブレットのGPS位置情報を活用している。
ユニバーサルな貢献
パヤオナビTMの効果は、これまで説明した漁師への導入効果と地域社会への貢献(若手漁師の離職率の低下と離島の雇用対策)に加えて、ユニバーサルな貢献がある。パヤオナビTMで漁獲高データ(水産資源データのサンプリング情報)を蓄積することによって、水産資源保護のために漁獲高の制限が必要になった際には、科学的データに基づいた合理的で説明性が高い施策を打つことができる。(図-6を参照)
図-6 パヤオナビTMの導入効果と社会への貢献
(出所:Upside提供資料)
取り扱うデータの概要とその活用法
- パヤオのGPS位置情報
- 潮流・潮向
- 海水の表層温度
- 風力・風向・波高・天候
- 漁獲場所と漁獲高
- 漁船の航跡
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
-
八重山漁協への導入効果がはっきりとわかるまでの初期の開発は、当社と公立はこだて未来大学の費用負担ですすめた。そのため、課題の明確化や要件定義のヒアリングなどは、一定期間に一気に行うのではなく、出張の機会を捉えて断続的に行う形となった。その分時間は要したが、丹念に要望を吸い上げることで役に立つサービスを作ることができた。
-
最初にパヤオ1基を使ってPoCを行うことで具体的な開発要件が見えたが、全パヤオに商用展開するためのハードウェアの再設計や調達、SaaS基盤の拡張などに必要な資金調達に苦労した。こうした中、地方独立行政法人東京都立産業技術研究センターの公募型共同研究IoTソリューション研究に採択され、資金を得ることができた。
- 最初は効果に半信半疑な漁師が多い中、八重山漁協の協力もいただきながら漁獲高が実際に上がるという効果を見ていただき、時間をかけて利用者を広げた。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
パヤオナビTMでは、船の上で漁を行っている際に使用するAndroidタブレット用の専用アプリと、陸でスマートフォンやPCから使用するWebアプリの両方を提供している。両者には共通部分が多いため、ソフトウェア開発を一本化して効率化を図りたかった。そのために、入力アプリからサーバーアプリの全てをカバーできるマルチプラットフォームフレームワーク「Reflex」を採用した。Reflexのベース言語であるHaskellを使ったソフトウェア開発を含めて、Reflexを使った内製開発を行っている。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
-
パヤオを使った漁をしている、他の漁協にパヤオナビTMを展開する際に、導入の費用対効果があることをどのように理解していただくかが課題である。
- こうしたサービスを導入するためには、これまで払ったことがない費用がどうしても発生するが、費用の一部に補助金を活用することなど、導入のハードルを下げるためのスキーム作りを行っている。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
今の技術を進化させて、他の漁法にもパヤオナビTMの技術を使えるようにしたい。具体的には集魚灯を使った漁、ソデイカ漁、はえ縄漁、まき網漁、底びき網などへの展開を考えている。加えて、蓄積したデータの外販化にも取り組みたい。
将来的に展開を検討したい分野、業種
沖縄以外の地域でパヤオナビTMの導入を進めるために、地域単位のサービス提供パートナー網を作りたい。