本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、今年度に事例紹介をしたローカル5Gを活用した6つの実証に関してまとめてお伝えします。

ここに注目!IoT先進企業訪問記 第77回

実証を実装・横展開につなげるための方法論

1.  はじめに

 IoT関連の開発案件を見ていると、概念実証だけで終わり実装・横展開につながらないものが沢山あります。この原因はいろいろとありますが、技術シーズ主導でユーザニーズを十分に踏まえないなど、検討不十分なケースが多いと感じます。このような失敗の多くは、課題を明確化し課題を抱えているユーザと共有するための方法論を学ぶことで避けることが可能です。

 このため、本稿ではこの学びの参考となる事項をまとめてみました。ユースケースとして選んだのは、2023年7月から9月にかけてIoT導入事例で紹介したローカル5Gを活用した6つの実証です(表1参照)。これらを選んだ理由は、諸般の事情で実装に至らない可能性はあるものの実証によって実装の形が見えていること、また、ローカル5Gという共通の技術を活用している実証案件なので、特徴を抽出しやすいと考えたからです。これらは、いずれも総務省の「令和4年度課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」に採択された案件(「開発実証事業」及び「特殊な環境における実証事業」の案件(全24件))です。

表1:IoT導入事例で紹介したローカル5G等を活用した事例一覧

実証テーマ

実証コンソーシアム参加メンバー

火力発電所のスマート保安の実現

九州電力、日本電気、ニシム電子工業、西日本プラント工業、正興電機製作所

離島プラント工場の業務効率化

ハートネットワーク、ソフトバンク、地域ワイヤレスジャパン、NECネッツエスアイ、愛媛大学、日本ケーブルテレビ連盟、新居浜地域スマートシティ推進協議会

鉄道業務のスマート化

住友商事、東急電鉄、横浜高速鉄道、SCSK、Insight Edge、沖電気工業、富士通、京セラコミュニケーションシステム等

港湾運送事業のDX

西日本電信電話、夢洲コンテナターミナル、三菱ロジスネクスト、大阪市、阪神国際港湾、京セラコミュニケーションズシステム、NTTビジネスソリューションズ

河川災害のリアルタイム状況把握と無人化施工による復旧工事の実施

国際航業、日本電気、西尾レントオール、電気興業

洋上風力発電の運用保守効率化

秋田ケーブルテレビ、NECネッツエスアイ、Dshift、関西電力、ZEIN、東京大学先端科学技術研究センター、日本ケーブルテレビ連盟、秋田県

下線は代表機関

 仕事柄、多くの提案書を見る機会がありますが、少なくとも課題解決に関連する提案書では、課題を抱えている現場に行って議論を重ね、具体的な課題抽出を行うことが必須です。残念ながら、現実には提案書作成者が現場に行かず机上で企画立案するケースが多いと感じます。現場に行けば当然出てくるはずの疑問が考慮されていない提案書は、実装・横展開の可能性が低いと判断されます。

 また、あるべき姿を描くことができず、どのような変革につながるのか不明確な提案書も多数あります。その一つの原因は技術を起点とする思考法です。「高精細の映像伝送が可能になります」など変化を技術的に捉えるのではなく、「高精細の映像伝送が可能になり現在と比較し2倍の距離の監視が可能になります。これにより、カメラの設置数と監視コストが4分の1になり、防犯カメラや防災カメラの適用領域が大幅に広がります」などビジネスや社会価値の変化として捉えることができれば、ユーザにも提案の利点が理解しやすくなります。

2.実装・横展開につなげる4つのポイント

 最初にずばり実装・横展開につなげるポイントを述べると次の4点です。

①   解決すべき課題の明確化と具体的な成果目標の設定
②   課題を見つけるための仕組みの構築
③   課題解決のための最適な技術や手段(ここではワイヤレスネットワーク)の利用
④   ユーザ等の積極的な参画とユーザ視点の取り込み
 以下、6つの実証をユースケースにして、①から④について詳しく説明します。

①   解決すべき課題の明確化と具体的な成果目標の設定

 6つの実証が着目した課題を表2にまとめてみました。これらに共通するのは、利用者の中長期的な利益につながる課題で、時間とコストを要するものの実現可能性が高いこと、成果がわかりやすく関係者に説明しやすいことです。

表2:各実証テーマが着目した課題

実証テーマ

着目した課題

火力発電所のスマート保安の実現

九電グループ経営ビジョン2030が掲げている保守・運用業務の効率化・高度化

離島プラント工場の業務効率化

通信ネットワークが整っていないため、多くの業務で目視確認や紙での情報伝達・共有を行っている大規模プラント工場の効率化

鉄道業務のスマート化

基本目視で行っている線路や沿線設備の点検等のスマート化

港湾運送事業のDX

国土交通省によってAIターミナル構想が推進されるなど喫緊の課題となっている港湾業務の効率化

河川災害のリアルタイム状況把握と無人化施工による復旧工事の実施

被災現場の状況の安全かつリアルタイム把握及び復旧工事の迅速化・効率化

洋上風力発電の運用保守効率化

ライフサイクルコストの35%以上を占めるとされる運転保守コスト削減

 

 課題分析をしっかりと行い、適切な解決策を考えることも重要です。いずれの実証もこの点をしっかりと検討しています。注目されるのは、九州電力(本社:福岡市中央区)、住友商事(本社:東京都千代田区)、西日本電信電話(本社:大阪市都島区)、秋田ケーブルテレビ(本社:秋田県秋田市)がそれぞれ代表機関を務める4つのコンソーシアムがイシューツリーを活用していることです。ちなみに、秋田ケーブルテレビは、秋田市などでケーブルテレビ事業を行っている会社です。

 イシューツリーは、イシュー(解決すべき課題)の全体像を可視化するために、それをツリー状に整理したものです。課題解決方法を検討するとき、ある仮説が正しいかどうかを分析・検証したいときに使うフレームワークです。「どうすれば〜できるか?」など、問いを用いて表現することで、考えるべき要素を明確化し、共有しやすくすることができます。整理できていないところが明確になりますし、メンバーの認識も深まります。図に示したのは、住友商事が代表機関を務めるコンソーシアムが作成したものの一つです。

  

図1:コンソーシアムで課題解決の検討のために作成したイシューツリーの例
(出所:令和4年度ローカル5G開発実証等成果報告書
「複数鉄道駅および沿線におけるローカル5Gを活用した鉄道事業者共有型
ソリューションの実現」,令和5年3月,住友商事株式会社)

 

 もう一つ興味深い点があります。ハートネットワーク(本社:愛媛県新居浜市)が代表機関の案件を除き、中長期の変革に関連する課題を抽出し、その解決策の実証に取り組んでいることです。通常、このような課題抽出にはバックキャスティング手法を活用します。あるべき姿(将来像)を描き、これと現在の姿を比較し、あるべき姿を実現するための課題を抽出し、その解決策を考えます。4つの実証案件ではこのプロセスを省略し、国が作成した将来像を活用しています。九州電力と秋田ケーブルテレビは、経済産業省が作成したスマート保安の将来像を、西日本電信電話は国土交通省のAIターミナル構想を、国際航業(本社:東京都新宿区)は国土交通省のインフラ分野のDXアクションプラン「3次元データを活用した災害復旧事業の迅速化」を参考にしています。

 独自性の高い提案とはならないように感じますが、限られた時間の中で説得力を持つ提案とする賢いやり方なのかもしれません。一方、住友商事は東急電鉄と一緒に列車運行の自動化という将来像を描いた上で、現時点で優先度が高くその解決が社会的価値につながる課題を抽出し解決策を考えています。

 この他では、成果目標を定量的に定めることも重要です。実証の効果については、効率化などによる業務時間の短縮やそれに伴う人件費などコスト削減効果で示したケースが多いです。効果を分かりやすく示すことができ、社内を説得したり、他社の関心を惹きつける上で有効なやり方です。

②   課題を見つけるための仕組みの構築

 代表機関の中には、課題を見つけるための仕組みを構築している企業があります。住友商事と九州電力は大きな方針を定め、その方針に沿って実証を行なっています。住友商事は、インフラの維持管理にかかる固定費を下げるために先端テクノロジーを活用するという大きな流れの中で、目視が主体の線路や沿線設備の点検等のスマート化に注目し、課題を深掘りしています。九州電力は、会社が推進しているスマート保安の実現のためのネットワーク基盤としてローカル5G活用を考えています。

 一方、秋田ケーブルテレビは、少子高齢化、除雪雪害、再生可能エネルギー、農業など秋田県という地域の課題をICTで解決することを考え、常日頃からブレストを実施しています。このブレストの中で、洋上風力発電ではメンテナンスコストが全体コストの35%以上を占めており、この低減が必要という課題を見つけています。その上で、地元の雇用に貢献する簡便かつ効率的なメンテナンス技術の確立につながる解決策を考え実証に臨んでいます。

 他からの情報で課題をみつけた例もあります。愛媛県の新居浜市、西条市をエリアとするケーブルテレビ会社のハートネットワークです。離島プラント工場の業務効率化に挑戦した同社は、街づくり事業の一環としてものづくりのDX注1にも着目していましたが、プラント工場に課題があるとの情報を他社から得て、実際に課題を確認し、実証につなげています。街づくり事業は同社だけでは実現が難しいので、積極的に他社と情報交流を行うことが必要との判断で、交流の場に参加していた成果です。

注1:デジタル・トランスフォーメーション。デジタル技術やデータを駆使して、ビジネスの仕組みや社会・生活のスタイルを変革する取り組みのことを意味する。

③   課題解決のために最適な技術や手段の利用

 「ローカル5G等を活用した実証」というテーマを与えられると、ローカル5Gという技術ありきで考えがちです。結果として、その高速性や高品質性に着目したソリューションを考えてしまい、課題解決という肝心な点がおろそかになってしまいます。この点で感心したのは、「広いエリアを効率的にカバー」という優位性の活用です。ハートネットワーク、九州電力、西日本電信電話がこの特徴に着目しています。

 ローカル5Gの競争相手となるワイヤレス・システムの一番手は無線LANシステムです。しかし、高速性のあるこのシステムで広いエリアをカバーするには、多くの基地局配置が必要となります。そしてその基地局を接続するために、コストの高いケーブル敷設が必要です。少ない基地局数で広いエリアをカバーできるローカル5Gでは、このケーブル敷設コストを低減することが可能になります。

 一方、国際航業は、可搬型基地局によって迅速にネットワーク構築が可能である点を評価しています。同社は、国土保全、防災・災害復興や空間情報を活用したコンサルティング事業を展開している会社です。被災現場に迅速にネットワークを構築することを考えると、可搬型基地局は有用な選択肢です。しかも、この実証も広いエリアカバーが必要でした。さらに映像データや点群データという大容量データを高速伝送することも求められていました。

④   ユーザ等の積極的な参画とユーザ視点の取り込み

 最近、話題になる実証では、ソリューション提供企業だけではなくユーザやOT(Operational Technology)注2を持つ企業が主体となるものが増えているように感じます。また、ソリューション提供企業とユーザががっちりとスクラムを組む事例も増えています。ここで取り上げた6つもそのような実証案件です。

注2:交通手段やライフラインといった社会インフラにおいて、それに必要な製品や設備、システムを最適に動かすための「制御・運用技術」のこと。

 この中で興味深いのは、住友商事と東急電鉄の取り組みです。両社は、「事業者間の競争から共創へと鉄道事業を変革する」というビジョンを掲げ、2021年度に実証をスタートしました。その後、共創というビジョンを実践し、2022年度には横浜高速鉄道が、2023年度からはさらに九州旅客鉄道、名古屋市交通局、西日本鉄道、伊豆急行鉄道が実証に参画し、ローカル5Gソリューションの開発を進めています。ソリューション開発が対象としている維持管理にかかる固定費を下げる取り組みには、共創という事業モデルが有効です。このように同業他社に共感を得るビジョンの提示は、これから横展開の有効な手段となりそうです。

 実証を実装につなげるためには、ユーザとなる現場との密接な連携や彼らの視点の取り込みが不可欠です。九州電力はソリューションを提供する部署と火力発電所を担当する部署で抽出した課題や解決策を現場に持ち込んで議論を行い、現場からの提案で実証内容を改善しています。また、業務フローの見直しにも協力しています。現場を本気にするのは大変ですが、現場が理解し納得しないと変革は進みません。社内でDX推進への意思決定がなされていたことが後押ししたと考えられますが、そのような場合であっても丁寧な説明が不可欠で、大きなエネルギーを要する作業となります。

 また、アプリケーションの開発にあたっては、現場で働く人々にとって使い勝手が良いことや導入効果が実感できることが不可欠です。西日本電信電話などは現場や現場を管理する人達が集まった検討会を開催し、そこで得られた匠の技を形式知化してアプリに織り込みました。さらに使い勝手を検証してもらい、アプリケーションの完成度を高めています。当たり前の取り組みのように思いますが、実際には時間的な制約やリソース不足などの理由でこの部分が不十分なケースが多いように感じます。一方、住友商事は現場保安員からのヒアリング結果を基に対象設備を選定し、「ユーザーファースト」という顧客志向の発想で実証を推進しています。このような意識を持って実証に臨むことが、現場での理解や当事者意識を高め、実装につながる早道だからです。

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3.まとめに代えて

 前章で述べた①から④のポイントを実践すると、職場が明るくなり活気がでてきます。人は課題が明確となり、それを解決することでユーザや社会の役に立つことが分かれば、前向きな気持ちとなります。これに加えて心理的安全性が担保されると、さまざまなアイデアの創出が促進されます。実は、実装・横展開につなげる方法論は、イノベーションを実現するための方法論の一部でもあるのです。

 もちろん、実証の成果を実装・横展開につなげるためには、これ以外にもソリューションの完成度向上に加え、保守・運用マニュアルの作成・体制整備、研修プログラムの立案などの細かな作業が不可欠です。また、他社に興味を持ってもらうには、ソリューションの有効性発信などの広報が不可欠です。さらに、実際にマーケットを開拓する上では、ソリューションの深掘りや他用途での活用なども視野に入れる必要があります。そして、新たな課題発見や解決策の改善のためにPDCAサイクルを回し続けることも重要です。これによって、さらに職場の活性化が進むと同時に生産性も向上します。

 このような変革のために使うことができる手法は、イシューツリーやバックキャスティング以外にもいくつかあります。例えば、変化を絵コンテで描き議論を活性化する手法や新しいビジネスの姿を明確化し、客観的に見ることを手助けするビジネスモデル・キャンバスなどの手法です。現在は、イノベーションは特別な能力のある個人が行うものではなく、きちんとマネージメントされたプロセスで創出可能であるとされています。イノベーションの方法論を学び、実際に実践して自分のものとしてほしいと思います。また、提案書の作成に活かし、実証の成果を確実に実装・横展開につなげてほしいとも思います。

 最後になりましたが、このメルマガ執筆にあたり参考としたIoT導入事例も学びにつながりますので、ぜひご覧になってください。事例へのリンクは次のとおりです。

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