本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回から特別編として3回にわたって、2022年度に紹介した事例の概要をお伝えしていきます。

ここに注目!IoT先進企業訪問記 第74回

DXによる変革の実践ー2022年度のIoT導入事例の概要(その1)

 

1.    真の変革に結び付き始めたDX

 2022年度のIoT導入事例13件の概要を、3回のシリーズで紹介します。これらの事例には、2022年度中に取材し2023年4月に公開したものを含みます。第1回目はDX(ディーエックス)関連事例です。これらを見て感じるのは、ビジネスモデルを含め良く練りあげられたものが多いことです。しかも、商店街活性化、林業再生、製造現場改革、公共分野の生産性向上など、幅広い分野で変革に向けた挑戦が始まっています。これらの事例をコンパクトに紹介したいと思います。

注:DXはDigital Transformation(デジタル・トランスフォーメーション)の略称で、デジタル技術によってビジネスや社会、生活
  などを大きく変えることを意味します。

2.持続的な発展を可能とする仕組みを作った戸越銀座商店街

 DXは時間を要する長期的な改善プロセスです。この改善を促進する仕組みを上手に構築した事例があります。約400件の店舗が軒を連ねる戸越銀座商店街です。この商店街は、下町情緒あふれるたたずまいに加え、商店街活性化のモデルとなった「とごしぎんざブランド事業」などの推進によって広く注目を集めています。地元以外からも多くの方が訪れる活気のあるエリアです。

写真:戸越銀座商店街(筆者撮影)

 この商店街で実施しているのが「とごしぎんざ来街者数カウント&シェア」です。AIを使用した人流モニタリングで収集した来街者数を、回覧板アプリを使用して電子的に店舗・組合員に配布しています。加えて、日ごと・時間帯単位の来街者数や地元少年少女野球チームのニュースなどのローカルな話題を来街者に電子掲示板でお知らせしています。

 このシンプルな仕組みが、商店街のさらなる活性化につながっています。そのポイントは、活性化施策やプロモーション効果の「見える化」です。商店街が発展するには、成果の大きな施策やプロモーションを実施することが有効です。そして、この成果をより大きなものとするには、できるだけ多くの店舗に参加してもらい、商店街全体としてスケールメリットを出す必要があります。

 継続して収集している来街者数のデータなどから、個々の施策やプロモーションの効果が分かります。商店街では「お客さまのニーズに対応した事業」など費用対効果が高い施策を戦略的に実施し、着実に成果をあげています。そして、回覧板アプリという情報を迅速かつ確実に店舗・組合員に届ける仕組みの存在が、みんなで商店街を盛り上げるという意識の醸成に一役買っています。気付かないうちに人々の意識や行動を変えていく、この仕組みづくりの成功が戸越銀座商店街のDXを促進しています。

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3.森林のデジタルツイン化に貢献するヤマハ発動機の森林計測サービス

 DXの典型的な方法論の一つは、社会課題を解決するサービスや製品を考えることです。ヤマハ発動機株式会社の産業用無人ヘリコプター(以下、「無人ヘリ」という)を活用した森林計測サービスもその一つです。このサービスは、森林に立ち入り調査する時間を減らし、林業の効率化と安全性向上を実現する新たな森林調査手法として注目を集めています。同サービスでは、無人ヘリに高性能レーザスキャナー(LiDAR)を搭載し、森林の立木情報(位置、高さ、幹の直径など)や地形を点群データとして見える化します(図参照)。

図:無人ヘリでの計測イメージ(上図)と計測した点群データ(下図)
(出所:ヤマハ発動機ホームページ)
https://www.yamaha-motor.co.jp/ums/forest/trend/

 1日あたりの森林計測面積は、従来型の人による地上計測の場合では3haから5ha、1回あたりの平均航続時間が約30分のドローンを使う場合は約20haですが、ヤマハの無人ヘリではこれが最大100haに広がります。また、立木の本数の誤差が5%以内に改善され、立木の直径に関しても信頼性の高いデータを取得できます。細い林道や作業道、尾根のラインについても、しっかりと把握できます。

 現在、日本の森林は荒廃面積が拡大しています。そして、この荒廃が土砂災害などを引き起こしています。CO2吸着機能が新たな価値として注目されている森林ですが、実際には十分な整備とは程遠い状況なのです。この状況を改善し、温暖化防止のために必要な温室効果ガスの削減目標を達成するため、新たに森林環境税と森林環境譲与税が創設されました。また、「J-クレジット制度」の運用も始まっています。国として森林整備に力を入れ始めているのです。

 最近、長期ビジョンを作成する企業が増えています。ヤマハ発動機では、2018年12月に「2030年長期ビジョン」を発表しています。このビジョンを作る過程で社会課題を解決するサービスを議論したことが、森林計測サービス創出のきっかけとなっています。利益が出るまでに時間はかかるのかもしれませんが、社会課題の解決が大きなビジネスにつながる時代になっています。

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4.製造現場のDX化のノウハウとセンサを提供しているKMC

 DXは通常の「カイゼン」と異なり、特別な配慮が必要です。それは、「人」に頼ったアナログ的なカイゼンの仕組みを、「データ」を活用したカイゼンに革新するものだからです。職人的な勘と経験が幅を利かす日本の製造現場では、意識や考え方から変える必要があります。この困難性が高い取り組みを上手に支援し、成功させている会社があります。工程改革のプロである佐藤声喜代表取締役社長が率いておられる株式会社KMC(本社:神奈川県川崎市高津区)です。

 同社は、現場を重視した戦略策定と体制面の整備を推進しています。DXのプロセスでは、まずは課題や不具合の棚卸しからスタートしますそして棚卸しの結果に基づき、「不良品の率を半減する」「設備稼働率を20%改善する」など、やりたいことを明確化し、現場と調整して定量的な目標を設定します。

 そして、製造現場の意識や考え方を変えるため、スモールスタートを基本としています。対象設備を定め、達成が容易な目標から始めます。そして、データを活用するカイゼンについて、丁寧に説明し現場の人が使えるようにします。現場では不具合の発生原因が分からず、勘と経験で対応しているケースが多々あります。このような際に、データを示しながら不具合の原因とその対策を論理立てて説明すると、納得感が得られ、現場がやる気になるそうです。

 体制整備やプロジェクト・リーダの役割、経営者の心構えなどについても、貴重なノウハウを提供しています。例えば、体制整備については、新しいものへの抵抗感が少ない若い人材を集める、プロジェクト・リーダの役割については、改善の成果をまとめ期待した効果が出ていることを経営層へ正しく伝える、そして経営者の心構えについては、成果が出るまでに時間を要することを理解し、DXに挑戦すると決めたら現場の状況を注視しつつ不退転の決意で進める、投資対効果だけで判断しない、などです。

 同社はこのような支援を有効に機能するようにするため、「データを取る→見る→分析→活かす」というPDCAサイクルを回せるようにしています。データ収集用の良いセンサ類がないケースも多いので、この開発・提供も行っています。

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5.先進性の高い取り組みに注力している日本ソフト開発

 先進性の高いシステムを開発したことが会社のDX、ひいては水管理という公共機関の役割が大きな領域のDXにつながった事例があります。日本ソフト開発株式会社のクラウド型遠隔監視制御サービス「 SOFINET CLOUD 」です。1977年に琵琶湖で赤潮が異常発生した際に、下水道の水質やプラントの稼働状態の監視を行う水環境監視システムをオンプレミス型で立ち上げたものを発展させ、2012年にクラウド化したものです。最初のシステムは環境がビジネスにならない時代に開発したもので、水環境分野のパイオニアとなったシステムでした。

 このシステムの開発をきっかけに、水処理の広域管理を専門とするドイツのキスタース社から声がかかり連携が始まりました。日本ソフト開発は同社の解析システムのノウハウを取り入れ、さらに、東京大学や国土交通省などが実施した手賀沼の水の見える化を実現する共同プロジェクトへの参画でシステムを進化させています。

 SOFINET CLOUDは、さまざまな施設における水関係のデータをクラウドに収集・蓄積し、ポンプやゲートの状況監視や遠隔操作などさまざまな施設の監視・制御・通報機能を提供します。分析・診断・活用機能も持っており、J-ALERTと連携してゲートの自動閉鎖を行うなど他のデータと連携することも可能です。このような機能が地方自治体を始めとする水管理業務のDX化を推進しています。

 SOFINET CLOUDは、イノベーションやエコシステムを意識したプラットフォームです。技術情報が開示されている汎用機器で構築し、さまざまな機器を自由に組み合わせることが可能な柔軟な開発環境を確保しています。また、良い製品やサービスがあれば、他社のものをどんどん使うという戦略をとっています。自らは別の領域で良いものを開発し勝負すればよいという考え方です。

 良い製品やサービスがまだ無い未成熟市場で、新しく製品やサービスをつくるという考え方は、社員にとっては厳しいハードルです。しかし同時に、この考え方が社員の意識変革を促し、独自性があり先進性の高いシステムの開発、トップクラスのシェアを持つシステムの開発につながっています。DXは特別なものではありません。しかしながら、会社としての考え方や方針が、その成否に直結します。

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6.おわりに

 DXの方法論は、組織によって違います。仕事の内容によっては、組織の基本的価値観や良いところは守りながら、それ以外の部分は全面刷新することが必要になるかもしれません。このようなケースでは、大きな時間とエネルギーが必要となります。緻密な戦略と仕組みづくりがDXの成否の分かれ目となります。

 現在のわが国の状況は、DXの必要性に気付いた組織とそうでない組織との格差が次第に広がっています。変化の激しい時代に取り残されないよう、多くの組織がDXの必要性に気付き、困難を克服し、それに成功しないと、長年の経済停滞から抜け出すことは難しいと考えています。

 

 

 
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