本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、戸越銀座商店街(東京都品川区)の取り組みを紹介します。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記(63)】
先進的な情報通信技術を街の活性化に使う-戸越銀座商店街の取り組み
1. 現在も活気を保つ戸越銀座商店街
戸越銀座商店街は、東急池上線の戸越銀座駅に隣接し、全長約1.3kmにわたる関東有数の長さを誇る商店街です(写真参照)。約400件の店舗が軒を連ね、生鮮三品(魚・肉・野菜)を扱う店も多く残っています。そして、商店街の近隣を主な商圏としています。
全国的に見ると、商店街は衰退気味です。客層は高齢者や主婦が中心で、商店の店主も高齢者が多くなっています。昭和の懐かしさが残っており、下町の雰囲気が感じられる場所ではありますが、後継者がいない店舗が多い、空き店舗がなかなか埋まらない、売上げや来街者数は減少気味、など多くの課題を抱えているのが現状です。
これに対し、戸越銀座商店街は活気を保っています。1990年代初めのバブル崩壊の時はかなり通行量が減ったそうですが、いろいろな活性化事業を続けた結果、現在は下町情緒あふれる商店街として全国的にも知名度が高くなり、都内近郊から来る人も増えています。
写真:戸越銀座商店街(筆者撮影)
※戸越銀座商店街は電線類が地中化されており、すっきりした街並みとなっています。都内近郊から来街する人が多いせいか、案内所があるのが特徴的。有名となった戸越銀座コロッケを売っているお店もいくつかありました。その中の一件で購入し食べてみましたが、衣がパリッとしていて懐かしい味がしました。美味しかったです。
2. 新しいことに次々に挑戦した商店街の歴史
戸越銀座商店街は、新しいことへの挑戦を楽しんでいるように感じられます。1999年の純米酒発売を皮切りに、無添加・高品質・真心のサービスをコンセプトとしたソース、ワイン、お菓子など、消費者に人気のオリジナル商品群を軸として「とごしぎんざブランド」を創り出しています。全国各地で実施されている商店街ブランドや一店逸品運動の先駆者なのです。統一のロゴをつくり、プロモーションのために地元ケーブルテレビでCMを流し、パッケージには戸越銀座商店街の由来を載せるなど、様々な工夫をしています。
また、電線類を地中化するのに併せて、2006年から2008年までの3年間、毎年、電子タグや無線LANを使って行ったユビキタス実証実験を行いました。明治大学の協力を得て、電子タグを用いた情報配信、ポイント付与が利用者に与える影響、などを実証しています。
2009年からは、地元の立正大学と協働で戸越銀座コロッケプロモーション事業が始まっています。ブログなどの情報を定期的に収集し分析したところ、「戸越銀座に遊びに行って、お肉屋さんでコロッケを食べたらとても美味しかった」という書き込みが多いことに気付き、商店街の魅力の一つと考え情報発信を始めました。その結果、B級グルメや下町グルメ流行の波に乗り、大ヒットしたのです。
その他にも、商店街ホームページ「戸越銀座ネット」の開設、マスコットキャラクター通称「ぎんちゃん」、とごしぎんざまつりなどさまざまな取り組みを行っています。
3. イベント効果の分析で分かったのは顧客ニーズ対応で考えることの重要性
現在は、実施したさまざまなイベントの効果を知ることができます。インターネット上で戸越銀座のことを話題にした記事が増加すると、商店街のホームページへのアクセス数が増えます。また、ブログなどを分析すると、商店街の評価などの情報を収集可能です。
戸越銀座商店街は、あまり反響のなかった企画も含め多くの事業を実施していますが、それらを振り返って考えると、成果の大きい事業には「お客さまのニーズに対応した事業」という共通点があったそうです。この分析結果によって、今何が求められているかを想定しやすくなり、費用対効果が高い事業を戦略的に実施しやすくなりました。現在実施している事業は、問題点の解決や今の商店街に足りないものを補うという視点で実施しているものが大半で、着実に成果を上げているそうです。
4. 新たに「小さなDX」として始めた情報通信技術の活用
2020年からは「小さなDX注1」として、品川区からの助成金を活用しスマートホンアプリによる電子回覧板とカメラ画像の活用を始めました(図参照)。商店街では店主が店に不在のことも多く、紙ベースの回覧板では商店街から各店舗に情報がなかなか伝わりませんでした。商店街の議論で「そんな話は聞いていない」ということが多かったため、回覧板を電子化したそうです。
注1:DXはデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)の略語。
一方、カメラの方は、コロナ禍で求められる密回避のために活用しています。カメラ画像注2をAIで解析し、時間帯別の来街者数を調べ、その結果を密かどうかが分かる形にして、商店街などに設置した7台のデジタルサイネージ注3と電子回覧板に配信しています。デジタルサイネージでは来街者数だけでなく、地元少年野球チームの活躍や商店街・自治体からのお知らせなどのローカルなお役立ち情報も配信しています。
注2:防犯カメラの画像は、撮影直後に人数や属性のみ解析して削除されるため個人を特定する情報は残らない形になっている。
注3:ディスプレイなどの電子的な表示機器を使って情報を発信する装置。電子看板と呼ばれることもある。
区から助成金をもらうと、施策の実施前と実施後の来街者数の比較を求められます。従来は手作業による計測が大変だったのですが、この作業がなくなっただけでなく、日常的に来街者数の変化が分かるようになり、この情報を商店街の活性化に活用できるようになりました。もうすでに、来街者の性別も知りたいとの新たな要望が出ているそうです。
図:戸越銀座商店街の「小さなDX」の概要
(戸越銀座商店街提供)
5. 期待を担って新たな取り組みに挑戦
戸越銀座商店街は、さまざまな取り組みを実施してきました。その結果、次に何をやるのだろうかと周りから期待されるようになっています。その新たな取り組みが、2019年9月の「一般社団法人戸越銀座エリアマネジメント(TAM)」の設立です。この法人を受け皿として、地域住民や町会、来街者との密接な連携、企業とのダイナミックな連携などを積極的に行い、エリア全体の魅力をさらに高めることが目的です。
この法人の設立は、特に、情報通信技術の力を上手に活用し課題解決につなげると同時に、エリア全体で知識や技術の共有を図り、マーケットニーズや技術変化にいち早く対応することを狙っています。そのことにより地域の住民たちとも一体感を醸成することが可能となり、結果として商圏を確保することにもつながります。その第一歩が前章で述べた「小さなDX」だったのです。
回覧板の電子化は、お知らせを印刷し、配布する労力を減らすだけでなく、商店街の、そして街のビジョン共有を進め、合意形成をスピードアップすることに使えます。カメラの方は、商店街と街の活動を見える化し、エビデンスに基づく課題解決や知恵出しに利用することができます。やり方次第では、小さなDXを大きく育てることが可能になるのです。
6. 成功の陰に“よそ者”の活躍あり
戸越銀座商店街がさまざまな事業を行い、商店街の活性化に成功している裏には外部の人間の活躍があります。街づくりの専門家で、明治大学の博士課程在学中の2007年からずっと商店街のプロジェクトに参画し、現在はTAMの理事となっておられる竹地直記氏です。さらに、ITの専門家である東京システムハウス(本社:東京都品川区)の原口一孝氏も、知恵出しや情報通信技術の活用に関わっておられます。
商店街は閉鎖的で部外者が入るのは難しい組織ですが、あえてその“よそ者”を受け入れたところに先見の明がありました。長年の付き合いの結果、商店街の実情を熟知し、かつ、他の商店街のベストプラクティスを知っている人材、そして商店街の人たちのウィークポイントである情報通信技術の活用法を知っている人材は頼りになる仲間なのです。
彼らは、戸越銀座エリア全体の活性化に欠かせないのがエリアの核となる商店街の活性化であることを十二分に理解しています。商店街の本質は商店が集まり共同で販売促進事業を行うことです。商店街が強くなるには一つひとつの商店が頑張って強くなることが必要です。このきっかけとなるのが情報発信であり、ひいては商店街のブランド価値向上にも貢献します。
TAMでは、情報発信で成功した人がその体験を周りの人に伝え、その後に続く人が登場することで、商店街と街全体のかさ上げを目指しています。商店街のホームページを見ると個々の商店の情報発信力はまだ弱く道遠しという感じはしますが、お二人の“よそ者”の引き続いてのご活躍と情報通信技術のさらなる活用によって、戸越銀座エリア全体が発展するとともに、商店街の一層の活性化が進むことを期待したいと思います。
今回紹介した事例
ITを活用した商店街の小さなDX - とごしぎんざ来街者数カウント&シェア
戸越銀座商店街は、下町情緒あふれるたたずまいに加えて、「とごしぎんざブランド事業」などの推進によって、多くの方が訪れるようになった。商店街が今後も発展してくためには、活性化施策やプロモーションを継続して打ち出していく必要がある。さらに、新型コロナウイルス感染対策においても、短い時間単位の来街者数の把握と可視化が重要となった。こうした中、商店街が中心となって、上記の課題を解決するための「とごしぎんざ来街者数カウント&シェア」を実現した。…続きを読む
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