本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
今回は、ヤマハ発動機株式会社(本社:静岡県磐田市)の取り組みを紹介します。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記 第68回】
林業のデジタル・トランスフォーメーションを加速するヤマハ発動機の森林計測サービス
1. ヤマハ発動機の森林計測サービスの概要
オートバイやボート、ヨットなどのマリン製品で有名なヤマハ発動機(本社:静岡県磐田市)は、産業用無人ヘリコプター(以下、「無人ヘリ」という)も製造しています。薬剤散布など主に農業分野で30年以上の実績があり、現在、約2,800機が日本の空を飛んでいます。
この無人ヘリを活用した新事業として同社が考え付いたのが、森林計測サービスです。無人ヘリに高性能レーザスキャナー(LiDAR)を搭載し、森林の立木情報(位置、高さ、幹の直径など)や地形を点群データとして見える化します(図1参照)。ポイントは、「ゆっくり、長く、低く」飛べるという無人ヘリの特徴を活かしたこと、それから1秒間に75万回のレーザ照射です。
図1:無人ヘリでの計測イメージ(上図)と計測した点群データ(下図)
(出所:ヤマハ発動機ホームページ)
https://www.yamaha-motor.co.jp/ums/forest/trend/
1日あたりの森林計測面積は、従来型の人による地上計測の場合では3haから5ha、1回あたりの平均航続時間が約30分のドローンを使う場合は約20haですが、ヤマハの無人ヘリではこれが最大100haに広がります。レーザ照射による計測密度は、ドローンでは1平方メールあたり100点程度ですが、無人ヘリでは3000点に増えます。また、レーザ照射の方向も真下向きだけでなく、無人ヘリでは斜めに照射することが可能です。
従来の有人機やドローンで取得する点群データでは、立木の本数を木の頂点の検出で把握しています。このため、実態の本数と乖離が生じることがあり、結果20%程度の誤差が生じることもあります。これに対し、無人ヘリでは1平方メートルあたり3000点という、より高密度な点群データと低高度での飛行により、木の幹で立木の本数を把握します。これにより誤差が5%以内に改善され、立木の胸高直径注に関しても信頼性の高いデータを取得できるようになりました。また、細い林道や作業道、尾根のラインもしっかりと把握できるようになりました。
注:人の胸の高さにおける木の幹の直径。日本(北海道以外)では地上1.2メートル、北海道および海外の多くの地域では1.3メートルの高さで計測します。樹高と胸高直径を測定することで、おおよその材積などを推定することができます。
2. 新事業創出のきっかけは社内での長期ビジョンの議論
新事業創出のきっかけは、2018年12月に発表した「2030年長期ビジョン」の議論でした。同ビジョンでは、『これまでに培ってきた技術と感性を、これまで以上に「人間に近づく」「人間の可能性を拡げる」ことに適用し、ヤマハらしい取り組みによって社会の要請に応えたい』と述べています。
同社は、このビジョンの下で世界が抱える社会課題を解決することを狙い、その一つである日本の森林に注目しました。整備が進まずに荒廃した森林が増え、土砂災害が増加しているのです。また、高齢化と過疎化によって担い手が充足できないことも少なくなく、産業としての林業も厳しい環境に置かれています。このような中で、画期的に進歩しているリモートセンシング技術を適用した森林調査に着目したのです。このリモートセンシング技術を同社が持つ無人ヘリと掛け合わせることで、新たな森林調査手法を生み出すことができると考えたのです。結果として、森林に立ち入り調査する時間を減らし、林業の効率化と安全性向上を実現する無人ヘリによる森林計測サービスというビジネスの創出に至っています。
2019年8月には静岡県富士市、静岡県農林技術研究所 森林・林業研究センター、沼津工業高等専門学校、それから3次元点群計測とデータ処理に詳しい日本DMC株式会社と共同で、富士市内の森林約20haの状況を計測する実証実験を行うなど、関係者との協業も進めています。これは迅速に新規分野に進出する際に必要な取り組みです。それから3年が経過していますが、その間に林野庁の委託事業を実施し、また、森林整備センターの森林調査業務を受注するなど数多くの実績を積み重ね、2021年にはグッド・デザイン賞も受賞しました。
森林計測サービスは、森林の見える化により森林の状態と地形を詳細に認識することを可能とします。これによって、立木本数やその直径を詳細に知ることが可能になり、森林の価値を正確に把握できるようになるだけでなく、森林施業(せぎょう)と呼ばれる下刈り、除伐(育成する樹木以外の木を切りのぞくこと)、間伐(一部の木を間引くことで、隣の木と枝葉が重なりあわないようにすること)、伐採などの作業計画を精度高く策定し、効率的な作業につなげることが可能になります。
このような森林計測サービスの発展を後押しすると考えられているのは、森林環境税と森林環境譲与税です。納税者は2024年度(令和6年度)から1人年額1,000円の森林環境税を支払うことになります。年間約600億円規模の税収となります。森林環境譲与税については、喫緊の課題である森林整備に対応するため2019年度(令和元年度)から交付税及び譲与税配付金特別会計における借入金を原資として、市町村や都道府県に対して、私有林人工林面積、林業就業者数及び人口による客観的な基準で按分して譲与されています(図2参照)。
図2:森林環境税と森林環境譲与税の仕組み(出所:林野庁ホームページ)https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/kankyouzei/kankyouzei_jouyozei.html
森林環境税は、我が国における温室効果ガスの排出量削減や災害防止に効果がある森林整備などに必要な財源を安定的に確保するために創設されました。森林環境譲与税は、間伐や人材育成・担い手の確保、木材利用の促進や普及啓発などに使います。これによって、これまで手入れが十分に行われていなかった森林整備が進展し、林業の成長産業化につながることが期待されます。
3.森林のCO2吸収量の算出とそのビジネス化の可能性
国際的な温暖化対策の法的枠組みは、2015年のCOP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)で採択され、2016年11月に発効しています。この枠組みに沿って、各国は温室効果ガスの削減目標を提出し対策を実施しています。この削減目標には、森林などによるCO2吸収量を計上することができます。森林環境税と森林環境譲与税の創出は、まさにこのCO2吸収という森林の新たな価値を意識したものであり、森林計測サービスもこれを考慮した上で開発されています。
このCO2吸収という森林の新たな価値を現実のものとするのが「J-クレジット制度」の運用です。この制度は、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2等の排出削減量や、適切な森林管理によるCO2等の吸収量を「クレジット」として国が認証する制度です。
森林計測サービスでは、林齢以外のCO2吸収量の算出に必要なデータを取得することができます(但し、幹直径が10cm以下である林齢が20年未満の森林であって、林相が一様でとなり合う森林と区別できるひとまとまりの森林については、森林簿などの情報も参照して算出する)。このデータを利用して森林所有者や地方自治体などは、CO2吸収量に応じたJ-クレジットを創出でき、その売却で森林管理の資金を捻出することが可能になるのです(図3参照)。森林計測サービスは、まさにこの新しい価値にも着目しているのです。
図3:J-クレジット制度の仕組み(出所:J-クレジット制度ホームページ)
https://japancredit.go.jp/about/outline/
現在の森林計測サービスで計測可能なのは、木がまっすぐに生えているスギ、ヒノキなどの人工林です。広葉樹などそうでない森林の計測は今後の課題です。また、木がまっすぐに生えている針葉樹林であっても、枝打ちされていない木、手入れがされていない荒れた森林の測定には課題があります。森林計測が可能な森林の範囲を広げることがまずは必要になります。また、J-クレジット制度への参画についても行動が必要です。
森林計測サービスによって森林の見える化とデータ化を推進することは、森林管理のデジタル・トランスフォーメーションの第一歩です。「スピード」「挑戦」「やり抜く」を行動指針とし、「感動創造企業」をめざす同社が、さまざまな困難を乗り越え森林計測サービスをさらに発展させること、このサービスの発展が森林の価値を高め、さらには地球温暖化の防止につながることを期待したいと思います。
今回紹介した事例
産業用無人ヘリにLiDARを搭載し、 森林の現状を把握 ~林業のスマート化を後押しするヤマハ発動機~
ヤマハ発動機は、環境保全や資源の循環に役立つ森林計測事業をビジネスとして立ち上げた。同事業では産業用無人ヘリコプターに高性能レーザスキャナーを搭載し、森林の立木情報を計測する。従来の人による計測は、人手や手間、時間がかかるのがネックとなっていたが、これに対して無人ヘリは広範囲にわたり高精度な計測ができるとともに、離発地点から離れたエリアへのアプローチも可能にしている。...続きを読む
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