本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
 今回は、株式会社ハピネスプラネット(東京都国分寺市)の取り組みを紹介します。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(67)

組織全体の幸福度と生産性の向上をめざすハピネスプラネット社の取り組み

1.  会員制サービス 「Happiness Planet Gym」の概要

 東京都国分寺市にある日立製作所(以下、日立)中央研究所の中に、2020年7月に設立された株式会社ハピネスプラネットという会社があります。日立が20年近くに渡り独自開発してきた幸福度を計測する技術を事業化し、with/afterコロナ時代の企業のマネジメント支援などに活用するとともに、計測した幸福度を多様な場面で活用し、新たなハピネス&ウェルビーイング産業を創生することを目的としています。

 この幸福度を計測する技術をベースに、さらにこれまでのデータ分析で検証された「幸せは訓練で身につけることができるスキル」であるとのエビデンスを実践するため、ハピネスプラネット社は、2022年2月から「Happiness Planet Gym」という会員制サービスの提供を開始しています。同サービスを職場などのチームで利用し、アプリとオンラインイベントによる学びや交流を通じて、幸せの呼び込みを促進し、理解を深めることを狙っています。

 同サービスの仕組みは簡単なものです。図1に示すように、スマホアプリの中にいるハピアドバイザーの「リタ」が、「意見や立場の違いを超えて話そう!」などデータと心理学の裏付けに基づく体系化された提案を仕事の前に会員に提示します。前向きさをもたらすことを狙ったものです。その提案に対してチームのメンバーが「今日はデータ分析を進めますが、結果を受け取る人の立場の違いを意識して進めます!」など仕事への思いをスマホに入力し、そのメッセージをチーム内で共有すると同時に、アプリが指定するチームのメンバーが「地道な作業でも受け手の視点が大事ですね。頑張ってください!」などの応援メッセージを書くというものです。

 日立は幸福度を計測する技術を活用し、生産的で幸せな組織には図2に示すように縦・横・斜めのつながりがあること、逆に生産性の低い組織では縦のつながりに偏る傾向があることを検証しており、「Happiness Planet Gym」では、この縦・横・斜めのつながりを創るためにスマホアプリを活用しているのです。

図1:「Happiness Planet Gym」のスマホアプリの仕組み
【出所】ハピネスプラネット社提供

図2:アプリのベースとなった生産的で幸せな組織のつながりの状況
【出所】ハピネスプラネット社提供

 会員制サービスの役割は、この仕組みを有効に機能させることです。このため、毎月約2時間のオンライン・ワークショップを開催し、講師が変化の中でどのように幸せに働くかについて、様々な視点から体系的な知識を与え、さらに参加者同士や講師との対話や質疑を通して、その理解を深めるよう努めています。また、2か月に1回、幸せのための活動の活発さを他社のチームと3週間に渡って競う対抗戦Wellbeing Cupも実施しています。

 まだサービスが開始されたばかりということもあり、会員数は1300名くらいです。会員になっているのは、人と人のつながりがある活性化した組織を創りたいという強い要望を持っている病院、介護施設、建設、モノづくり企業などです。現在はサービス効果を検証している段階だと考えられますが、このサービスには追い風が吹いています。それはコロナ禍です。

 コロナ禍によってリモートワーク化が進んだせいで、人と人の関係が希薄化し生産性に悪影響を与え始めています。オンラインの中で何とかしてつながりを創る必要が生まれているのです。さらに、このアプリは、単に提供するだけでは使ってもらえないという課題を抱えています。きちんと説明して、使い方とその効果を理解してもらうことが必要不可欠なアプリなのです。ややもすれば普及の足かせとなりかねないこの制約が、オンライン会議の普及で大勢の方を対象に簡単に実施できるようになりました。まさにコロナ禍がサービスの展開を後押ししているのです。

2.サービス提供のベースとなった幸福度を計測する技術の概要

 幸福度を計測する技術の開発につながったのは、「幸せ」はデータで可視化できるという発見です。具体的には、日立で、10年近い年月を費やし、20ミリ秒単位という身体の微細な動きを検知し、身体運動と「幸福感」との間に強く相関する特徴的なパターンを発見し、これを指標「ハピネス関係度」と命名しました。この指標は、スマートホンの加速度センサー等によって社員の業務時間中の身体運動データなどを集約し、その統計的分布を演算することで、職場の活性度を数値化するものです。

 指標の算出のベースとなる幸せで共感や信頼のある人間関係の場合に現れる身体運動の無意識の特徴パターンを発見するため、日立は7社、10組織、468人分の身体的な動きをのべ日数で1000万日分記録しています。その上で、米国国立精神保健研究所(NIMH)が開発した、世界中で標準化されたうつ病の自己評価尺度によるアンケートを実施し、その分析を経て、特徴パターンを特定しています。​​​​​

3.  幸福度計測技術から判明した生産的で幸せな集団の特徴

 日立はこれまでに計測した大量の身体運動データ、別途算出する立ち話や会議の時間や相手、出退勤や出張時間などの行動の記録と幸せに関する質問への回答を分析し、生産的で幸せな集団には次のような「風通しのよい関係」があることを割り出しています。

 ・ FLAT(均等):人と人のつながりが特定の人に偏らず均等で、格差や孤立感がない。

 ・ IMPROVISED(即興的):5分から10分の短い会話が高頻度で行われている。

    ・ NON-VERBAL(非言語的):会話中に身体が同調してよく動く。

    ・ EQUAL(平等):会議出席者の発言権が職制に左右されず平等である。

 そして、これらの頭文字をとった「FINE」な集団は、幸せで生産性・創造性が高く、心身が健康に保たれ、離職率も低いことを発見しています(図3参照)。

図3:データ分析の結果明らかになった生産的で幸せな集団の共通点
【出所】ハピネスプラネット社提供

 この分析結果には納得される方が多いと思います。私もその一人です。社内講演会の際に、業績の良い成長している会社では若い人から活発な質問が出ますし、講演に対する前向きな反応と得られた知見をビジネスに活かそうとする熱意が会場から伝わってきます。反対にそうでない会社では、上司の顔色を窺う人が多くほとんど質問が出ません。「この会社は大丈夫かなあ」と心配になります。このような経験があるので、FINEと呼ばれる4つの特徴はもっともだと感じるのです。

4. スパっとあきらめた身体運動データの活用

 実は、ハピネスプラネット社は、以前はHappiness Planetアプリにハピネス関係度計測機能を搭載していました。これは日立の時代から延々と積み上げたデータから抽出した幸せなときの身体運動データの特徴をベースとしたものですが、同社は「Happiness Planet Gym」サービス提供にあたり、身体運動データの活用をスパッとあきらめています。

 その理由は、身体運動データと幸せの関係を利用者に理解してもらうことが難しかったからだそうです。一方、これまでの研究から「ハピネス関係度」が高い組織のコミュニケーションの特徴を知ることができました。この知見を利用して「Happiness Planet Gym」内のお勧め行動として、プリセットしております。

 私は身体運動データと幸せの間には相関だけでなく、因果関係もあるだろうと考えています。人が幸せな状態の時は少しリラックスしているので、人間の生理的特性に基づき身体運動に揺らぎのようなものが生ずるのではないかと考えているのです。しかしながら、何故そうなるのかという明快な因果関係の説明が現在の科学的知見では難しく、人々の常識とはなっていないのです。

 データ分析では相関は出ますが、何故そうなるのかという因果関係を示すことができず人々を納得させることができないことがあります。特に、深層学習と呼ばれる分析ではそうなることが多いと言われています。人工知能が自律的にデータの関連性や相関度を抽出し、判定や結論の導出を行うため、人がどのようなプロセスで結論が出たのか、またその判断根拠は何なのかが推定できないのです。幸せと身体運動データの相関の発見は、極めて独創的で大きなイノベーションの種ではないかと考えていたので、この発見が人々の納得感という壁を乗り越えられなかったのは残念でなりません。

 しかし、この相関の発見者であるハピネスプラネット社代表取締役CEOの矢野和男博士は、変革の時代を生き抜くためには「目的にはこだわるが、手段にはこだわらない」と前向きです。それは目的の実現のために手段にこだわると、変化に対して弱くなってしまうからです。「幸せ」の見える化が普及し、それが生産性の大幅な向上につながる時代が早期に到来することを期待したいと思います。そして長年に渡って蓄積してきた身体運動の特徴パターンと幸福度の相関関係が人々の納得、共感を得る日が来ることを楽しみに待ちたいと思います。

 

 

今回紹介した事例

スマホ1台で始める「幸せ」な職場づくり
~AIのアドバイス(ハピアドバイザー)が生産的で幸せな組織をつくりだす~

近年、従業員の仕事への熱意やエンゲージメントが低く、離職やメンタル不調となる事例が増えている。加えて時代が求めるスピードや柔軟性に適応できない組織も多い。対策として研修等の施策を実施しても、なかなか効果が現れないケースが多いのが実情である。こうした中、日立が2022年5月より始めたのが「日本の組織に熱意とつながりを醸成する挑戦」を目的にした会員制サービス「Happiness Planet Gym」である。....続きを読む

 
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