本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、2007年に設立された医療系ベンチャーのリブト株式会社(本社:東京都八王子市)の健康GO!「健康まちなかウォークラリー」を取り上げます。いつもと少し趣向を変え、取材時に感じた行政施策と連携することの重要性についても考察しました。

 なお、リブトのシステムは、MCPC(モバイルコンピューティング推進コンソーシアム)アワード2020のサービスソリューション部門特別賞を受賞しています。

 

ここに注目!IoT先進企業訪問記(53)

スマホが苦手な高齢者を対象に、歩きを記録し健康増進をめざすリブトの挑戦

1. 歩くことの効用

 古代ギリシアの医者で医学の父と呼ばれるヒポクラテスが「歩くことに勝る良薬はなし」と述べているのをはじめ、歩くことの効用はいろいろなところで指摘されています。気分転換によるストレス解消や食欲増進などの短期的効用だけでなく、体脂肪率の低下や血中データの改善など長期的にも大きな効用が指摘されています。

 この歩くことの効用をデータによって証明した有名な研究があります。中之条研究です。群馬県中之条町の65歳以上の全住民5000人を対象に、日常の身体活動と病気予防の関係について2000年から調査を続けているものです。この研究の最大の成果は、蓄積された膨大なデータから「どのような運動を、どの程度行えば良いのか」を明らかにしたことです。単に歩く(歩数)だけでは十分でなく、歩く質(強度)も重要で、健康増進や健康寿命の延伸には、平均歩数が一日当たり8,000歩以上、そしてその中に速歩きなど中強度の活動が20分以上含まれていることが望ましいと分かっています。

 このような歩くことの効用に、国も注目しています。国土交通省は、2017年3月に「まちづくりにおける健康増進効果を把握するための歩行量(歩数)調査のガイドライン」を策定しました。また、2020年度からは「居心地が良く歩きたくなるまちなか」を実現するために「まちなかウォーカブル推進事業」などを始めています。
 

2.スタートは自治体との共同研究

 リブトの健康GO!「健康まちなかウォークラリー」は、高齢者の健康寿命を伸ばすことを目的としたシステムです。開発のきっかけは、東京都立産業技術研究センターの公募型共同研究でした。八王子市と共同で応募したところ、採択されたのです。2019年6月から開発を行い、2020年7月からリブトの健康推進事業として八王子市内の一部地区を対象に基本的に無料でサービス提供しています。

 平均寿命と健康寿命には、男性で9年弱、女性で12年強の差があります(図1参照)。しかもこの差は2001年からあまり変わっていません。同社は、中之条研究などの結果を踏まえ、歩くことを促進することによりこの差を減らすことが可能で、医療費の節減にもつながると考えたのです。
 

図1:平均寿命と健康寿命の推移
【出所】令和2年版厚生労働白書
 

3.スマホが使えない高齢者でも使えるシステムの開発

 「健康まちなかウォークラリー」は、単純なシステムとなっています。固有の識別データを発信するBLEデバイス注1やNFC機能注2付きの機器を事前に登録し、そのデバイスを目的地に置いてある到着記録レシーバーにかざすだけです。レシーバーが識別データを読み取り、その情報が専用のデータベースに記録され、閲覧サイトでそれを見ることができます。いわばスタンプラリーの電子版です。(図2及び図3参照)

 到着記録レシーバーは、公園、スーパー・薬局・金融機関などの店舗、保険福祉センターなどの公共施設に設置してあります。閲覧に関しては、サイトのマイページで見ることが可能ですが、ブックマークを登録してあげることで高齢者の閲覧を支援しています。また、知り合いのスマートホンで見せてもらう、地域包括支援センターに足を運んで自分のデータを見せてもらうなど、自力では見ることが困難な高齢者に配慮した工夫を行っています。

 また、専用のキーホルダーには万歩計の機能がないため、歩数については利用者の自宅の郵便番号(の中心の位置)とレシーバー設置位置までの直線距離から換算で算出しています。また、保健所からの要請でカロリー消費量も推定しています。

 このような単純なシステムとしたのは、高齢者が簡単に使えるようにするためです。スマホ(スマートホンの略称)の扱いに慣れた人にとって、歩数の記録は簡単です。歩行アプリをインストールすれば、自動的に計測し記録を残してくれます。しかし、高齢者の場合はそうはいきません。スマホが使えないことを前提にシステムを開発しなければならないのです。

 実際、「健康まちなかウォークラリー」参加している高齢者の場合、スマートホンの利用率は3割程度。その中で、ウェブアクセスにより記録を自分で確かめることができる人は、3分の1程度だそうです。

注1:BLEは、Bluetooth Low Energyの略。省電力かつ低コストで近距離の通信を行うことを目的に開発されたデバイスで、パソコン及びその周辺機器、スマホ、スマートウォッチなど多くのIT機器に搭載されている。

注2:NFC は、Near Field Communicationの略。10cm程度の近接距離で通信を行うことができる。ICカードなどに搭載され、電子マネーや入退室管理など多くの用途で使われている。

図2:「健康まちなかウォークラリー」システムの概要(リブト提供資料)

 

図3:「健康まちなかウォークラリー」システムで使われる装置(リブト提供資料)

 

4.こだわったのは「安さ」と「データベース化」

 システム開発に当たって、リブトは二つの点にこだわっています。まずは識別データを発信するデバイス価格をできる限り安くすることです。このためにBLEデバイスとNFC機能を利用しています。これらは安いだけでなく、スマホやスマートウォッチ、ICカードなどに既に搭載されています。専用のキーホルダーを安く作ること、それから既存の搭載機器も使えるようにすることで、デバイス配布のコスト負担を減らしながら普及させることを狙ったのです。

 それから記録をクラウドサーバー上に蓄積し、データベース化することにもこだわっています。システムが健康増進に本当につながっているのかどうか確認するためです。これは、市で年に1~2回行われる健康測定会の記録が紙ベースとなっていることから、以前の記録が検索できず高齢者の健康状態の変化を確認できないという反省から来ています。
 

5.課題はコロナ禍での利用層の拡大

 「健康まちなかウォークラリー」の利用者ですが、ノルディックウォーキングの参加者や見守りを行っている市民団体経由で普及を図っていますが、コロナ禍で説明会の開催も難しいということで、十分には進んでおらず大きな課題として残っています。

 今回の取材で感じたのは、システムの普及シナリオが明確でないことです。本システムが高齢者に普及し、歩く量と質が改善され高齢者の健康が増進されるのであれば、高齢者も市役所も嬉しいはずですが、それには、まずは市の重要施策の一つとして位置付け、施策の内容を具体化する必要があります。

 この際に参考となるのが、中之条町の取り組みです。同町では、高齢者2000人を対象に詳細な血液検査や遺伝子解析を行なっています。また、500人に身体活動計を携帯してもらい、歩数と速歩き時間を計測しています。そうすることで、初めて歩くことと健康増進が結び付くのです。まずは一定数の利用者がいないと効果計測が難しいので、まとまった数の専用のキーホルダーを配布し、高齢者が歩いていきたいと思う場所に到着記録レシーバーを設置することが必要です。それから、健康増進につながっていることを確認するため、健康測定会の記録についてもデータベース化することが必要です。

 しかしこれだけでは十分ではありません。高齢者に歩くことを促す取り組みが求められます。そして、その取り組みが効果的なものかどうかデータで検証することが必要です。高齢者に行動を変えてもらうことは簡単ではありません。健康増進につながることを高齢者に丁寧に説明し、歩き始めるきっかけをつくる必要があります。

 取り組みが必要なのは、高齢者だけではありません。コロナ禍の現在、外出が制限され、社会全体のストレスレベルが上がっており、あらゆる世代で散歩やウォーキングの必要性が高まっています。八王子市は大学の街でもあり、子育ての街でもあります。健康増進を促進するこのシステムに、彼らの潜在ニーズを組み入れる取組みも必要になります。

 調べてみると、幸いなことに八王子市は自然環境にめぐまれているようです。大小さまざまな公園が、市内に800か所以上あります。歴史や自然・景観・文化・彫刻を感じながら歩けるウォーキングコースも市内各地に10コースあります。若い世代は高齢者よりもスタンプラリーになじみがあります。上手にインセンティブ設計すれば、健康状態の改善だけにとどまらず、地元での消費拡大にも貢献する可能性があります。彼らの参加は、ショッピングセンターや商店街における到着記録レシーバー設置を促すことにもつながります。しかも、彼らのスマートホンをBLEデバイスとして活用すれば、デバイスを配布する費用も必要ありません。

 リブトの社名の由来はLive Together(=共存共栄)から来ています。ビジネスの主体を病気の早期発見や予防にシフトすることにより、これを実現しようとしています。現時点では、歩くことの重要性はまだ世間には十分に浸透していません。八王子市の特徴を活かした独自施策とのタイアップが進み、リブトと八王子市の共同研究の成果がより広く活用され、人々の健康増進に役立つことを期待したいと思います。

 

今回紹介した事例

シャープ

IoTを活用したスマホが使えない高齢者も参加できる健康支援 - リブトの「健康まちなかウォークラリーシステム」

生まれてから亡くなるまでにかかる医療費を「生涯医療費」と呼ぶ。生涯医療費の約半分は70〜75歳以降で発生している。ポケモンGOがヒットした際に健康寿命を延ばすために高齢者層にも楽しみながら外を歩く機会を提供できないものかと考えた。一方で、高齢者は操作が複雑なゲームへの参加は敷居が高い。そのため高齢者でも参加できる健康支援システム、「健康まちなかウォークラリーシステム」を開発した。…続きを読む

 

 

 

 
スマートIoT推進フォーラムでは、 会員の皆様からIoT導入事例を募集しております
詳細は以下を御覧ください。
IoT導入事例の募集について
 
IoT導入事例紹介