IoT導入のきっかけ、背景
当社は、「医師達のあったらいいなぁ・・・」をカタチにする、をモットーに2007年に設立された医療系ベンチャー企業である。高齢化の進展に伴い医療費の増大が大きな社会課題になる中、当社は医療にかかわる企業としてこの課題解決に貢献したいと考え「健康まちなかウォークラリーシステム」を開発した。
ひとりの人が生まれてから亡くなるまでにかかる医療費を「生涯医療費」と呼ぶ。平成27年(2015年)の厚生労働省の推計によると、国民1人あたりの生涯医療費の平均は2,700万円となっている(図-1を参照)。
生涯医療費の約半分は、健康寿命を超える70〜75歳以降で発生している。健康寿命とはWHOが提唱した概念で、日常的・継続的な医療・介護に依存せずに生活ができる期間を示す。平均寿命と健康寿命の間には大きな開きがあり、図-2に示す通りその差は「約10年」である。従って、生涯医療費からも分かるように、健康寿命を超えた後の約10年間は、誰もが何らかの医療を日常的に受けていることになる。そのため、増大する医療費に歯止めをかける手段の一つが平均寿命と健康寿命との差を小さくすることである。
ポケモンGOがヒットした際に、50歳以上のシニア層がこのゲームを契機に街に繰り出す姿を見て、高齢者層にも楽しみながら外を歩く機会を提供できないものかと考えた。65歳以上の方が、1日8,000歩くことによって、高血圧、糖尿病、脂質異常を予防できたという研究成果もあり、歩くことによって健康寿命を延ばすことができるためである。
一方で、既存のゲームやSNSのようにスマホありきのサービスは高齢者への敷居が高い。高齢者はスマホを保有していても使いこなすことが難しく、その恩恵を受けることができないためである。そのためIoTを活用して、スマホが使えない高齢者でも参加できる健康支援システム、「健康まちなかウォークラリーシステム」を開発した。
図-1 国民1人あたりの生涯医療費
(出所::ニッセイ基礎研究所)
図-2 平均寿命と健康寿命の差
(出所:厚生科学審議会地域保健健康進栄養部会・次期国民健康づくり運動プラン策定専門委員会「健康日本21(第二次)の推進に関する参考資料」p25)
IoT事例の概要
サービス名等、関連URL、主な導入企業名
サービス名:健康GO! - 健康まちなかウォークラリー
本システムは、モバイルコンピューティング推進コンソーシアム(MCPC)主催の、モバイルコンピューティングの導入により高度なシステムを構築し、顕著な成果を上げている企業や団体を表彰する「MCPC award 2020」特別賞を受賞した。
サービスやビジネスモデルの概要
健康まちなかウォークラリーシステムの利用者は、市販のBLE(Bluetooth Low Energy)やNFC(Near Field Communication)による無線通信機能を備えたデバイスを持ってレシーバーを設置した目的地まで歩き、デバイスをレシーバーにかざすことでチェックインを行う(もしくはレシーバー設置個所に立ち寄る)。その際にシステムが、利用者ごとの外出の回数(外出ポイント)、歩数や歩いた距離を収集し履歴として蓄積する。
本システムを使って外出した回数は、高齢者サークルなどの利用者が所属するグループ内の外出回数ランキングとして表示することが可能となっており、仲間で競い合いながら楽しく健康を維持・増進することができる(図-3を参照)。また、一人暮らしの仲間の外出回数が減っている際に声掛けを行うなど、相互の見守り的な使い方もできる。
本システムは、東京都立産業技術研究センターの公募型共同研究として八王子市と共に当社が取り組み、2020年7月からは当社の健康推進事業として推進している。現在本サービスは、八王子市内の一部地区を対象に基本的に無料で提供している。
図-3 健康まちなかウォークラリーシステムの概要
(出所:リブト提供資料)
内容詳細
3Gサービス終了のアナウンスなどに伴い従来の携帯電話からスマホに移行した高齢者も多いが、スマホアプリをダウンロードしユーザー登録を行なった上でアプリを利用できる方は極めて限られる。そのため、高齢者が使いやすいサービスにすることにこだわり、スマホがなくても使えるサービスとした。
冒頭に示した健康寿命を延ばすという目的を考えると、ウォーキングを継続することが重要である。そのために、仲間の頑張りも共有することによってモチベーションを高めるというソーシャルネットワーク的な要素を取り入れて利用が継続できるシステムとした。
本サービスの利用方法は以下の通りである。
(1) 利用開始
写真-1は、本サービスで使用している市販のキーホルダー型BLEデバイスである。デバイスが発信するIDをシステムに事前登録し参加者に配布する。BLEデバイスに関しては、低コストで提供できることを重視し、歩数計測のための加速度センサーを搭載したデバイスは使っていない。正確な歩数計測のために市販の万歩計やウェアラブルデバイスを使用することもできる。
写真-1 健康まちなかウォークラリーで使用するデバイスの例
(出所:リブト提供資料)
(2) 外出時のチェックイン
八王子市内の公園、ショッピングモール、地域包括支援センター、スーパーなどに本サービス用のレシーバーを設置している(写真-2を参照)。デバイスを持った利用者がレシーバーの近くに来ると、レシーバーがデバイスのIDを受信しサーバーに送信する。サーバーはデバイスのIDからユーザーを識別し、ユーザーごとの外出履歴を更新する。
デバイスをレシーバーに近づけてボタンを押すと、季節に応じた挨拶を音声で返してくれるレシーバーもある。こうした工夫によって、仲間の間で、「あそこのはこんな挨拶をしてくれたよ」といった会話のきっかけを提供して利用のモチベーションを高めている。
写真-2 健康まちなかウォークラリーで使用するレシーバー
(出所:リブト提供資料)
(3) 外出履歴の閲覧
ユーザーのスマホを使用して外出の回数(外出ポイント)、グループ内のランキングを閲覧することができる(写真-3を参照)。履歴を閲覧するためには、本サービスのWebページのURLをブックマークしID/パスワードの入力が必要となる。この部分には一定のハードルがあるが、ユーザー登録時に当社スタッフが操作のレクチャーを行うなどしてサポートしている。スマホの操作ができない方は、サークル内の仲間の端末から自身のランキングを見るなどして活動状況の確認ができる。
PCから健康まちなかウォークラリーのマイページをアクセスできる方は、歩数や移動距離を含めた詳細情報を確認することができる(図-4を参照)。歩数計の機能を備えていないBLEデバイスを使っているユーザー向けには、自宅の位置(*1)とレシーバー設置位置の直線距離から、推定歩数と移動距離を算出している(*2)。
*1:プライバシーに配慮し、自宅の正確な位置情報は登録せず、自宅の郵便番号に対応する地区の中心位置を登録している。
*2:直線距離から歩数と移動距離を推定する研究結果がありこれを参考にして算出している。
写真-3 スマホを使用したウォーキングの履歴、ランキング表示
(出所:リブト提供資料)
図-4 健康まちなかウォークラリーのマイページ
(健康まちなかウォークラリーのWebサイトから転載)
概要図
図-5に健康まちなかウォークラリーシステムの構成図を示す。
当社は医療機器メーカーとして、病気になってしまった後の治療に必要な診断機器や、病気の早期発見のための機器を提供してきた。加えて、誤嚥性肺炎(*3)を予防するために、呼吸筋を鍛えるためのトレーナーも開発し提供している。このように、病気にかかってから直すだけではなく、病気にならない体を作るという予防の領域を拡大することが医療費の課題解決のために重要である。健康まちなかウォークラリーを用いてこの予防の領域をさらに拡大したいと考えている。
*3 誤嚥性肺炎:唾液や食べ物を飲み込むときに、誤って気管に入ってしまうことを誤嚥(ごえん)という。通常は気管に食べ物などが入ってしまった場合、むせることで気管から異物を排出する反射機能が働くが、年を取ることによってこの機能が低下し、異物が肺の中に入ったままになることで発症する肺炎。誤嚥性肺炎は日本人の死因の7位で、年間3.8万人の方が亡くなっている。
図-5 健康まちなかウォークラリーシステムの構成図
(出所:リブト提供資料)
取り扱うデータの概要とその活用法
- 地図上のロケーション情報(緯度、経度)
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
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レシーバーが24時間安定稼働できるようになるまでに苦労した。
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エンドユーザーが高齢者であること、レシーバーの設置に商店の協力をいただく必要があるなど、従来の商流と異なる部分が多く、ステークホルダーとの関係を築いてお願いなどができるようになるまでに時間がかかった。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
ユーザーに携帯していただくデバイスは当初から市販品を使うことを考えていた。そのため、既にあるBLEに対応したBluetoothキーホルダーがそのまま使えることを意識してレシーバーを開発した。具体的には、Bluetoothのペアリングをすることなくデバイス固有のID番号をチェックイン情報として取得できるレシーバーを開発した。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
将来的には、本サービスの提供地域を広げて収益化していきたいと考えている。その際に、高齢者からはこれまで通り料金をいただかず、このサービスで医療費削減のメリットを得られる自治体などと組む方法を模索している。医療費削減や高齢者の健康促進の課題を、こうした従来にないサービスを活用して解決するという流れを作る必要があるが、コロナ禍の中で活動が制限されがちである。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
健康まちなかウォークラリーシステムの開発を通じて、IoTを使いサーバーに情報を送りデータを蓄積するシステムのノウハウがたまってきた。この知見を活かし、投票所の混雑状況をHPに発信するシステムや行列検知のシステムなどへの応用を強化していきたい。投票所の混雑状況配信システムは、八王子市に導入をいただいている。
将来的に展開を検討したい分野、業種
投票所の混雑状況配信システムは、コロナ禍において病院の負担を減らすためには、混雑の回避による感染予防が必要であるという医療機器メーカーから見た観点で開発した。メディカル、ヘルスケア、医療が当社のドメインであるため、引き続きこの分野で事業を進めていきたい。
本記事へのお問い合わせ先
リブト株式会社 後藤 広明
e-mail : info@livet.jp