本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
今回は、ベンチャー企業の株式会社バカン(本社:東京都千代田区)のユニークなサービスを取り上げます。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記(48)】
「空き」にこだわり、広く深く展開-バカンのリアルタイム混雑情報配信サービス「VACAN(バカン)」
1.はじめに
バカンの創業者である河野 剛進(かわの たかのぶ)代表取締役が起業したのは、2016年6月です。ユーザとして「空き」が分かるサービスが欲しい、と思ったことがきっかけでした。子供を連れて商業施設を訪れた際、昼食を食べようとしたらどこも混んでいて、お子さんが待ちきれずにぐずり出したそうです。そして、これを繰り返すうちに外出が億劫になってしまいました。
せっかく楽しい時間を過ごしたいのに、「空き」具合いが分からないのでストレスを感じてしまう。この問題は飲食だけでなく、トイレ、授乳などさまざまなシチュエーションで起こっています。そして、この問題だったら覚悟を持って向き合えると思い、起業したのです。
社名のバカンは「空き」を意味するvacantから来ています。リアルタイム混雑情報配信サービスの名称は「VACAN(バカン)」です。そして同社のミッションは、「いま空いているが1秒でわかる、優しい世界をつくる」となっています。
2.「空き」にこだわったサービスの横展開
バカンが最初に提供したのは、羽田空港の保安検査場の待ち時間や成田空港のトイレの空き状況の「見える化」サービスです。その後、このサービスは他の空港、さらには大型商業施設や駅に広がっています。
同社は、あらゆる場所の空き情報を見える化するというコンセプトで、見える化サービスを他のさまざまな領域に横展開しています。旅館・ホテル、レストラン・カフェ、駐車場、公共施設やオフィス、災害時の避難所などです。例えば、大分県由布院にある温泉旅館では、貸切風呂のリアルタイム空き状況の閲覧に使われています。貸切風呂はそれまで予約制でしたが、時間通りにお風呂が空かないなどでトラブルが起こりかねない、また、予約時間が気になり顧客が心ゆくまで入浴できないなどの課題がありました。
サービス導入により、空いている貸切風呂がリアルタイムで分かるようになりました。これが顧客のストレスを軽減し、サービス向上につながりました。顧客からは「便利」「画期的」「最先端」「すごい!」などと好意的な評価が寄せられています。同時に、この導入は従業員の負担軽減にもつながりました。空き状況をVACANで自動配信することで、「いつお風呂が空くの?」という問い合わせ対応、「お風呂が空きましたよ」などの連絡作業が大幅に減ったのです。
3.横展開をサポートするさまざまな空きの検知方法とフレームワーク構築
空き状況の見える化と一言でいいますが、実はシチュエーションごとにその検知方法が異なります。例えば、トイレの空きについては、ドアの開閉センサー(写真1参照)と赤外線で人の動きの有無を検知する人感センサーを併用するのが通常です。会社のトイレなどでは、洗面スペースに人がいるとトイレに入りにくいという意見が出ることがあり、トイレに加えて洗面スペースの空きを人感センサーで検知することもあります。
温泉や浴場の空き具合いに関しては、プライバシーに配慮し入口の外にステレオカメラを置いています。ステレオカメラは人が入口に近づいている、遠ざかっている、の違いを検知することが可能で、これで入った人と出た人を把握し中の人数をカウントするのです。レストランや食堂などでは、場所の状況をカメラでとらえ画像をAI解析することで人の数やテーブル利用の有無を把握し、空き状況を判断しています。一台のカメラでは死角が生じる場合は、複数のカメラを使うこともあります。また、人がセンサーの代わりをする場合もあります。人が空き具合を判断して「空き」「やや混雑」「混雑」の3つのボタンがついたIoT機器を操作するのです。
空き具合の情報は、パソコンやスマートフォンに配信するのが通常ですが、商業施設など大勢の人が見る場所ではデジタルサイネージ、宿泊施設などでは客室のテレビに配信する場合もあります(写真2、3参照)
さまざまな方法で検知した混雑情報は、vCoreと呼ばれるIoTプラットフォームに集約されます。ここには、画像認識用のAIアルゴリズム、データ解析で得られた混雑状況や待ち時間を「何分待ち」などの分かりやすい形に作り変えてさまざまな機器に配信するコンテンツ管理システム、それからリソース制御など、情報提供に必要なさまざまな機能が集約されています。そして、それらをミドルウェアが制御する構造になっています。(図1参照)このプラットフォームをさまざまなシチュエーションで活用しているのです。そして、これが効率的で迅速なサービス開発・提供を可能にしています。
4.サービスの利用拡大を後押ししたコロナ禍
このサービスの利用を強力に後押ししたのは、コロナ禍です。レストランやカフェなどの店舗、大型商業施設、宿泊施設などが一斉にサービスを導入しはじめたのです。例えば、宿泊施設では、大浴場や食事の場所、フロントへ一斉に人が来るとそこで密が発生するため、それを避けるために導入されています。
また、豪雨など災害発生時の避難所でも利用されています。ここも密を避ける運営が求められるからです。避難所の担当職員が混雑状況を判断し、スマホやPCから情報を入力すると、VACANのマップ画面上に、「「空いています」「やや混雑」「混雑」「満」の4段階で表示され、これを住民の方がスマートフォンやPCで確認する仕組みです。マップ画面上の情報は全国どこからでも確認できるので、遠方に住む家族が画面を見て「あの避難所はもう混んでいるみたい」「あっちならまだ空いているよ」と電話でサポートをすることも可能です。
5.「空き」を極めたサービスの深掘りと総合化
同社は、サービスの深掘りにも力を入れています。密が発生するのは店舗の中だけではありません。人気店では行列対策も必要です。同社では行列をなくすため、店頭やウェブ上から顧客のスマートフォンにデジタル整理券を発行するVACAN Noline(ノーライン)というサービスを提供しています。
一方、トイレの中で長時間過ごす人が、混雑の原因になることがあります。このためトイレの個室内にタブレットを置き、トイレの混雑状況と個室利用者の滞在時間を表示するVACAN AirKnock(エアーノック)というサービスを提供し、長時間利用者に自主的な退出を促しています。1エリア当たり1日平均で2.5回あった30分以上のトイレ利用が、0.9回へと64%減少し、混雑解消に貢献しているそうです。
また、サービスの総合化では、地域の店舗や施設のリアルタイム混雑状況が地図上で分かるVACAN Maps(マップス)というサービスを提供しています。全国での掲載店舗数は2020年12月2日時点で2000件ですが、同年6月23日時点の200から6か月余りで10倍となっています。また同サービスでは、混雑情報の確認だけでなく10分間空席の取り置きができる「10分キープ」機能も提供しています。
注目されるのは、地域ぐるみで導入する動きがはじまっていることです。神奈川県藤沢市にある観光地の江の島では、2020年7月27日から同年10月31日までの予定でサービスの実証実験を行っています。観光地は混んでいると報道されると、訪問者が大きく減り経済的に打撃を受けてしまいます。場所によっては混む時間帯がありますが、それをしっかりと情報発信することで人を分散させることができます。また、混んでいない時間帯を示すことで、観光客が安心して訪れることが可能となります。2020年10月23日時点で、駅や水族館、スパ施設、展望デッキ、通り、観光スポット、駐車場など21か所の空き情報を発信しています。
一方、群馬県の桐生市では、2020年10月23日時点で図書館、観光情報センター、飲食店、小売店など62か所、災害時の避難所55か所の合計117か所でVACANを導入し、全国に先駆けて「密が可視化された街」を実現すべく街をあげて取り組んでいます。
コロナ禍における地域の活性化という観点で考えると、店舗・施設の個々の対策では限界があり、多くの店舗や施設が協力する街をあげた対策が有効です。このような街ぐるみの取り組みが進展すると、街全体の混雑状況がリアルタイムで手に取るように把握できるので、安全・安心な街歩きやショッピングが可能になります。図2は桐生市の桐生駅エリア周辺のVACAN Mapsの画面です。街の混み具合や個々の施設の利用状況を簡単に把握できます。
6.今後の発展への期待
バカンは、コロナ禍が広がる以前は空港や駅、オフィスなどのトイレを中心にサービスを展開していましが、感染が拡大したことにより商業施設のトイレや宿泊施設の大浴場などにサービス展開の領域を拡大しています。また、同社はこの機会を逃さず、急ピッチでサービスの横展開と深掘り・総合化を実現しています。良くアイデアが出るものだと感心しますが、これは社員一人ひとりがユーザ視点でアイデアを出すことで実現しているそうです。サービスに共感して入社した社員が頑張っているのです。
また、同社は、サービスの海外展開にも積極的です。既に、中国と台湾において、今後の成長が期待される企業を支援するアクセラレーションプログラムに採択されており、これらの国でサービス展開を狙っています。既に、2019年4月に初の海外現地法人となる空探科技(上海)有限公司を設立しており、現地のオフィスビルなどで実証実験などを開始しています。また台湾ではVACAN Mapsの提供を正式に開始しており、2020年中に50箇所以上の掲載を目指しています。
元来、潜在的ニーズがあったところへ、2020年初めからのコロナ禍で3密を避けるという社会現象が巻き起こりました。これによりサービスの拡大が後押しされたという幸運はありますが、空き情報の配信はさまざまな局面でなくてはならないサービスであり、一般消費者やユーザにちょっとしたゆとりをもたらします。今後、このサービスの利用がさらに広がり、「空き」が分からないことで感じるストレスがない社会の構築につながること、それからコロナ禍での安全・安心な外出の実現につながることを期待したいと思います。
今回紹介した事例
いま空いているか1秒でわかる優しい世界をつくる − VACANのリアルタイム空き情報プラットフォーム
外出した際に、入店待ちの行列で長時間待たされた、トイレの空きが見つからず探し回ったということは誰もが経験することである。これらは「空き具合」がわからないために、とにかく行ってみるしかないことから起きている。あらゆる店舗・施設の「いま空いているか」の可視化を実現するために、当社はリアルタイム空き情報プラットフォームVACANを開発した。...続きを読む
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