本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、大手住宅メーカーの大和ハウス工業(本社:大阪市北区)のIoTを活用した最新コンセプトハウスを取り上げます。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(47)

IoT活用で未来の居住空間を創る-大和ハウス工業の最新コンセプトハウス

1.  はじめに

 国内の住宅市場は成熟しており、今後、人口減少の進展によって縮小する可能性があります。例えば、野村総合研究所の予測注1によると、新設住宅着工戸数は、2018年度の95万戸から、2025年度には73万戸、2030年度には63万戸へと減少する見込みです。

 しかし、イノベーションの観点から住宅を見ると、実に魅力的です。住宅に求められる役割が大きく変わったからです。これまでの住宅は、生活の場としての役割が主体でした。くつろいだり休養をとったり、家族にとってはだんらんの場であり、子どもがいる家庭では子育ての場でもありました。したがって、快適で安全・安心な生活を創出することが住宅の大きな役割でした。

 この役割が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により大きく変わりました。住宅は、リモートワークをするための「職場」や遠隔学習するための「教室」になっています。また、ネットショッピングを行う「商品やサービスを購入する場」としての役割も拡大しています。今後、遠隔医療が発展すると「病院」になり、遠隔地にいる家族や友人とのバーチャル対話が普及すれば「交流の場」にもなるでしょう。

 With コロナのニューノーマル時代には、住宅の役割が多様化するのです。この点に着目したのが大和ハウス工業です。同社は神奈川県藤沢市の戸建分譲住宅地「セキュレアシティ藤沢 翼の丘」にコンセプトハウスを建設しました。2020年6月6日から9月末までの約4カ月間、コンセプトモデルの展示と実証実験を行い、IoT活用によって、多様化する「くらし」に対応可能かどうか確かめました。

注1:野村総合研究所2019年6月20日付けニュースリリース「2030年度の新設住宅着工戸数は63万戸に減少、リフォーム市場は6兆円~7兆円で横ばいが続く」https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2019/190620_1.pdf

 

2. コンセプトハウスの概要 

 コンセプトハウスには、いくつかの場や機能が装備されました。例えば、IoT空間「(仮称)α-rium(アルファリウム)」、それから50インチのタッチパネル式モニターの「(仮称)α-board(アルファボード)」です。

 「(仮称)α-rium」は、プロジェクター2台を利用して壁2面を大きなスクリーンに変えるものです(図1参照)。テレワーク、遠隔授業、遠隔医療、バーチャルトラベル、フィットネス、スポーツ観戦などの提供を想定しています。コンセプトハウスでは、サービス事例動画を提示するモックアップ展示を行いました。

 一方、「(仮称)α-board」は50インチのタッチパネル式モニターで、住まいの状態や家族間の情報を共有するものです(図2参照)。ダイニングにおいて家族が会話をしながら操作し、家族のスケジュール、家族旅行の写真や動画を見ることができます。ホワイトボード機能も備えています。狙いは、家族間のコミュニケーションの活性化でした。家の中に大きなスマホがあるイメージで、電力の使用状況など家の中の状態を見える化すると同時に、家電や住宅設備の制御などの操作を行います。

 

図1:「(仮称)α-rium(アルファリウム)」 
(大和ハウス工業提供) 
図2:「(仮称)α-board(アルファボード)」
(大和ハウス工業提供)

 

 その他、コンセプトハウスには、外出前に必要な情報を表示するIoTミラー、AIアシスタント機能付きで遠隔からの会話や指定した位置への移動が可能な自走式のコミュニケーションロボット、エネルギーマネージメントや家電制御などの機能を持つ「D-HEMS4」注2などが設置されました(図3参照)。

注2:HEMSは、Home Energy Management Systemの略語。電気やガスなどの使用量をモニター画面に表示して見える化する、家電機器を自動制御するなどにより、家庭で使うエネルギーの節約を目的としている。

 

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図3:コンセプトハウスの主な注目設備(大和ハウス工業提供)

 

3. 検証したのは社会課題への対応可能性 

 同社がコンセプトハウスで検証したのは、次の3つのテーマでした。

  1. 将来的には遠隔診断や健康のアドバイスを受けられる仕組みにつながる「家族の健康」
  2. 自然災害の増加に対応し、避難情報や必要な行動を知らせるとともに、蓄電池やエネファーム注3で電気やお湯の備蓄を行いシャッターも自動で締めるなど「建物の健康」
  3. 家庭内だけでなく、離れた場所にいる人と空間の制約を超えた臨場感ある「コミュニケーション」

 検証の背景にあったのは、くらしを進化させる住環境を提供することで、社会課題解決の一助にしたいという想いです。このため、新型コロナウイルスの感染拡大に対応したニューノーマル時代に対応するだけでなく、高齢者世帯・高齢単身者世帯の増加とそれに伴う見守りニーズの拡大、温暖化の進展に伴う自然災害の増加、健康管理や遠隔医療の広がりと医療機関との連携体制の構築など、社会課題の解決につながるアイデアを検証したのです。

注3:家庭で電気とお湯を同時につくる家庭用燃料電池の愛称。都市ガス・LPガス・灯油などから水素を取り出し、空気中の酸素と反応させて発電する。同時に、発電時の排熱を給湯に利用する。

 

4. 実証実験のベースはIoTへの長年の取り組みとデザイン思考の活用 

 同社のIoT活用は円熟期を迎えています。「IT住宅」という呼称で、IoT関連の研究を開始したのは1996年です。2000年には実験住宅を建設し、遠隔による鍵の開け閉めや照明、エアコンの遠隔操作を実験し、これらは2001年に留守宅モニタリングシステムとして商用化されています。

 その後、2005年には尿糖センサーや血圧センサーを組み込んだ「インテリジェンストイレ」を住宅設備機器メーカーのTOTOと開発し、2011年には蓄電池、HEMS、太陽光発電を搭載したスマートハウスを発売しています。そして、2018年にはGoogle Homeを始めとするさまざまなIoT機器を活用した「Daiwa Connect」の商用販売を開始しています。家電・エネルギーや住宅に関わる制御など、住宅の機能向上にかかわる新たな可能性が提案されると、それを実証し商品化していたのです。

 今回の取り組みは、それとは少し違うものでした。まず、今までの設備機能の高度化ではなく、コミュニケーションの活性化という人の行動変容に関わる領域に踏み込んだのです。また、今まで住宅の外で行っていた仕事や教育などの場を住宅の中に取り込むことに重点を置いたのです。

 住宅の中で行われる未来のコミュニケーションを想定し、それを活性化する環境を創り出すという課題は極めて挑戦的です。今までの設備高度化とは次元の異なる発想やアイデアが求められます。同社は、このアイデア出しをファシリテーターのもとで行い、解決の仮説を構築し、「(仮称)α-rium」や「(仮称)α-board」という設備を使って検証しています。今までにないアイデアを創出するため、短期集中形式でのブレーンストーミングも実施しています。まさにデザイン思考の手法を活用したのです。

 一方、外の場を住宅の中に取り込むという観点では、取り込みたい場の専門家との共創が不可欠です。これについては、コンセプトハウスでの実証実験を通じて協業パートナーを募っています。「(仮称)α-rium」の大画面の中で何ができるのかという今までにない観点を中心に、30社くらいから問い合わせがあり、検討を継続している企業もあるそうです。

 

5. 実証実験への反応と今後の展開

 コンセプトハウスに対する一般顧客からの反応は、好意的なものでした。特に、手応えを感じたのは「(仮称)α-board」だったそうです。この設備があることで家族の共通の会話が増えること、特に、子どもとのコミュニケーションが活性化できる点、それからテレビに代わるものになりうるという点が評価されたそうです。

 また、テレワークについては、コンセプトハウスの2階に3畳くらいの個室を準備したそうですが、個室的な空間があると嬉しいという声が多数あったそうです。一方で、「(仮称)α-rium」や「(仮称)α-board」などを使うことに対しても共感が寄せられたそうです。さらに、「(仮称)α-board」がさまざまなIoT機器との連携、遠隔医療やフィットネスなどの外部のサービスとの連動におけるコア設備となること、このため、分かりやすいインタフェースや操作方法の実現などが必要であることも認識できたそうです。

 これ以外にも、いくつか課題が見つかっています。まず、IoTミラーで提供する情報については、置く場所によって必要な情報が変わることが分かりました。例えば、電車の遅延情報について玄関を出る段階で知らせるのは遅いという指摘がありました。コミュニケーションロボットは、あると良いよねという意見は沢山ありましたが、金額面からまだ実現は難しそうだということが分かりました。また、さまざまな設備を導入する際の手間、顧客が接続・設定する手間が課題であり、これらの簡便さが不可欠であることも判明しました。

 同社は、コンセプトハウスでの実証実験で得られた知見を、商業施設とマンションが一緒になった複合施設など大規模な開発プロジェクトの中で展開することを考えているそうです。デザイン思考によるアイデアをビジネスとして育てていくためには、アイデア出しとその実用化、さらにはビジネス拡大に向けたアイデアの深化と横展開を繰り返すことが必要です。今後もイノベーション連鎖のプロセスを継続することが必要ですが、試行錯誤の繰り返しにより同社の新しいビジネスを創造する力が一段と磨かれること、それから住宅がさらに進化し、さまざまな役割を果たすことができる場になることを期待したいと思います。

 

今回紹介した事例

シャープ

IoTを活用したニューノーマル時代の暮らしの提案 ― 大和ハウス工業のコンセプトハウス

昨今、社会の変化に伴い、スマートホームに求められる要件も変化している。
快適で楽しい暮らしの実現に加えて「住宅を社会にコネクトする」必要性が出てきた。その例がテレワークや遠隔医療で、住宅が職場や病院の一部になる。このコンセプトは、次世代の住宅の姿として、新型コロナウイルスが猛威を振るう前から検討を進めてきたが、コロナ禍によって一気に加速した。…続きを読む


 

 
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