本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、小型で人型のコミュニケーションロボットの分野で、外部の力を上手に活用して法人分野の潜在マーケット開拓に成功しつつあるシャープ株式会社(本社:大阪府堺市堺区)の取り組みを紹介します。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(45)

他者との共創で新しい価値を開拓-シャープのコミュニケーションロボット「ロボホン」

1.  はじめに

 シャープの「ロボホン」は、設置場所を選ばない身長約20cmの小型で親しみやすい人型コミュニケーションロボットです。携帯電話機能を持つ機種では、スマートフォンとして使えます。また、音声対話や歩行などの動作も可能です。約40種類のゆっくりとした舞から素早いダンスまで踊ることができることが売り物の一つとなっています。(写真1、2参照)

 2016年5月に発売された当初はコンシューマー向けの製品でしたが、発売から半年後くらいから法人向けにビジネスを開始し、教育、観光、接客などの分野を中心に400社以上に導入されています(2018年12月末現在)。最近のコロナ禍の中で、人と接触することなく必要な情報を伝えることができるツールや省人化ツールとしても注目されており、売り上げは好調だそうです。

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写真1:ロボホンの外観
【出所】シャープホームページ
 
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写真2:踊るロボホン
【出所】シャープ提供資料
 

2.  クリエータとの共創で誕生したロボホン

  音声対話技術は人工知能技術の発展で大きな進展をとげ、アップルのSiriやグーグルホームなどのAIスピーカを始めとするさまざまな音声対話システムが実用化されています。でも、これらの問題点は、しばらくすると飽きられることです。人工知能は、話し手の意図をくみ取ること、状況に応じた話題をとりあげることなどの機転が求められる雑談が苦手で、会話の相手になるにはまだまだ高いハードルがあるのです。

 この技術的に未成熟な音声対話をロボホンという形で商用化する上で大きな役割を果たしたのは、ロボットクリエイターの高橋 智隆氏(東京大学先端科学技術研究センター特任准教授、株式会社ロボ・ガレージ代表取締役)です。高橋氏は、製品化の初期段階から開発に参加し、製品の基本コンセプトをより的確なものにする上で大きな役割を果たしています。

 例えば、同社は当初、スマートフォンに大きな耳をつけるなどのデザインを考えていたそうですが、高橋氏の「スマートフォンには声をかけづらいが、ロボットのように生物感があり実在するものに対しては話しかけやすい」とのアドバイスによりロボット型の形状が採用されました。

 また、高橋氏は「期待感のコントロール」の重要性も指摘しています。人間は、大きいものに対しては、「大きいのだからこれくらいはできるでしょ」と期待を抱くのですが、小さいものに対しては多少の失敗があっても「小さいのにすごいね」という受け止め方をします。小型で親しみやすい人型のロボットという形状は、機械との対話というハードルや気の利いた対話が難しいという難点を乗り越えるためには、理想的なものだったのです。

3. ロボホンのコミュニケーション機能の概要

 ロボホンのコミュニケーション機能ですが、ホテルの客室では、次のような対話を行うことができます。まずお客さまが「携帯の充電器はどこにある」と質問します。ロボホンが「携帯電話の充電器は、フロントで無料で貸し出しているよ。フロントにも僕の仲間がいるから、僕の仲間にお願いしてスタッフさんを呼び出してね」と答えます。お客さまがさらに「フロントに電話して」と言うと、ロボホンからフロントに発信し、音声通話でフロントのスタッフと繋ぎます。

 気の利かない定型的な対話ですが必要な情報は含まれており、小さな子供が一生懸命説明しているように感じるので、たとえ答が不十分、あるいは多少まどろっこしくても許容されます。でも、対話のレスポンスは思った以上に迅速で、現在の技術レベルを考えると良くできています。この迅速さを実現したのは、実装上の工夫です。

 同社は、対話機能をクラウドによる中央処理とロボホン内のCPUによるローカル処理のハイブリッド型処理で対応しています。ロボホンの内蔵マイクで受信したお客さまの音声は、複雑な処理が必要なのでクラウドで認識しています。一方、テキスト化されたデータに基づきどのような対話を行うかを決める対話シナリオの絞り込み、ロボホンからの発話の音声合成は、スピードを重視しロボホンのCPUで処理しているのです。

4. 法人マーケットのメリット

 同社が、法人向けのマーケットに力を入れたのも正解でした。法人向けのソリューションでは、商品紹介のように一方的に話し対話機能を使わないことが多いのです。また、対話する場合もさまざまな話題が話しのネタとなる雑談とは異なり、使われるシチュエーションごとに話す内容がある程度決まっています。音声対話システムの壁となっている膨大な固有名詞のデータベース化、膨大な対話シナリオの準備などのハードルが低いのです。

 同社は、音声対話の分野では長年の研究開発を積み重ねており、蓄積された対話データからどのようなパターンで対話が進行するかを体系的に把握しています。この成果を活用し、さらに限定されたシチュエーションでの対話データを収集・分析することで、ソリューションごとに固有な言葉のデータベースや対話シナリオを準備し、さらにそれを随時見直すことで技術的な壁を乗り越えたのです。

5.  新しいマーケット開拓は顧客との共創を基本に

 現在、ロボホンの主要なマーケットとなっているのは、教育、観光、接客などの分野です。教育分野では工事関係者向けの研修資料の説明、プログラミング教育、英語教育などに使われています。観光分野では、観光案内所などでの観光案内の他、ロボホンを首にかけて観光すると位置情報を基にロボホンが観光案内を行うという旅のガイド役や旅のパートナー役としての用途が開発されています。接客分野では商品・施設・公演・歴史などの紹介や案内、商品のおすすめ、集客、受付・案内、飲み物の注文などさまざまな用途に使われています。

 用途開発は、顧客との共創が基本です。ロボホンがどのように活用可能なのか、実証して確かめることが不可欠だからです。しかしながら、現時点では共創のきっかけを作るのはシャープであるケースが大半です。顧客側は、コミュニケーションロボットで何ができるのかをまだ想像できず、具体的な要望に至らないからです。このため、同社の方で、現在課題を抱えているマーケットや業界をピックアップし、その課題に対してロボホンがどのようなソリューションを提供できるのか仮説を立て、顧客に提案しています。そして、興味を持った顧客の声を聴きながらサービスの開発・ブラッシュアップを行い、それを横展開しています。

6. 顧客との円滑な共創を可能とする高速開発と強いチームの存在

 製品の品質保証と高速開発は、相反することが多い事項です。同社も以前は、たとえ実証であってもある程度の品質を保証した上で提供していました。しかし、ロボホンの開発においては、顧客に使ってもらいながら改善する開発方法に変更しています。納入段階では品質保証したものを納品しますが、実証段階では機能や使い勝手の確認を主眼とし品質保証に必要な評価フェーズをスキップすることで高速開発を実現したのです。このような変更は社内調整に苦労する場合がありますが、次第に一般化する方向だと感じています。

 もう一つのポイントは強いチームの存在です。ロボホンの開発は「マーケティング・企画」と「開発」の2グループで行っていますが、開発の人間も現場に行き顧客からの要望を聞きます。一方、マーケティング・企画の人間も技術を理解しており、ソリューション開発のコストを計算しながら顧客との調整を進めています。

 新しいマーケットの開拓には、せっかく創出した新しい価値が使われないというリスクを減らすため、顧客課題を起点に価値を考えることが鍵となります。また、顧客の課題解決につながるソリューションを提供するために構想力を高めると同時に、試行錯誤を効率的に進める体制が不可欠です。ロボホンの開発チームは、新しい用途開発を顧客と共同で進める経験を繰り返すうちに、マーケット開拓に必要な手法を自然に身につけた強いチームに成長したのです。

 同社は、右肩上がりに売り上げを伸ばしているロボホンをさらに発展させるため、自社及び他社のさまざまな機器・システムとの連携や介護・医療・ヘルスケアなど新規分野での用途開拓を進める予定です。顧客との共創を円滑に進める上で不可欠な高速開発という武器と強いチームのさらなる活躍により、コミュニケーションロボットという新しいマーケットが拡大し、我々の身近にロボットのいる風景が当たり前となる日が、そしてロボットと気の利いた雑談ができる日が、早く来ることを期待したいと思います。
 

 

今回紹介した事例

シャープ

コミュニケーションロボットロボホンのホテル向けソリューション - ロボットとの生活を疑似体験(シャープ)

 現在ホテル業界は、訪日外国人の急減などによって大きな打撃を受けているが、スタッフの負担軽減や人手不足への対応が今後の大きな課題であることに変わりはない。
 ホテルでは業務効率改善の他にも、お客様の満足度を上げるため、楽しさや驚きといった演出が重要となる。そこで、ロボホンを活用することでこれらの課題を解決できると考えた。…続きを読む


 

 
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