本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、北海道積丹半島西側にある神恵内(かもえない)村で行われているウニとナマコの陸上養殖事業に導入された富士通の「Fishtech(フィッシュテック)養殖管理」を取り上げます。

注:水産業(Fisheries)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語。水産業における課題を解決するために活用されるIoTやデータ活用などの最新情報通信技術のことを意味する。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(44)

イノベーションを加速する会社改革で生まれた富士通の「Fishtech養殖管理」

1.  はじめに

 富士通はデジタルイノベーションを実現し、グローバルな競争力を高めるための会社改革に熱心な企業の一つです。オープンイノベーションの推進、デザイン思考の実践、働き方改革など、さまざまな取り組みを行っていて、その成果は徐々に表れています。「Fishtech養殖管理」システムの開発もその一つです。

 同システムは水産物の陸上養殖の今後の発展を見据え、生け簀の中の水産物の状況、水槽の中の水温や水質など成育環境をリアルタイムでモニタリングするものです。養殖管理作業を効率化・高度化すると同時に、安全で美味しい水産物を効率的に成育することが可能になります。

2.  システムの概要

 同システムでは、センサーやカメラで水産物や生け簀を常時モニタリングし、関連データを収集します。また、給餌量などのデータを簡単に入力することができます。入力されたデータはクラウド上で管理され、異常が発生した場合は直ちにアラート通知します。また、給餌量と成長量のデータの分析結果から給餌の最適量をリコメンドする(開発中)など、データによる見える化で経験や勘に頼らないスマートな養殖を支援します。さらには、生産プロセスの見える化で、食の安全性向上にも貢献します。(図1参照)

 神恵内村では、システム導入により次のような価値が生まれています。

①    6月半ばから8月までと漁期が限られていたウニを、季節に関係なく安定して出荷することができるようになった

②    センサーの値を確認するための水槽見回りや作業日誌の作成など煩雑な作業が効率化され、30%程度生産性が向上した

③    給餌量や給餌種類などノウハウがない人への作業指示が可能になった

④    通年出荷で漁業者の安定収入につながる可能性を証明できた

 

図1:神恵内村で導入された「Fishtech養殖管理」システムの概要
図1:神恵内村で導入された「Fishtech養殖管理」システムの概要
【出所】富士通提供資料

 

3.  プロジェクトのきっかけはドラマティックな出会いから

 「Fishtech養殖管理」プロジェクトは、ドラマティックな出会いから始まっています。養殖分野のICT化を検討していた富士通社員の小葉松氏が、2016年末に社内SNSで水産業のプロジェクトを推進していることを書き込んだら反応した人がいたのです。それが富士通デザインにいた國村氏でした。デザイナーである彼は、釣り人であり無類の魚好き。海の変化や漁業資源の減少を憂い、いつか水産業の再生にデザインの力を使いたいと考えていました。

 次の展開もドラマティックでした。二人で養殖分野にICTを導入する提案書を作成して社内コンテストで発表したところ最優秀賞を獲得したのです。プロジェクトのスタートが認められ、会社がPoC(Proof of Concept:概念実証)の資金を出してくれることになったのです。2017年12月のことでした。

4.  神恵内村と富士通の絶妙なタイミングでの出会い

 神恵内村はかつてニシン漁で栄えた漁村ですが、近年は漁業資源の減少、働き手の高齢化などが進み、新しい産業創出が求められていました。村では高橋村長を中心にウニ、ナマコなどの陸上養殖に目を付け、着々と準備を進めていました。ICTを除いた部分の構想はある程度固まっていて、ICT部分の提供者を探していたのです。一方、富士通はICTを活用した水産業のデジタル化を開始したばかりのタイミングでした。

 神恵内村と富士通をつないだのは、海の地域活性化に取り組んでいた株式会社沿海調査エンジニアリングの大塚社長です。陸上養殖ではデータによる管理をきちんと行うことが必要ということで、富士通に白羽の矢を立てたのです。2018年8月のことでした。

5.  漁業者の潜在ニーズを満たすサービスをデザインしプロトタイプを開発

 プロトタイプの開発は、神恵内村のプロジェクトに参加する前から始まっていましたが、プロジェクトへの参加が決まって本格化しています。この際に大きな課題となったのは、システム開発に必要な要件の明確化でした。

 開発に当たっては、通常、システムエンジニアが顧客の話を聞いて要件を明確化します。しかし、漁業分野はICT化がもっとも遅れている分野の一つです。関係者は、これで何ができるのか想像したことがありません。したがって、話を聞いても、どのような機能やサービスが欲しいのか分からなかったのです。

 この課題を解決したのは、デザイナーの國村氏でした。彼は関係者の話を聞くだけでなく、自分で養殖について勉強し、養殖管理にどのようなICT機能が求められるのか、それで何が改善されるのかを考え、求められる要件を明確化したのです。Apple創業者のスティーブ・ジョブズは、「多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいかわからないものだ。」と述べていますが、まさに國村氏はデザイン思考に基づくイノベーションの手法を活用し、養殖関係者が欲しい機能を形にしたのです。

 彼の設計に基づくプロトタイプを2018年8月に開催されたジャパン・インターナショナル・シーフードショーで展示したところ、専門家や関係者の多くの賛同を得られました。そしてそれが神恵内村のウニとナマコの養殖管理システムに活かされたのです。

6.  開発チームのエンジニアは社内公募で

 同システムは、富士通、富士通デザイン、富士通九州ネットワークテクノロジーズ出身のエンジニアからなる混成チームで開発されています。通常はこのようなチームが生まれることは稀です。

 しかし、富士通ではポスティング制度(社内公募制度)注2があり、自分が参加したいプロジェクトに異動できる仕組みがあります。そして、この制度が次第に会社の文化として根付きつつありました。混成チームはこのような背景の中で結成されたのです。やりたい仕事を形にするのはエンジニアにとって最高の喜びです。集まった人々のモチベーションは極めて高く、システム開発は短期間で完了しています。

 しかも、使い易い、伝わりやすい、かっこいいという価値を実現するために、國村氏が心血を注いだ甲斐があり、ICTに不慣れな人にも使い易いシステムが開発されました。これを証明するかのように、Fishtech養殖管理は、2019年グッドデザイン賞、IAUD国際デザイン賞2019銅賞、ICT地域活性化大賞2020奨励賞などの各賞を受賞しています。

注2:会社が必要とするポストや職種の要件を社内に公開し、社内の応募者から人材を選抜する人事制度。新事業や、プロジェクトチームを新しく起こす際に用いられることが多い。

7.  新規事業を上手に立ち上げるには

 新規事業を立ち上げる際に重要なのは、アイデアと情熱を持つ社員を見つけて自由に挑戦させることです。しかもアイデアを面白いと感じ、それを実現したいと思う仲間がチームを組めば、モチベーションがあがり短期間でシステムが開発できる可能性が高まります。富士通が力を入れていたイノベーションを加速するための会社改革の取り組みが、Fishtech養殖管理ではうまく働いたのです。

 もちろん同社が社員のアイデアをサポートしたのは、ビジネス面の可能性に期待したからです。水産業の中で、養殖業は成長分野です。世界の海面漁船漁業と内水面漁船漁業の生産量の2013年から2018年の5年間の増加率は、それぞれ6.7%と10.1%です。これに対し、海面養殖業と内水面養殖業の増加率は、同期間でそれぞれ19.6%と21.8%と高い伸びを示しています。(図2参照)

注3:海面漁船漁業は、海面において水産物を採捕する事業、内水面漁船漁業は、河川・池・沼など淡水において水産物を採捕する事業のことをいう。一方、海面養殖業は、海面又は陸上に設けられた施設において、海水を使用して水産物を集約的に育成し、収穫する事業、内水面養殖業は、河川・池・沼など淡水を使用して水産物を集約的に育成し、収穫する事業のことをいう。

 

図2:世界の漁業・養殖業生産量の推移

【データの出所】FAO「Fishstat(Capture Production、Aquaculture Production)」(日本以外の国)及び農林水産省「漁業・養殖業生産統計」(日本)に基づき水産庁で作成したデータ(令和元年度水産白書掲載)

 

 この成長下にある養殖業の中で、最近、注目されているのが陸上養殖です。タンパク源として消費量が急激に増えている水産物の持続可能な提供が、各国で喫緊の課題となっておりこの需要を満たす新しいシステムとして期待されています。また、生育履歴がはっきりしている安全な水産物に対する消費者ニーズが次第に高まっており、これを実現できるシステムとしても期待されているのです。このような状況に対応し、水産関係の企業を始めさまざまな業種から新規参入が相次ぎ、大規模な成育プラントが立ち上がっています。このような情勢を見極めた上で、同社は養殖管理に必要なICT開発に取り組んだのです。

8.  今後の期待と展望

 今後、養殖管理システムに期待されるのは、さらなる生産性向上やコスト削減に貢献することです。陸上養殖の総コストの4~5割は餌代が、2~3割は電気代が占めると言われており、大きな負担となっています。解決策の一つは、自然環境より早く育つ環境を人工的に作ることです。塩分濃度を薄めにすると成長スピードが速くなると言われており、データの収集・分析により水温や溶存酸素量など水産物ごとに最適な環境を見極めることが求められます。

 また、神恵内村では本来廃棄予定だった規格外の白菜を餌に使うなど、コストとフードロスの削減に向けた取り組みを行っています。将来的には、AIを活用した給餌の最適化を実現し、無駄な給餌を減らしコストのさらなる削減や味の向上が期待されます。ちなみに、神恵内村で養殖しているウニは味が濃厚なエゾバフンウニですが、餌を変えると二週間くらいで味が変わるそうです。バナナを餌にするとバナナ味になる、白菜やキャベツを餌にするとスッキリした味わいになるそうです。

 陸上養殖に関するIoTやデータの活用は始まったばかりです。これらの活用によって養殖管理が高度化し、水産業の持続可能性が高まること、それから美味しくて安全な水産物の安定的な供給が確立されることを期待したいと思います。また、Fishtech養殖管理に続くイノベーション創出にも期待したいと思います。
 

今回紹介した事例

富士通の水産デジタルトランスフォーメーションによる新しい陸上養殖

 神恵内村は、北海道内で一番小さな漁村である。昨今では、ニシン・サケ・マスなどの汽船漁業の衰退に加え、ウニ・ナマコ・アワビなどの浅海漁業も厳しい経営環境にある。また、乱獲等によって資源が減少しているだけでなく、高齢化に伴う担い手不足も課題となっている。
 一方で、海産物のインバウンド需要や、中国をはじめとするアジア需要が拡大している為、安定供給が実現できる養殖技術の確立が求められている。こうした課題を解決するため、ウニ・ナマコの陸上養殖という新たなチャレンジに、当社のスマート養殖を実現する『Fishtech養殖管理』が活用された。…続きを読む

 
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