本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、空調事業のグローバル大手であるダイキンの「アシスネットサービス」を取り上げます。理想的なIoT活用は、近江商人が大切にしていた「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」でなければならないと考えているのですが、残念ながらこの条件に適合する事例は多くはありません。今回の事例は、数少ない「三方よし」の典型事例です。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(30)

「三方よし」でSDGsに貢献する-ダイキンの「アシスネットサービス」

1.SDGsとフロン排出の大幅削減

 わが国でもSDGsに取り組む企業が増えています。SDGsとはSustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略語です。2015年9月の国連サミットにおいて全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載されており、2030年までの達成を目指すとしています注1

 SDGsでは、達成目標の一つに「持続可能な生産消費形態を確保する」という項目が盛り込まれています。そして、このターゲットとして「合意された国際的な枠組みに従い、2020 年までに製品ライフサイクルを通じ、環境上適正な化学物資やすべての廃棄物の管理を実現し、人の健康や環境への悪影響を最小化するため、化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する」とうたわれています。

 空調機の冷媒として使用されるフロンガスは、温室効果ガスの一つです。地球温暖化防止のために温室効果ガスの削減対策が国際的に進んでいますが、まさに化学物質であるフロンガスを管理し、大気などへの放出を大幅に削減する努力がグローバルに進められているのです。

注1:SDGsでは「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」「すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」など17の目標と、それらを達成するための具体的な目安として、「2030 年までに、現在 1 日 1.25 ドル未満で生活する人々と定義されている極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる」「2030 年までに、集水、海水淡水化、水の効率的利用、排水処理、リサイクル・再利用技術など、開発途上国における水と衛生分野での活動や計画を対象とした国際協力と能力構築支援を拡大する」など169のターゲットが掲げられています。

 

2.フロン排出抑止法の施行とダイキンの「アシスネットサービス」

 ダイキンの「アシスネットサービス」は、IoTを活用したフロンガスの排出抑制に必要な空調機の維持管理を総合的にサポートし、管理負担を軽減するサービスです。同社は空調機の故障予知、トラブル発生時の緊急対応、省エネなどのサービスを提供する「エアネットサービス」というハイグレードなIoT保守管理サービスを提供していますが、2018年11月から販売開始した「アシスネットサービス」はこのサービスの簡易版で、中小規模事業者の需要を狙ったものです。

 フロンガスの管理と排出抑制に関しては、わが国では法律に基づく対策が進められています。「フロン類の使用の合理化及び管理の適正化に関する法律(いわゆるフロン排出抑制法)」が2015年4月に施行され、空調機を所有しているユーザーに新たに点検や点検・修理履歴の保管などが義務付けられました。

 空調機のユーザーは、冷媒として使われているフロンの漏えいを防ぐために3か月ごとに「簡易点検」を行い、製品からの異音、製品外観の損傷、腐食、錆び、油にじみや熱交換器の霜付きなどを確認しなければなりません。圧縮機出力が7.5kW注2以上の空調機については、一定期間注3ごとに有資格者が「定期点検」を行い、専門的な冷媒漏えい検査の実施が義務付けられています。

 また、空調機の点検や修理、冷媒の充塡・回収などの履歴を記録し、空調機を廃棄するまで保存し、かつ、メーカーなどから要求があった場合には開示する必要があります。そして、フロンガスの漏えい量が二酸化炭素換算量注4で1,000トン以上あるユーザーは、その量を国に報告する必要があり、国は漏えい量を公表することになっています。新しい規制の導入で、相当数の商店やオフィスの空調機が点検の対象となり、設備管理の専任担当者を置いていない中小規模のビルや店舗では、この義務化が大きな負担となっています。

注2:空調機の圧縮機出力は、冷房能力の目安として使われる。オフィスや商店、レストラン、病院など施設によって単位面積あたりで必要とされる冷房能力は異なるが、例えば、一般の商店では1㎡あたりの冷房に200W程度が必要と言われている。40㎡の広さでは8kWとなり、7.5kWを超える。

注3:7.5kW~50kW未満の空調機は3年に一回以上、50kW以上の空調機は1年に一回以上の点検頻度が求められている。

注4:フロンガスの漏えい量(kg)にGWP(地球温暖化係数)をかけて1,000で割ってトン単位の数字にしたものが二酸化炭素換算の算定漏えい量となる。例えば、業務用空調機で使われることが多いR410A(HFCハイドロフルオロカーボン)のGWPは2,090である。R410Aが10kg漏えいすると、約21トンの算定漏えい量となる。

 

3.サービスが実現する「三方よし」

 「アシスネットサービス」では、簡易点検の時期をメールで知らせ、スマートフォンアプリのガイダンスに従って点検を行い、点検結果をスマホ上で入力できるようにしています。また、定期点検についてはネット経由で取得するデータを活用し、空調機の設置場所で行う点検時間を1/3程度に短縮し、点検費用を低廉化しています。さらに、点検・修理履歴については、Web上で一括管理することを可能にしています。その他、異常発生の検知・連絡や稼働状況の見える化なども実現しています。

 同サービスの提供は、新たな収入や点検・保守管理の効率化につながります。ダイキンにとっては「売り手よし」のサービスです。一方、点検効率化は、空調機を所有しているユーザーにとっても嬉しい話です。まず、人手不足の中で管理負担が軽減されます。また、きめ細かな管理は電気代の節減につながります。冷媒であるフロンガスが減った空調機を使うと、同じ冷房能力を保つのにより多くの電力が必要だからです。冷媒量が3割減少すると消費電力が4割増加すると言われていますので、同サービスの導入は、電気代の節約という形で大きなメリットをもたらす可能性があるのです。つまり「買い手よし」のサービスでもあるのです。

 もちろんサービスが普及すれば、それはフロンガスの排出を抑制し、地球温暖化防止につながります。つまり。世間一般にも嬉しい「世間よし」のサービスなのです。

 

4.今後のフロン管理の方向について

 SDGsの目標達成に向けて、規制は不可欠です。そして「アシスネットサービス」は、この負担軽減に有効なサービスであり、SDGsの目標達成にも貢献します。

 しかしながら、規制負担の一層の軽減を図り、規制の実効性を上げるには、現在の仕組みや技術では不十分な点があります。その一つは、現在のフロン排出抑制法が、IoTやRPA(Robotic Process Automation)注5の登場・普及を想定していないことです。同法はこれらが普及する前に施行された法であり、点検は人による目視が前提となっています。人による目視をIoTやRPA活用で代替できれば、一層の省人化が可能となります。これはさらなる「売り手よし」「買い手よし」につながります。現在、政府はペーパーレス化を中心にデジタルファーストを進めていますが、今後は、これをIoTやRPA活用に拡大し、国民の利便性向上、政府業務の効率化を考える必要があります。

注5:パソコンのソフトウェアで実現する認知技術などを活用し、主にホワイトカラーが行っている定型作業などを効率化・自動化すること。

 もう一つは、テクノロジーのさらなる高度化です。現在のテクノロジーは、点検によってフロンガスの漏えいを早期に発見し、漏えい量をできる限り少量に抑えるものです。まずは、漏えいしても温暖化効果が少ないフロンガス開発を推進すると同時に、データ活用などによりできる限り早期に漏えいを発見する安価な技術の確立が求められます。さらに、フロンガスの漏えいにつながる配管接続部の劣化・腐食や配管の亀裂などを予兆段階で検出することができるようになれば、トラブルが起こる前に修理を行い、漏えいをなくすことが可能になります。

 経済産業省の調査によると、業務用冷凍冷蔵機器では13~17%、業務用空調機では3~5%の冷媒が漏えいしていることが明らかになっています。2020年の排出予測に占める使用時の漏えい量は、二酸化炭素換算で2,000万トンを超えています。このうち約40%がビル用パッケージエアコン、その他業務用エアコン、家庭用エアコンと空調機に起因するものです(下図参照)。

 フロンガスの漏えいを防止するテクノロジー開発は、ダイキンの得意とする化学、機械の知識に加え、ICTや金属材料、センサーなどの知識が必要です。ダイキンはテクノロジー・イノベーションセンターを設立し、オープンイノベーションによって社内外の知見を融合し、新しいモノづくり・コトづくりを推進していますが、まさにこの手法でテクノロジー開発を加速することができれば、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」をさらに大きなものにすることが可能です。同社のオープンイノベーションの取り組みの成功に期待したいと思います。

図:2020年排出予測に占める使用時漏えい
【出所】中央環境審議会地球環境部会フロン類等対策小委員会、産業構造
審議会化学・バイオ部会地球温暖化防止対策小委員会「今後のフロン類等
対策の方向性について(案)」平成24年12月.
 

今回紹介した事例

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IoTで空調機の維持管理を総合サポートする - ダイキン「アシスネットサービス」

2015年4月に施行された「フロン排出抑制法」は、メーカーに加えユーザーにも取り組みを求められるため、業務用空調機を使用する中小規模の事業者には、その管理業務が負担になっている。 そこで当社は、空調機の維持管理を総合的にサポートするための「アシスネットサービス」を開始した。…続きはこちら

 

 
 
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