本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、スイッチング電源とノイズフィルタの専業メーカであるコーセル(本社:富山県富山市)のスマートファクトリーをめざした挑戦を取り上げます。

【ここに注目!IoT先進企業訪問記(20)】

シナリオを描き、小さな成功から始める-コーセルのスマートファクトリー

 電子機器を動かすには、電圧変動の少ない安定した直流電源が必要です。スイッチング電源は、トランジスタなどを用い電力会社から供給される交流電源を直流電源に変換する装置のことです。これが小型化・軽量化・高効率化した結果、制御機器、通信・放送機器、コンピュータ、医療機器など幅広い分野の機器に搭載され、これらの機器の高機能化や小型化に貢献しています。このスイッチング電源を手がけるコーセルでは、スマートファクトリー化の効果が徐々に現れています。その取り組みの中で参考になったのは、まず始めに「シナリオを描き」、これに沿って進めたこと、そして「小さな成功」を早めに実現したことです。詳しくご紹介しましょう。

1. 課題は生産システムの見直しによる抜本的な生産性向上

 スイッチング電源は、搭載される電子機器の出力や形状に合わせて設計開発される「特注品」と、電源部分の構成部品や基本回路を共有化し、あらかじめ標準化された汎用性のある「標準品」に区分されます。コーセルが得意とするのは、標準品です。同社が提供する製品は約1万9000種類、典型的な多品種少量生産、それに短納期が求められる分野です。

 コーセルのビジネス形態で面白いのは、同社のスイッチング電源の約7割は協力会社が生産しており、同社の役割は残りの3割の生産と、協力会社への生産設備の提供です。主要生産設備の大半が内製で、この改善・改良、革新が同社のスイッチング電源の生産性向上、そして価格競争力に直結しています。スイッチング電源は競争が激しくなっている分野です。同社の売上高経常利益率は、2016年5月期の一時的な落ち込みを除くと2012年5月期以降は10%台後半となっており、25%を超えていた2003年5月期~2007年5月期に比べると減少しています(図1参照)。生き残りのためには、生産システム革新による製造費用低減が待ったなしの状況になっていたのです。

図1:コーセルの売上高・経常利益・売上高計上利益率の推移
【出所】コーセルの有価証券報告書に基づき作成

 

2. 始めに生産システム革新のシナリオを描く

 生産システム革新に向けて、コーセルは「フレキシブルな人と設備の共存ライン」というコンセプトのもと、2014年度からスマートファクトリー化の検討を開始しています。完全自動化ではなく、まずは生産ラインの中に人と設備が共存する形で生産システムの革新を実施することとしたのです。

 この実現に向けて同社は、生産システム全体の課題を分析し、生産システム革新の将来像を描き、その中でIoTを活用した解決策を考えています。そしてこの一環として、どのようなデータが取得可能か、データ解析の結果からどのような効果が得られるかについて検討しています。同社の取り組みが成功しているのは、ツールであるIoTを起点に考えるのではなく、生産システムの課題を起点に考え、その後にIoTの活用策を考えることで、シナリオを正しい方向で描ききったからだと言えるでしょう。

 この作業には4名で取り組み、2ヶ月間かけています。この期間に生産ラインのボトルネックを特定し、その改善・改良、革新策を考え、同時にその実現難易度をしっかりと見極めています。このような過程を通して描いた具体的な革新シナリオは、

①約130のセル生産ラインのうち作業量が多く品質を左右する共通工程の自動化
②新工法によるいくつかの生産設備の開発
③IoTによるつながる工場の実現
 

です(図2参照)。
 

SMT(Surface Mount Technology):表面実装-電子部品をプリント基板に実装すること
OEE(Overall Equipment Effectiveness):総合設備効率-生産設備の稼働効率に関する指標のこと
HT(Handling Time):手扱い時間-人が作業する時間(対義語としてMT:Machine Time)
CRM(Customer Relationship Management):顧客関係管理-顧客との間に信頼関係を醸成し、顧客と商品提供者の相互利益を向上させる経営手法のこと
SCM(Supply Chain Management):商品企画、部材手配から製造・販売・保守までの流れを、組織の壁を超えたひとつのビジネス・プロセスとしてとらえ、全体最適する管理手法のこと
MES(Manufacturing Execution System):製造実行システム-製造工程の把握・管理、作業者への指示・支援のための情報システムのこと
SCADA(Supervisory Control and Data Acquisition):監視制御システム-コンピュータによる製造プロセスの集中監視とプロセス制御を行うシステムのこと
図2:コーセルが進めているスマートファクトリーの概要
【出所】コーセル「2018年5月期決算説明会資料」より
 

 ①の共通工程の自動化では、半導体リード加工の自動化や検査から梱包までの組立作業の自動化などを実現しています。組立作業の自動化では、新設備の開発で生産能力を2倍に引き上げています。今後は、治工具注1活用による高難易度作業の単純化などを実施する予定です。また、組立作業の自動化ラインの拡充を図り、更なる生産能力の拡大を図る予定です。なお、組立作業の自動化とあわせて生産設備のIoT化も行い、工程品質や保全効率向上のために約600項目のデータを収集しています。

 ②の新工法による生産設備の開発は、ボトルネックとなっている工程の革新に大きな効果を発揮する部分です。その中でも特に同社が力を入れたのは「はんだ装置」の革新です。開発に当たっては、あらかじめ同社にとっての理想のはんだ付けを描き、はんだ付けの品質を上げるだけでなく、人の勘と経験による管理から、データによる管理に変えることをめざしています。このため、品質を左右するはんだ槽内温度管理やフラックス注2塗布量など品質に大きく寄与する重要パラメータのデータを収集できる装置を開発したのです。

 温度管理とフラックス塗布量の最適値を見つけるために、3年間に渡りひたすら実験によるデータ収集を繰り返していますが、データ収集可能な技術を考え、実際にデータを収集し、その最適制御を実現することで、はんだ付け不良の90%低減、設備1台当たり0.2人の省人化に成功しています。まさにIoT活用の発想が新工法による生産設備の開発に生かされたのです。

 一方、③のIoTによるつながる工場に関しては、2014年度にIoT対応設備を開発し、その稼働状況をリアルタイムに監視することからスタートし、監視対象設備の拡大、収集データの解析による品質改善や効率向上を実現しています。また、2017年度からは稼働監視システムを協力会社に展開し、遠隔監視を開始しています。2018年度は、通信インフラ整備により協力会社へのシステム展開を継続すると同時に稼働監視システムのプラットフォーム化を行い、2019年度には生産管理システムと連動し、生産管理の確度向上を図る予定です。

注1:治工具(じこうぐ)とは、「治具(じぐ)」と「工具(こうぐ)」という言葉を合わせた総称。治具は同義の英単語である”jig”に漢字をあてたもので、加工や組立の際、部品や工具の作業位置を指示・誘導するために用いる器具のこと。

注2:フラックスとは、はんだ付けで接合する金属表面の異物や酸化膜を溶かし、はんだ付けを促進する薬剤のこと。

 

3.「小さな成功」で現場を引き込む

 もう一つの「小さな成功」についても、現場を納得させる手段として効果を上げています。スマートファクトリー化の取り組みのきっかけはトップからの指示で、その後、描いた革新シナリオを部課長以上が集まる場でレビューし、社としてオーソライズしています。しかし、社としてオーソライズしたからといって、必ずしも現場から積極的な協力が得られる訳ではありません。現場は工程が変わることに抵抗感を持つことが普通ですし、ましてやデータという新しい要素が入ってくるIoT活用のような新しい取り組みについては、具体的な成果が見えるまでは傍観者的な立場で見ているのが普通です。 

 コーセルは、2014年度に半導体リード自動加工機を開発し、1台当たり年間96万円の費用削減効果、0.7人の省力化が可能であることを示しています。その後、2015年度にスイングはんだ槽、2016年度に高バランス電気特性検査装置の開発を行い、費用削減や省人化に有用であることを示しています。「小さな成功」を現場に見せ続けることで、次第に現場を本気にしていったのです。取り組みの方向性は会社の幹部に相談すれば決まりますが、それだけでは、当初は投資対効果が見えにくいIoT活用を進めるのは困難です。短期間で成果が見える小さな成功で現場の納得を得ながら、同時に、時間はかかるが大きな成果につながる開発案件も合わせて進める。これが同社のスマートファクトリー実現の原動力になっています。

 同社のスマートファクトリー化は、現在、第一段階の取り組みの最中です。今後は、協力会社を含め、生産ラインをIoT対応設備に置き換え、つながる工場化を推進するとともに、全自動化が適したラインについては生産設備の自動化を推進し、無人生産に変えていく予定です。

 現在、いろいろな業種でバリューチェーン全体にまたがるIoT活用により、これに関わる複数企業の活動を一体化する流れが強まっています。コーセルがマザー工場の役割を果たし、生産設備を内製し、これを協力会社に提供し、協力会社が製品を生産・提供するというビジネス形態は、まさにこの一体化の流れを先取りしたものです。IoT化はこのビジネス形態の優れた点をさらに強力なものとします。生産システム革新の将来像をしっかりと見据え、IoTやデータを活用しながら品質向上や効率化につながる生産設備の改善・改良、革新を地道に進めるやり方は、まさにグローバル競争にさらされている我が国の製造業が生き残る上で必須の取り組みです。同社の生産システム革新が着実に進み、同社の売上高計上利益率が今後上向くことを期待したいと思います。

 今回紹介した事例

 

新たな生産方式の開発とIoTによる工程の監視で飛躍的な生産性向上を実現 ― 「コーセル」の取り組み

 当社は、富山県を拠点としたスイッチング電源(直流安定化電源)を主力製品とする電子機器メーカーである。スイッチング電源は電子回路を安定動作させるための重要部品であり、当社の製品は小型・軽量・高効率であることから、 ...続きを読む

 
 
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