本メルマガは、IoT価値創造推進チームの稲田修一リーダーが取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。 

 今回は、損害保険ジャパン日本興亜の自動車事故防止に向けた挑戦について取り上げます。同社への取材は、行く前から楽しみでした。以前、同社の社内勉強会で話をした時、若い人たちが活き活きとしていたからです。これは、新しいことに果敢に挑戦している会社の特徴です。では、その取り組みの一部をご紹介しましょう。

【ここに注目!IoT先進企業訪問記(9)】

「組み合わせ」によるIoTイノベーション創出-損害保険ジャパン日本興亜の挑戦

 損保大手の損害保険ジャパン日本興亜は、タクシー大手の第一交通産業、世界最大のコンサルティングファームのアクセンチュアと組んで、データ分析を活用し、自動車事故を未然に防ぐための共同研究を行っています。収集しているデータは、タクシーに設置したドライブレコーダーからの映像情報・運転手の挙動情報・車両情報などのデータ、それに加え、運転者が装着した時計型ウェアラブルデバイスからの生体情報(心拍数)です。これらの情報を用いたデータ分析により、運転手ごとの事故発生リスク等を評価する手法を開発しています。

 現在すでに、乗務中の心拍変動やしぐさから、眠気などのヒヤリハットに関係する兆候を識別することに成功しています。今後も個々の運転者のリスク予知をめざし、研究を継続する予定です。

1.研究のきっかけは顧客要望

 現在、ドライブレコーダー注1の装着率が増えています。自家用車では15.3%ですが、タクシーでは72.5%に達しています注2。普及に伴い、事故処理の際にこの映像を見てほしいという顧客が増えています。事故の際にどちらが信号を守っていなかったなど客観的な証拠が示されることで、円滑な処理が可能になるからです。

 同社の担当者は、自社営業店舗に行ってその仕事を観察し、このような顧客要望が多く寄せられていることを発見し、ドライブレコーダー情報の価値に気付いたそうです。まさに「イノベーションのネタは現場にあり」なのです。しかし、一般顧客のデータを自社の価値創出のために勝手に使うことは許されません。それで、タクシー会社と組んでデータを組織的に収集し、分析することにしたのです。タクシー会社と組んだのは、一般の乗用車と車高が同じくらいなので、研究成果の展開が容易だと考えたからです。

注1:自動車に搭載し、走行中の映像などを記録する装置。交通事故の原因究明や客観的証拠の記録などでの活用が始まっている。
注2:自家用車は、ソニー損保が2017年9月に実施した「全国カーライフ実態調査」のデータ。タクシーは、一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会「自動車用ドライブレコーダー導入状況」(平成28年3月31日現在)のデータ。

2.研究開発を主導しているのは経営企画部門

 一方、同社は「ポータブル スマイリングロード」というスマホアプリを提供しています。全国各地のおでかけ情報の提供、高速・無料・距離・ECO・安全という5種類の目的に応じた最適ルート選択の他に、運転状況を記録し、運転の安全度を診断する機能なども合わせ持つ無料アプリです。運転履歴に基づいて算出される安全運転のスコアに応じ、保険料が最大20%割引になるなどの特典もあります。Google PlayやApple Storeの5段階評価で4.3の高評価を得ているヒットアプリです。

 私は今回とりあげた研究もこの部隊が担当していると思っていましたが、実際に研究開発を主導しているのは経営企画部門でした。組織横断的に、従来の保険中心の発想にとらわれずに新規事業を開拓したいという会社側のイノベーション重視の意図を強く感じる担当決めです。

3.イノベーションの基本の一つは「組み合わせ」の新しさ

 日本では「イノベーション=技術革新」という考え方が根強いのですが、イノベーションの本来の意味は少し違います。イノベーションは、1911年にオーストリア出身の経済学者ヨーゼフ・シュンペーターによって定義された言葉ですが、彼は「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」と定義しています。つまり今までにない「組み合わせ」の発見もイノベーションなのです。アイデア創出の手法として良く使われるオズボーンのチェックリストでも「組み合わせ」が含まれています。

 本研究の興味深い点は、この「組み合わせ」を重視していることです。「共同研究のパートナー」と「リアルデータ」という二つの組み合わせがポイントになっています。前者は、データを提供する社、データを分析する社、そしてデータ分析結果をビジネスに活かす社の組み合わせです。後者は「ドライブレコーダーの情報」と「生体情報」の組み合わせです。

 共同研究の成功には適切なテーマ設定が重要ですが、それに劣らず重要なのは複数の組織の思いが一致し、一体となって課題解決に挑戦することです。パートナー選びにおいては「ぜひうちにやらせてほしい」というトップの言葉が決め手になったそうですが、このケースでは、将来のビジネス価値創出に向けた方向性が同じであることがポイントになっています。また、サイバー世界のデータではなく、収集が難しい実世界のデータ(=リアルデータ)の組み合わせに挑戦したことも現在のトレンドを先取りしています。

 リアルデータの活用は、データ提供先の確保に始まり、どのデータを収集するか、どれくらいの頻度や精度で収集するか、あるいは創出価値を想定した教師データの作成などに手間暇がかかります。逆の見方で考えると、これが価値なのです。他に先駆けて価値を発見し、沢山のデータを収集する仕組みを構築すれば、他社が追いつくまでにタイムラグが生じるので、先行者利益を確保できる可能性が高いのです。

4.今後の展開

 同社の共同研究はまだ道半ばで、本当の成果はこれからです。運転者のしぐさに関するリアルデータは顔の向きなどが中心で、目の動きはフォローしていません。現在、学習分野などで進められている最先端の研究では、目の動きと集中力に相関があることが判明しています。目の動きから漫然運転注3を検知する研究も進展しています。このような最新の研究成果を組み合わせることも重要です。また、将来のリアルデータ活用の拡がりを考えると、これに「時間情報」と「位置情報」を上手に紐づけておくことも必要です。

 しかし何よりも重要なのは、運転者に異変や異常が起きる前に予知することです。個々人の健康状態や集中力の持続パターンの分析には、新しいリアルデータの組み合わせやより深いレベルのデータ分析が必要になるのかもしれませんが、これが実現すれば適切な注意喚起や休憩の「おすすめ」が可能になり、自動車事故の大幅減少につながります。同社は共同研究をクローズドに行うつもりは全くなく、研究ネットワークが広がった方が良い成果につながると考えています。「共同研究のパートナー」と「リアルデータ」のさらに良い「組み合わせ」を発見し、大きな価値創出につながることを期待したいと思います。

注3:ぼんやりと考えごとなどをしていて、運転に必要な集中力が十分でない状態で運転していること。居眠り運転や脇見運転などとは異なり顔は前方を見ているはずなのに、他の車や歩行者の存在に気付かず、ハンドルやブレーキ操作が遅れ、交通事故の大きな原因となっています。

 

今回紹介した事例

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運行データ・生体データの分析による
自動車事故防止をめざして

 当社では元々お客様の声、現場の声に基づく改善活動に力を入れており、その中でドライブレコーダーのデータを保険会社に見て欲しいとの要望が増えており、その活用が事故処理の円滑化に役立つことから、その価値に気付いた。...続きはこちら

 
 
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