本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、KDDIスマートドローンプラットフォームを活用した伊那市のドローン物流サービスを紹介します。
 

ここに注目!IoT先進企業訪問記(62)

新しい技術を地域課題の解決に活用する-伊那市とKDDIによるドローン物流サービス

1.  伊那市の課題

 伊那市は長野県の南部に位置し、南アルプスと中央アルプスの二つのアルプスに抱かれ、中央部を天竜川と三峰川が流れています。ミネラル豊富な清流や新鮮な空気、それから南アルプス国立公園など大自然のパノラマを楽しむことができます。住みたい田舎のランキングでしばしば上位に登場しており、実際、この豊かな自然環境に惹かれて移住してくる人も多いそうです。

 しかしながら、他の多くの地方都市と同様、人口減少が続いています。人口減少、特に生産年齢人口の減少の影響は、働き手の高齢化、構造的な人手不足、後継者の減少、消費力低下、などの形でさまざまな産業に現れます。これが地域産業の衰退につながり、若者の就業機会を減らして転出を加速し、さらなる地域産業の停滞を招く可能性があるのです。

 この問題解決の処方箋は、ICTなどの新しい技術を活用し、生産性向上と人材育成で産業競争力を向上させ、それを所得の向上に結び付けるという日本全体の処方箋と基本的に同じです。そして、この処方箋の実行には、地域の持つ可能性や能力を踏まえたさまざまな知見やアイデアが必要です。伊那市はこれらを「新産業技術推進協議会」での議論に求めています。
 

2.  新産業技術導入のサポート体制にまで踏み込んだビジョンの提示

 産学官の有識者を集めた新産業技術推進協議会での議論の結果は、2018年3月に「伊那市新産業技術推進ビジョン」という報告書の形でまとめられています。ビジョンには、図1に示すように目指す姿とその実現に向けた活動方針が書かれています。自然や観光資源に恵まれ、肥沃な土地と良質な水をベースとした農林業、バランスのとれたモノづくり力などを持ち、何よりも住みよい地域であることを意識したものとなっています。

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図1:伊那市新産業推進ビジョンの目指す姿とその実現に向けた活動方針
(伊那市ホームページ「伊那市新産業技術推進ビジョン」より)

 このビジョンの中で、ドローンの活用にも言及があります。「人流・物流インフラへの新産業技術(自動運転、ドローン活用など)の適用によって、物流コスト削減や付加価値化を実現します」、『市民生活における「ニーズ」を的確に捉え、ニーズを満たす市民サービスを円滑に提供する手段として新産業技術を活用します。もっと、住みよさの向上と地域内経済の活性化を同時に実現します。』という取り組み方針が示されています。

 このビジョンの良いところは、新しい技術の導入を効果的にする二つの要素を明らかにしていることです。一つ目は、技術は手段なので、それを使う組織などに強みがあること、それから二つ目は、技術導入を遂行できる人材確保をポイントにあげています。
 

3.  ビジョンを具体化したドローンの導入

 市役所はビジョンの検討と同期して、具体的な施策を考えています。まず注目したのは過疎化の進展で商店がなくなり、買い物に困っている人が増えている地域でした。地域福祉、各種相談支援、高齢者福祉、障害者福祉などの機能を担っている社会福祉協議会が2017年に伊那市全地域で買い物アンケートを行ったところ、市街から離れた中山間地域の一つである長谷地区で買い物に困難を感じている人が多いことがわかりました。そこで無人自律飛行できるドローン物流による「空飛ぶデリバリーサービス」の企画が立ち上がったのです。まさに、ビジョンの具体化が始まったのです。

 そして2018年にこのサービスの公募によって、ドローンの運行管理プラットフォームを提供する社として選ばれたのがKDDIです。ドローンによる買い物支援という前例のないサービスの開発と実装を、2年間かけて行いました。そして、2020年8月から伊那市が運営主体となり「ゆうあいマーケット」という買い物 支援サービスを開始しています。ドローン飛行は目視外自律 飛行、遠隔監視制御という最新技術を使い、日用品など最大約5kgの荷物を搭載し、約10kmの距離をバッテリー交換なく飛行しています。
 

4.  地元企業の能力を上手に活用してサービスを実施

 この買い物サービスの実際の運営は、地元の伊那ケーブルテレビジョン株式会社が受託しています。同社は、KDDIと共同で開発した商品カタログの提供、商品注文・決済の仕組みを提供しています。サービスを提供している長谷地区はCATV加入率が100%、しかも利用者となる高齢者はリモコン操作に慣れています。それで、リモコンを使って注文できるようにしています。そして肝心のドローンは株式会社プロドローンの機体を使用し、ドローンの運行管理は一般社団法人信州伊那宙(しんしゅういなそら)が実施しています(図2参照)。そして地元スーパーマーケットのニシザワが商品の提供を行っています。

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図2:「ゆうあいマーケット」のサービス支援体制(KDDI提供)

 利用者がCATVのリモコンや電話で午前中に商品を注文すると、午後には商品を自宅、あるいは最寄りの公民館で受け取ることができます。ドローンに搭載できない大型商品や悪天候でドローンが飛べない時は、自動車で運びます。サービス利用料は月額1000円の定額制で、商品の購入代金はケーブルテレビの利用料金に加算され口座から引き落とされます。

 基本的に地元企業の持っている能力を上手に組み合わせ、KDDIの持っているスマートドローンプラットフォームという新しい技術を活用する体制を整えたのです。これによって、地元企業にとっては新しいビジネスの種が増えます。そしてKDDIのプラットフォームを使いこなす人材は、地元に一般社団法人を設立して育成しています。ドローン飛行に必要な機体/運行管理アプリの準備や保守、運行の段取りや運行管理アプリの使い方、それから手動によるドローンの飛行操作などに習熟した人材が、地元で育っているのです。どちらも新しい技術導入を効果的にする二つの要素としてビジョンで提言されたことを実行したものです。

 物流事業は通常民間ベースが基本で、サービス運営主体が伊那市のように地方自治体となっているのは珍しいケースです。しかし、これは「暮らし続ける」という目指す姿を実現するために最小限必要な事項で、かつ、現時点では代替手段がないということで、福祉行政の一環として自治体 が行なっているのです。

 もう一つ興味深いのは、ラストワンマイルは人の手という選択をしていることです。「ゆうあいマーケット」サービスでは、ドローンが荷物を運ぶのは公民館までです。利用者は公民館に受け取りに行きます。それができない場合は、ボランティアや新たに移住してきた人が運んでいます。ドローンで利用者宅まで運ぶのは難しいという制度的、技術的な理由もありますが、全てが機械では味気ないので「ラストワンマイルは人の手で運ぶ」ことにしています。ボランティアなどが運ぶことで、利用者である高齢者との会話や安否確認ができることがポイントだそうです。こういう点もデリバリーサービスだけを考えるのではなく、住んでいる人の暮らし全体を考える自治体本来の役割を十分に考えた仕組みとなっていま す。
 

5.  さまざまな新技術導入が進む伊那市

 市長の2022年の新年挨拶を読むと、伊那市では新しい技術を利用したサービスが他にもいくつかあります。人工知能(AI)を活用したデマンド型乗り合いタクシー「ぐるっとタクシー」もその一つです。乗車予約をすると、AIが自動で最適な乗り合いや運行経路を計算し自宅から目的地まで、ドアツードアで移動できる新たな公共交通です。このサービスは市街地を除く市内全域 で運行しています。

 それから、移動診療車「モバイルクリニック」も本格運用しています。患者と合意したオンライン診療の予約時間に合わせて看護師が乗ったモバイルクリニックが患者のところに移動します。患者が車内に乗り込むと、 診療所にいるかかりつけの医師がテレビ電話で患者を診察し、看護師が医師の指示に従って診察の補助を行います。さらに、「モバイル市役所」もスタートする予定です。モバイル機器を搭載したバスが地域を巡回し、住民が車両内で窓口相談や申請受付などを行うものです。その他にもさまざまな新しい取り組みが動いています。

 このような新しい試みが次々に登場するのは訳があります。それは新産業技術推進協議会の議論を通し、市役所内に新しい技術を活用しないと地方は生き残れないという共通認識が生まれたからだと思います。また、市長のリーダーシップにより新しいことに挑戦することが重要で、失敗してもまた別の方法でやればいいとの意識が生まれていることもポイントだと思います。さらに、民間企業からの出向者が市役所の中で活躍していることも変革の加速化に貢献しています。

 地方では行政機関の果たす役割は大きなものがあります。その考え方次第で地域の発展方向が大きく変わります。市長のリーダーシップのもと、外部からのアイデアをもとに新しい技術の活用で地域課題を解決する方向に舵を切り、さまざまなアイデアの実装に向けて全力疾走している伊那市の動向には、今後とも目が離せないと思います。
 

今回紹介した事例

シャープ

伊那市のドローンを使用した買物サービス - ICTを活用して「伊那に生きる、ここに暮らし続ける」を実現

 伊那市では「伊那に生きる、ここに暮らし続ける」をテーマに、ICTを活用して地域の課題を解決する「新産業技術推進事業」を2016年から進めている。その中で実証実験を行ってきたドローンの活用が買い物困難者への支援策として最適と考えた。こうして、KDDI株式会社や多くの企業の協力のもと、ドローンによる商品配達を行う、支え合い買物サービス「ゆうあいマーケット」を2020年 8月5日から開始した。…続きを読む

 

 
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