本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、上下水道インフラのライフサイクル管理の実現に大きな役割を果たしている株式会社NJS(本社:東京都港区)のクラウドを基盤としたソフトウェアサービス群SkyScraperを取り上げます。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(41)

ソフトウェア開発人材の育成で上下水道インフラのビジネス変革に対応したNJS

1.  はじめに

 1951年に設立されたNJS(旧「日本上下水道設計株式会社」。2015年4月に現商号に変更。)は、日本の上下水道の発展を支えてきた会社の一つです。創業間もない1956年には八幡製鉄所(現在は、「日本製鉄九州製鉄所」の一部となっている)の給排水を設計し、鉄の増産を支えています。

 その後、公害問題の解決のための下水道コンサルティングや水質の分析、上下水道のIT化や品質向上の支援、水道事業の民間委託の支援、上下水道のアセットマネジメントの強化や事業効率化の支援など、時代を先取りしながらビジネスを展開してきました。現在は「水と環境のソリューションパートナー」として、水と環境のサービスを通じて豊かで安全な社会を創造するという標語を掲げてビジネスを推進しています。

2.  クラウドを基盤としたSkyScraper

 同社は、上下水道インフラのライフサイクル管理を「点検調査」「解析診断」「修繕改築」「運転管理」「災害対策」「運営管理」の6つのステージでとらえ、それぞれのステージに対応したソフトウェア群を開発・提供しています(図1参照)。その中でクラウドを基盤として提供しているソフトウェアサービス群の名称として、SkyScraper FAのようにSkyScraper(スカイスクレイパー)という冠名をかぶせています(図の中で雲のマークがついているソフトウェア)。

図1:NJSのライフサイクル管理のためのソフトウェア群

図1:NJSのライフサイクル管理のためのソフトウェア群

 SkyScraperソフトウェアサービス群に属している個々のサービスの機能とその連携については、《参考》をご覧ください。

3.    SkyScraper開発の経緯

 NJSは創業以来、上下水道の設計、コンサルティングの会社です。ソフトウェア開発は、管きょ注1の設計を効率化することから始まっています。この開発・提供が本格化したのは、管きょの状態を管理台帳で管理することを義務化した下水道法の改正、公共事業に民間の活力を導入することを目的としたPFI(Private Finance Initiative)法の成立、水道事業の一部を民間の第三者に委託することを可能とした水道法の改正など、2000年前後の制度改正がきっかけでした。

 これらの制度改正に対応して、同社は「管路情報」の管理ソフトウェアを開発・提供しています。また、経営・財務・管理等のコンサルタンティングと維持管理業務のアウトソーシングにより水道事業の運営・管理を包括的にサポートする業務を開始しています。この一環として開発提供されたのが「企業会計」「料金徴収」「固定資産」などの財務管理用のソフトウェア群です。

 その後、資産管理の対象を浄水場や下水処理場にも拡大してほしい、ゲリラ豪雨に的確に対応するため雨量、管きょ内の水位、ポンプ場の稼働状況などのデータをリアルタイムに収集し、これらの情報を統合した上で迅速な判断を行えるようにしてほしい、上下水道インフラの維持管理の効率化を支援してほしいなどの顧客要望に応える形で施設管理用のソフトウェア群を充実しています。

 リスク回避の観点からクラウドや無線の利用に消極的だった地方自治体の姿勢を反映し、当初、同社のビジネスはパッケージソフトウェアの提供が主体でしたが、時代の流れはクラウド利用が中心となることを予想し、2014年に「クラウド化」「業務フローの全体最適化」「ユーザインタフェース重視」に舵を切りました。これまで開発したソフトウェアをクラウド化し、高機能化するSkyScraperソフトウェアサービス群の開発に踏み切ったのです。

2018年2月に改訂された同社の中期経営計画には、クラウド型総合管理システムSkyScraperの開発、下水管の内部の状態を調査するドローンの開発、マンホールの蓋裏に組み込み下水管内の水位などを低コストで広範囲にモニタリングするIoTセンサーシステムSkyManholeの開発など、デジタル技術の発展に対応したソフトウェア事業の強化が盛り込まれました。

注1:「管きょ」とは地中に埋設された下水管を示す。管きょとメンテナンスのために人が出入りするためのマンホール、雨水調整池、ポンプ場を合わせて管路施設と呼ぶ。

4.    先進的な開発の迅速化を可能にしたICT人材の育成

 SkyScraperの話を初めて聞いた時、ソフトウェアサービス群が体系化され、かつ、それが情報の活用という観点から連携していることに大きな感銘を受けました。我が国では今回のコロナ対策で露見したように、個々のシステムがバラバラに開発され、有機的につながっていないことが多いからです。

 この連携を可能にしたのは、顧客である地方自治体の課題に寄り添い、その解決に必要なソフトウェアを開発するという姿勢です。システムが連携すると、一度入力したデータが他のシステムでも活用できる、データ解析結果を他のシステムからでも円滑に参照できるなど、顧客業務の効率性や利便性向上につながります。クラウド化など時代を少しだけ先取りする技術を積極的に取り入れたことで、これが容易に実現したのです。そして現在、同社は顧客の業務を抜本的に効率化し、分かりやすい形で提示するユーザ体験の向上を目的としたIoTやAI活用に力を入れています。

 この中心となっているのが自社で育てたICT人材です。上下水道業務に詳しい人材が初期段階からSkyScraperの開発に参画し、5年くらい苦労する中で開発力を身に付けたのです。現在は、彼らがコアメンバーとして開発チームを牽引しています。

 さらに、その開発スタイルも時代に適合したものを採用しています。IoTやAI活用を機動的に実現するにはアジャイル型開発注2が適しているのですが、同社は3年ほど前にウォーターフォール型開発注3からアジャイル型開発への移行を実現しています。自社人材の育成には、協力企業との円滑な連携も貢献しています。同社は、ソフトウェア開発に知見を有する企業をパートナーに選定し、その継続的な協力を仰ぐことにより短期間で自社の人材を育成したのです。

 IoTやAIなどの先進ICTを活用した同社のソフトウェアサービスは、SkyManholeの実用化や機械学習を活用した下水管の不具合箇所の絞り込み、雨水ポンプ場への流入水量の予測などを実現しています。自社人材が開発を主導することで、小回りがきく迅速な開発が実現しています。

 ICTを利用している我が国のユーザ企業の多くは、ソフトウェア開発をICT企業に委託していますが、NJSはこれが今後のコア業務に成長すると予測し、自社人材の育成に力を入れ、成功しています。このような取り組みの実施には、経営のリーダーシップが不可欠ですが、同社の場合は、システム開発を率いていた部長が経営者になり、これが実現しました。

 ユーザ企業がデジタル技術の活用により業務変革を実現するには、自社のソフトウェア開発力強化が欠かせません。NJSはこれを上手に実現しています。今後、強化された開発力をフルに活用し、SkyScraperの機能の一層の拡張・高度化と上下水道分野のデジタルトランスフォーメーションの一層の進展を期待したいと思います。

注2:アジャイルは「すばやい」「俊敏な」という意味。「アジャイル型開発」は、システムやソフトウェア開発手法の一つで、「要件定義→設計→開発→実装→テスト→運用」といった工程を機能単位の小さいサイクルで繰り返しながら開発を進める。開発途中で顧客要望などを取り入れ、仕様を追加・変更することが予想される開発案件に向いている。

注3:ウォーターフォール型開発とは、滝の水が上から下へ落ちるのと同じように、「企画→要件定義→設計→実装→テスト」と開発工程を区分し、それぞれの工程が終わってから次の工程に進み、前の工程には戻らない開発スタイル。最初から要件定義がきちんとできる開発案件に向いている。

 

《参考》

1.  SkyScraperソフトウェアサービス群のそれぞれの機能

 SkyScraperソフトウェアサービス群に属している個々のサービスの機能は次のとおりです。

表:SkyScraperソフトウェアサービスの名称と機能

ソフトウェアサービス名

サービスの機能

設備劣化診断(DA:Diagnosis & Analysis)

センサーを通じて取得した水処理設備の振動等の情報を用いて、設備の劣化状況を診断

画像解析(CV:Computer Vision)

調査用TVカメラ車、ドローンにより撮影された超広角カメラの映像を画像解析し、下水管路の劣化状況を高精度に診断

施設情報(FC:Facility DB)

施設関連情報(工事管理、設備管理、保守修繕、故障履歴、点検管理、運転管理、コスト等)の効率的な管理とアセットマネジメントの実現

管理情報(PL:Pipe Line DB)

管路施設の情報を地図上で一元管理し、業務の効率化や現場作業の支援、管路の劣化予測等による維持管理業務の効率化などを実現

機械学習(ML:Machine Learning)

雨量情報と処理場やポンプ場の流入水量、その他環境情報を収集し、機械学習による解析を行ない、雨天時浸入水の発生領域の絞り込みやポンプ場流入水量の監視を支援

運転監視(EM:Easy Monitor)

設備の状態をリアルタイムに遠方監視可能とするシステム。設備の運転状況の異常や施設への不正侵入があれば自動的に検知し、監視センターや点検員に通報

水位情報(RI:Rain Management Indicator)

管内の水位をリアルタイムに収集、提供し、効果的な浸水対策を支援。RM、MLとの連携により高度な浸水対策を支援

雨量情報(RM:Rain Management)

最新のXバンドレーダによる雨量データ、自治体の雨量観測データ、河川等の水位観測データ、雨水排除施設の運転データをリアルタイムに収集、集約、解析することにより、浸水対策を支援

企業会計(EA:Enterprise Accounting)

公営企業会計に必要な予算編成、予算執行、決算、決算統計に至るデータを一元管理し、経営の現状のリアルタイム把握、財務改善、料金設定、事業計画策定などを支援

料金徴収(BC:Billing & Collection)

料金徴収に必要な検針、適用される料金体系、請求収納対応、未納滞納対応などの業務や窓口業務をサポート

固定資産(FA:Fixed Assets)

資産情報のDB化による地方公営企業法に準拠した固定資産管理を実現

現場点検支援(FI:Field Inspection)

施設情報システムと連携し、現場での設備診断・日常点検等をタブレットで実現し、維持管理業務の高度化・効率化を支援

 

2.     SkyScraperソフトウェアサービス群の連携

 SkyScraperソフトウェアサービス群は、インターネット経由で地理情報システム(GIS:Geographic Information System)や地方自治体から出される警報・注意報の情報と連動しています。また、閉域網経由で収集する管路内水位やポンプ運転の情報など設備運転情報と連動しています。これらの情報は機能別に開発されているサービス群を通して管理され、必要な情報を必要な時に取り出せるようになっています。(図2参照)

 例えば、SkyScraper FCではSkyScraper DAの設備劣化診断情報、水位情報や雨量情報に応じた運転監視情報の体系的な管理活用により設備の状態に応じた予防保全を可能としています。SkyScraper CVで検知した下水管路の画像解析結果は、SkyScraper PLで他の情報と連携して分析され、劣化予測などの管路の見える化に貢献し、管路の総合的なマネジメントを可能にしています。

 

図2:SkyScraperソフトウェアサービス群の連携

図2:SkyScraperソフトウェアサービス群の連携

 

今回紹介した事例

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情報の一元管理とIoTによって 上下水道の経営管理から都市の災害対策まで実現する − NJSの「SkyScraper」

 当社は、1951年に日本で最初の「水と環境」のコンサルタントとして設立された。近年被害が拡大しているゲリラ豪雨では事前の予測が難しく、自治体は避難情報の発信が間に合わない事態が生じている。そこで当社は、コンサルティングで培ったノウハウを活用して、こうした課題やニーズに対応した、サービスを提供している。…続きを読む

 

 

 

 
 
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