ここに注目!IoT先進企業訪問記 第70回

図書館のDX化を推進する京セラコミュニケーションシステムの取り組み

1.はじめに

 京セラコミュニケーションシステム(KCCS、本社:京都市伏見区)の図書館関係のビジネスは、大手書店の丸善(現・丸善雄松堂)が設立した丸善システムインテグレーション株式会社に資本参加したことが源流となっています。今回は、AI蔵書管理サポートサービス「SHELF EYE」を中心に、KCCSの取り組みを紹介します。

 

2.きっかけは顧客の声

 KCCSの「SHELF EYE」の開発は、顧客である図書館の「蔵書点検って楽にならないかな?」という声から始まりました。蔵書点検は、図書館の「棚卸」作業のことです。年に1~2回、蔵書がなくなっていないか、実際にある場所と蔵書データの場所が一致しているかを点検するだけでなく、蔵書入替のために書庫内に移動する書架整理などを行います。

 具体的には、職員が携帯端末を持って蔵書につけてあるバーコードを1冊ずつ読み込みます。そして、読み込んだデータをコンピュータに登録している蔵書データと照合し、誤った場所に置かれている蔵書がないか、なくなった蔵書がないかを確認します。誤った場所に置かれた蔵書は所定の位置に戻します。所在が確認できない蔵書は、リスト化して探しだす作業に入ります。昔に比べると楽になったと言われますが、図書館を一定期間休館にし、アルバイトも使いながら職員総出で行うことが多い重労働なのです。

 

3.解決策は背表紙の写真

 この作業を軽減する従来の方法は、電波で情報をやりとりするICタグの導入でした。ICタグを利用すれば読み込み作業が迅速化します。しかしながら、この方法を導入している自治体図書館は多くはありません。ICタグリーダの導入費用や維持コストが高いからです。これに代わる方法としてKCCSが考え付いたのは、背表紙の写真を使いAIで本を特定する方法でした。

 具体的には、タブレット端末のカメラ機能で書架を撮影します。そして書架にある複数冊の本の背表紙画像をAIで解析し、一括して特定します。まとめて処理することで、蔵書点検作業を効率化するのです(図1参照)。しかも誤った場所に置かれている蔵書や貸出頻度が低い蔵書をタブレット上で簡単に特定することができるので、本を所定の位置に戻す作業や書架から外す作業も効率化されます。

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図1:SHELF EYEによる蔵書点検の概要
(出所:KCCS提供資料)

 

 公共図書館でのKCCS実証実験結果とKCCSの調べによると、その効果は次のようになっています。

  • 作業時間:バーコードスキャンと比べて、半分以下の時間で処理が完了
  • 導入コスト:IC機器に対して約50%程度削減が可能
 

 将来的には自動走行ロボットやドローンを使った点検作業により、さらなる効率化や日常的な蔵書点検の実施などの可能性も生まれます。

4.   苦労した背表紙画像のAI解析

 システムの開発にあたって、最初に挑戦したのはOCR注1による文字での判別でした。残念ながら精度が悪かったので、途中から画像解析のAI利用に切り替えています。この手法によってOCR以上の精度を確認できたため、その後はAI利用による精度向上を繰り返し、実用上問題ない認識精度を実現しています。

注1:印刷された文字や手書きの文字などをカメラやスキャナといった光学的手段でデータとして取り込み、それを解読(文字認識)することによって印刷された文字などをパソコンなどのコンピュータが利用できる文字(テキスト)データに変換する技術のこと。

 この精度向上に成功した要因の一つは、AIではありえない100%の認識精度を目指す戦略があったことです。100%に近づけるにはどう取り組めば良いか、試行錯誤を行ったのです。それから、KCCSの顧客である図書館の協力を得られたことも大きな要因です。図書館にある多くの蔵書を使って実証実験を繰り返したことが、精度向上に大きく貢献しています。

 実証実験を行った図書館からは「本が誤った棚に入っていないか棚違いを検出してほしい」「新刊本と入れ替えるため、貸出が少ない本をすぐ分かるようにしてほしい」などの要望もだされました。この要望にもしっかりと対応し、現場ニーズを踏まえたシステム開発を行ったのです。

 

5.   SHELF EYEと他のサービスとの連携

 SHELF EYEは蔵書点検の効率化だけでなく、他のサービスと連携することによる利用者サービスの高度化を視野に入れています。例えば、スマートグラスやスマートフォンを活用したAR注2により、借りたい本がある本棚まで利用者を誘導し、画面に目的の本を表示することができます(図2参照)。本を探す手間が大幅に軽減されるのです。

注2:Augmented Realityの略。日本語では「拡張現実」。スマートグラスやスマートフォンなどの画面上に利用者が見ている景色や本などの現実に加え、現実には存在しないデジタル情報を追加表示して現実を拡張します。この場合は、本がある場所を示す矢印や目的の本を赤い四角で囲むなどの情報を追加します。

図2:スマートグラスなどを活用したARによる誘導サービスのイメージ
(出所:KCCS提供資料)
 

 また、本のセルフ貸出にも対応できます。KCCSが提供しているセルフ貸出機とSHELF EYEと連携させることにより、利用者が借りたい本の背表紙を貸出機に向けて撮影するだけで、背表紙画像から本を一括で識別し、利用者自身で簡単に貸出処理を行えるようになります。このサービスは既に実運用されており、鹿児島市立天文館図書館では、セルフ貸出機が有効に活用されています。

 さらに、KCCSは公共図書館システムの仮想本棚機能の提供も開始しています。仮想本棚機能は、新着本など任意の本の背表紙画像をコンピュータ上の仮想本棚に並べるサービスです。図書館でも本屋でも、利用者は背表紙を見て本を選んでいます。図書館や本屋に行く時間がなかなか作れない方も、隙間時間を使って効率的に本を探すことができるようになると期待されます。

 

6.    図書館DXへの対応

 KCCSのホームページを見ると「公共図書館のDX推進に向けた取り組み」というページがあり、SHELF EYEもその一部に位置付けられています。同社は、図書館のさらなる業務改革に貢献することを考えているのです。

 日本図書館協会の「日本の図書館統計」を見ると、公共図書館注3の専任職員の数は2011年の11,759人から2021年の9,459人へと20%近くも減っています。また、若年層の図書館離れも深刻な課題です。現在の公共図書館は、高齢者を中心とした利用に偏っています。

注3:自治体が設置する「公立図書館」と法人等が設置する「私立図書館」を総称して「公共図書館」と呼んでいます。公立図書館は地域住民に図書館サービスを無料で提供する図書館で、日本では「図書館法」を根拠法として設置されます。

 このような状況を変えるには、欲しい情報にアクセスしたいという利用者の要望をかなえる場所、という図書館本来の役割に立ち返る必要があります。本や雑誌、新聞などの出版物に書かれている情報の多くは、残念ながらインターネット上では自由に見ることができません。オンラインの仕組みを上手に活用しながら、これを効果的に実現することが多様な年代の図書館利用を促進する鍵となるでしょう。そしてこれを実現するには、レファレンスサービス注4、専門的資料の提供、調査研究の支援など専門サービスの充実が必要となります。

注4:何らかの情報あるいは資料を求めている図書館利用者に対して図書館職員が相談に乗り、専門的な知見を活かし求められている情報あるいは関連する資料などを提供、あるいは提示することによって支援するサービス

 図書館の専任職員が減少する中でこれらのサービスを充実するには、蔵書を探したり、貸し出したり、点検したりという図書館の定型業務をさらに自動化し、余力を生み出す必要があります。機械でできる業務は機械に委ね、人は本来の知的能力を活用する業務や機械が苦手とする複雑な肉体労働に特化するのです。この実現に必要なのは、現実の図書館での体験をサイバー世界で可能とするデジタルツインの構築を基盤とする図書館のDX化だと思います。今後、KCCSのDX推進のシステムやサービスがさらに進化し、ビジネスマンや若年層にも頼りにされる図書館の変貌を支援することにつながることを期待したいと思います。

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今回紹介した事例

本の背表紙画像をAIで解析し、図書館の蔵書点検を効率化~京セラコミュニケーションシステム~

蔵書点検は図書館の重要な業務のひとつであるが、職員総出で数万冊におよぶ蔵書をバーコードで1冊ずつ読み取る作業は図書館運営の大きな負担になっている。そうした中、当社は、ICT技術を活用して蔵書点検業務の効率化を支援すべく、本の背表紙画像をAIで解析して蔵書点検をサポートするAI蔵書管理サポートサービス「SHELF EYE」を提供している。…続きを読む

 
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