本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。
今回は、小中高生向けにAI(人工知能)を使ったウェブベースの学習教材を開発し、塾や予備校などに提供しているatama plus株式会社(本社:東京都港区)の取り組みを紹介します。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記(57)】
時代に合った教育を創る-atama plusの挑戦
1. 塾・予備校に急速に広がる「atama+」
「atama+」は、AIを使ったウェブベースの学習教材の名称です。教材の対象者と対応科目は、表に示すとおりです。塾や予備校のニーズに合わせて高校生向けの数学から提供を始めて、対応教科を増やしています。さらに、中学生・小学生向けと提供範囲を拡大しています。
この教材の利用が、現在、急速に広がっています。全国トップ100の塾・予備校の3割が採用し、2021年9月末現在で2600以上の教室が導入しています(図1参照)。
表:atama+教材の対象者と対応科目
小学生 | 算数 | ||||
中学生 | 英語 | 数学 | 理科 | 社会 | |
高校生 | 英語 | 数学 | 物理 | 化学 | 生物 |
図1 atama+の導入教室数の推移(atama plus提供)
2. 塾や予備校の個別指導化、オンライン化の流れに乗ったatama+
塾や予備校では、対応が遅れる公教育を尻目に、対面授業とオンライン授業を組み合わせるハイブリッド授業を取り入れ、いち早くコロナ禍に対応しています。また、学習者を個別に指導して、学力を伸ばすという個別指導化の流れはコロナ禍の前から顕在化していましたが、これがオンライン授業の進展で一気に加速しています。このような塾や予備校のデジタル変革が進む中で、導入が進んだのがatama+を始めとするウェブベースの学習教材だったのです。
これらの導入は、経営的にもありがたいことでした。個別指導化の流れの中で先生不足が顕在化し、給与水準が上がったことで採算が悪化していたからです。教科や学習者のレベルにもよる違いはありますが、個別指導の場合、一人の先生が対応できる学習者はせいぜい数人です。それがウェブ教材導入により、十数名の学習者に対応できるようになったのです。
株式を公開している大手塾や予備校の最新のIR資料を読むと、業績はどこもコロナ禍による落ち込みから急速に回復し、好調です。中には夏期講習会で過去最高の受講者を集めたというところもあります。好調の原因の一つは、コロナ禍や文部科学省のGIGAスクール構想に対応したオンライン授業に迅速に対応できたことですが、そのデジタル変革を支えたのがウェブ教材だったのです。
3. atama+の特徴
3.1 教育のマス・パーソナライゼーションの実現
atama+では、学習者の単元注ごとの得意/不得意、つまずき、集中状態、忘却度などのデータを収集・分析し、個々の学習者ごとに最適と考えられる「専用のカリキュラム」を作成し、提供しています。ポイントは、分析の粒度を単元という細かな単位で捉え、AIが学習履歴データから理解が不十分な単元を発見し、それを克服する教材を自動的に選択して提供していることです。
例えば、2次方程式は図2に示すように80ぐらいの単元が関連しています。atama+ではAIが2次方程式の理解度が不十分と判断すると、関連する単元の問題を学習者に提示し解答させることで、関連する単元の理解度を把握します。そして、関連する単元の解答状況で、素因数分解、多項式の除法・乗法、約分などの理解が不十分だと判断すると、これらの単元に戻って講義や演習、復習を行い、2次方程式を理解する上で必要な単元の理解を進めます。
atama+では、このような形で単元間の相関に基づき、学習者の理解度が低いつまずきの元となる単元を自動的に発見し、その部分を理解させるために個々の学習者に最適と考えられるプランや教材を提供するのです。つまり「教育のパーソナライゼーション(個別最適化)」を実現しているのです。
もちろん、このような個別最適化は、個々の学習者に優秀な先生が張り付いて教えることでも実現可能です。でもこれには大きなコストを要します。しかも、先生の能力により結果に差が出ます。AIを使うことにより、atama+はこの個別最適化をマスレベルで、しかも低コストなのに高い品質で実現することに成功したのです。
注:学習内容の区分として一定のまとまりをもっているものを指す。例えば、高校数学Ⅰの「数と式」の単元としては、2次式の因数分解、因数分解(たすき掛け)、因数分解の工夫など30程度の単元がある。
図2 2次方程式に関連する単元(atama plus提供)
3.2 学習プロセスの把握による的確なタイミングでの支援
今までの先生が教える授業でのデータ活用は、テスト結果の活用がメインでした。これに対し、ウェブ学習教材を利用する授業では学習プロセスのデータをリアルタイムで把握し、活用することが可能になります。どの部分をどれくらいかけて勉強したのか、どこでつまずいているのかなどのデータです。
atama+は、このデータを教育のマス・パーソナライゼーションに使うだけでなく、適切なタイミングで支援することにも使っています。先生向けの「atama+ COACH」では、いつ、どんな声がけをすると効果的かをアラートとして先生に通知し、学習者へのコーチングの内容を提案しています。
例えば、学習者が不正解だった問題の解法解説を良く読んでいないとAIが判断したら、そのことを先生に通知します。先生が「ちゃんと読もうね」と声がけすると、学習者は気を取り直して読むので理解が進むのだそうです。また、あと少しで単元が終わりそうな時に、先生から「もうちょっとだね」と声がけすると頑張ってくれるのだそうです。
4. AI教材によって変わる先生の役割
atama+では理解度を診断した後、理解度に合わせたカリキュラムを提案し、学習者は講義動画を見たり、AIが提示する問題を解いたりします。先生の代わりにAIが学習の進捗状況や学習姿勢をリアルタイムで解析し、教科の理解に必要な講義、演習、復習などの教材を的確な順番で提示します。一見、先生は必要ないように感じられますが、実はそうではないそうです。AI教材がその効果を十二分に発揮するには、先生達がその導入に賛成し、かつ、AIの機能を理解した上で必要な役割を果たすことが不可欠だそうです。
実は、教材を与えるだけで先生の介入がない状態で放っておくと、大半の子供は学習を継続することができません。特に、小中学生は、周りも頑張っていると認識することが勉強を続けるモチベーションになります。また、ときどきほめてあげること、それから適切なタイミングで声がけすることも不可欠です。人と人の関係が生み出すリアルな場の雰囲気や人の気持ち、さらにはその場の雰囲気に即した的確なコミュニケーションが学習意欲に大きな影響を与えるのです。
もちろん、AIの利用で先生の役割は大きく変わります。今までの個別指導では、カリキュラムを作ること、教えること、学習を管理し学習者にモチベーションを与えること、これらのすべてが先生の役割でした。AI導入後は、カリキュラム作りと教えることはAIの役割となります。先生の役割は、学習を管理し学習者にモチベーションを与えることがメインになります。先生の役割が「教える」から「学習を支援する」に変わるのです。
この役割変更は、一部の塾や予備校では経験済みです。90年代に行われたビデオ授業でも同じようなことが起こったからです。リアルな場で大きな効果をあげている人気講師のビデオ授業は、必ずしも効果的ではないことが実証されています。学習を支援する先生が身近にいないと、学習効果があがらないケースが多いことが既に理解されていたのです。
5. AI教材導入の先を考えているatama plus
atama plusの挑戦は、AI教材の導入で終わりではありません。同社がめざしているのは、教育を新しくすることです。昔ながらの黒板を背にした先生の話を、学習者が黙々と聞くという150年前と変わらない教育風景を刷新したいのです。具体的には、atama+で「基礎学力」の習得にかかる時間を短くし、それで浮いた時間をコミュニケーション、プレゼンテーション、ディスカッションなどの「社会でいきる力」を養うことに使うことを考えています。(図3参照)
「21世紀に必要なスキルは何か」ということがいろいろなところで議論されています。①問題を発見し、それを解決するというイノベーションに不可欠なスキル、②さまざまな情報がネットで流通し情報収集が飛躍的に容易になった時代背景を前提に、新しい知識を効率的・効果的に学ぶスキル、③チームで仕事するケースが増大したことを受けたコミュニケーションやコラボレーション(チームワーク)のスキルなどです。
実はこの21世紀に必要なスキルは、生徒や学生だけに求められるものではありません。ビジネスマン、そして社会人に求められる基礎的な素養でもあります。同社の次の挑戦が誰を対象に、また、どのようなスキルを対象にするのか、期待しながら待ちたいと思います。
図3 atama plusがめざす、新しい教育のイメージ(atama plus提供)
今回紹介した事例
AI×人のベストミックスで教育を新しく「atama +」
日本では教育現場に求められることが多く、日々変化する社会に対応できる教育を行うには時間がたりない。atama+では、教育において人でしか担えない部分「以外」をAIが担当し、一人ひとりに合った効果的な学習方法を追求する。人とAIがそれぞれの得意分野で生徒に向き合い、教育を取り巻く課題の解決に取り組んでいる。…続きを読む
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