本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、日本電気株式会社(NEC)(本社:東京都港区)の5GやAIを活用した社会価値創造への挑戦を取り上げます。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(50)

社会課題から5G・AIの活用を考える-NECの遠隔型自動運転バス支援の取り組み

1.自動運転バスの公道実証

 群馬県前橋市は、5Gの活用に熱心な自治体の一つです。2019年11月から産学官で形成する「前橋市・5G利活用検討協議会」を中心に、多くの地方都市が抱えている教育環境の維持と高度化、交通インフラの存続、救急医療の充実などの課題を5Gの活用で解決し、その解決策を他でも活用するためにさまざまな取り組みを行っています。

 この中で交通インフラの存続に関しては、管制室からの遠隔操縦・遠隔監視による遠隔型自動運転バスの社会実装に取り組んでいます(写真1、2参照)。今回実施した自動運転バスに乗客を乗せ運賃を徴収する形での公道実証では、ドライバーが運転席に座っているものの通常の走行は車両が自律的に行い、異常を検知した際は管制室の監視者が遠隔制御で車両を停止する仕組みを構築しています。これによって安心安全な運行を実現すると同時に、将来的には管制室から一人で複数台のバスを運行できるようになります。ドライバー不足や赤字になりやすいバス路線の維持コストの問題を解決し、持続的な地域交通を実現することが狙いです。

 写真1:公道を走行中の自動運転バス
(前橋市自動運転バス公道実証コンソーシアム提供)

 

  写真2:管制室における遠隔監視の状況
(前橋市自動運転バス公道実証コンソーシアム提供)
 

2. 自動運転の課題は危険な状況の迅速な判定

 運転手による運転においても、事故を防止するためにさまざまな状況の把握が求められます。このため見通しの悪い区間・地点では、他の車両や歩行者を確認できるようにカーブミラーが設置されています。自動運転の場合、このカーブミラーに相当するのが路側に設置するカメラです。

 実証実験では、混雑が発生するターミナルや交差点などに路側カメラを設置し、車両から見えない死角の映像を車両や遠隔管制室に送信し、その状況を把握しています。もちろん遠隔管制室には、車両に設置したカメラからの映像も送信しています。

 解像度が高い映像をコマ落ちなしに少ない遅延でほぼリアルタイムに送信できれば、より遠くの人や障害物を迅速に検知できるようになり、自動運転の安全性が向上します。しかしながら、移動に伴い電波状態は時々刻々変化し、解像度が高い映像を安定的に送信するのは簡単ではありません。この課題の解決に5GとAIの出番があったのです。
 

3.5G・AI活用ソリューションが果たした役割

 5Gでは4Gよりも高速の通信が可能になります。実証ではこれで自動運転の監視範囲の拡大や映像のクリア化を実現しています。従来の4Gでは解像度がXGA(1024×768ピクセル注1)の映像伝送でしたが、今回の実証では5Gにより解像度がフルHD(1920×1080ピクセル)の映像伝送に成功しています。これによって、車両からの映像を遠隔監視する際の識別限界距離が、従来の45mから100mに拡大しています。監視できる範囲が広がったことで、より早い状況判断が可能になりました。一方、路側カメラでは死角の映像をよりクリアな形で見ることができるようになりました。

 また、緊急停止などの判断を迅速に行うため、遠隔地にあるクラウドではなく路側に設置したAI処理装置によって危険な状況を自動検知・判定しています。路側カメラの映像をAIが解析し、例えば「交差点で側面から近づいてくる走行車両があり、このまま双方が走行すると衝突する」と判定して自動運転車両に停止指示を出すのです。路側カメラで映像情報を取得してから車両へ停止を指示するまでの目標時間は0.4秒。人の認知による停止操作の時間より短い値を設定しましたが、実証ではこの目標を達成しています。ただし、公道で衝突を検知する実証は危険を伴うため、この実証は試験路のみで行っています注2

 一方、刻々と変化する電波状況の中で解像度が高い映像を安定的に送信することも大きな課題でした。電波状況が悪いと伝送速度が低下し、映像にノイズや伝送遅延が発生するため、これによって危険な状態の判定が遅れる可能性があるからです。これを解決したのもAIでした。車両位置ごとのきめ細かな通信品質の変動履歴のデータを蓄積し、場所による通信品質の変動パターンをAIで予測できるようにしたのです。あわせてAIで対向車や信号などの監視上注目すべき領域と建物などの重要でない領域を見分け、注目すべき領域を優先して伝送することにしたのです。これによって、映像伝送に必要な情報量を1/10程度に削減し、電波状況が悪い場所でも解像度が高い映像を安定的に送信することができるようになりました。

注1:ピクセルとは、デジタル画像などを構成する最小単位である色のついた微細な点を意味する。例えば、1024×768ピクセルの画像は、横1024個、縦768個の点を並べて表現されている。

注2:前橋市の実証は試験路のみで行っているが、別途行っている沼津市での実証は、路側カメラ映像を同様にAI解析し、路上駐車や障害物など、リアルタイムな道路情報の見える化を公道で実施。
 

4.ソリューション指向に変化したNECの開発

 NECは、2018年1月に発表した「2020中期経営計画」で社会価値創造型企業への変革を掲げています。AI、IoT・ネットワーク、セキュリティなど、同社が競争優位性を有する技術をベースに、社会課題を解決するソリューションを提供することで成長を実現しようとしているのです。

 このため、遠隔型自動運転用のソリューション開発では、課題の発見からスタートしています。研究所で創出したアイデアと自動車メーカのニーズを踏まえ、事業部も交えさまざまなユースケースを議論し、課題を抽出しています。この結果分かったのは、車両からの映像を管制室に送信する、あるいは路側カメラの映像を車両や管制室に送信するアップリンクに課題があることでした。解像度が高い映像を安定的に伝送することが困難だったのです。この課題を解決するために、3章で説明した5GとAIを活用するソリューションを開発したのです。

 2019年10月にシンガポールで開催された第26回ITS世界会議にこの映像を安定的に送信するソリューションを出展したところ、幸いなことに、世界の自動車メーカや部品サプライヤ、通信事業者から注目され、多くの問合せがあったそうです。刻々と変化する電波状況を時系列的にとらえ通信状態を予測することに関しては多くの研究開発が行われていますが、モビリティ分野のユースケースを考えると時系列変化ではなく、位置の変化こそが通信状態を変動させる主要因と考えた点が、今までにないソリューション開発につながったのです。
 

5.遠隔型自動運転バスの社会実装に向けて

 人工知能が運転を行う完全自動運転は、想像以上に実現が難しいことが分かってきています。このため、現在では一定の条件を設けた上での自動運転や限定された地域での自動運転などの検討が始まっています。例えば、高速道路などの特定の場所での自動運転です。欧州では、これを推進するため自動運転が可能な道路と、合流地点などの自動運転が可能でない道路を電子地図上で管理し、車両からの情報により例えば事故などで道路上に障害物が発生した場合は、電子地図を素早く更新し自動運転が可能でない道路に差し替える技術を開発しています。

 前橋市の遠隔型自動運転バスに関しては、2022年度の社会実装を目標として取り組んでいます(図参照)。2018年度の全国発の公道実証に始まり、2019年度の2台同時運行による遠隔監視、そして今回の「前橋市自動運転バス公道実証コンソーシアム注3」による5G・AIを活用した公道実証の課題解決へとステップを踏んできています。今回の実証によって、自動運転ルートに沢山ある街路樹が電波伝搬の遮蔽物となる可能性が判明しています。街路樹の葉が繁ると、突然に電波伝搬が遮られる可能性があるのです。また、社会実装の際には、路側カメラなどの設置やAIソリューションの提供など、社会インフラコストをどうまかなうかについても検討が必要となります。

 社会課題の解決に向けては、社会コンセンサスの形成という大きな課題がありますが、これからの高齢化社会の進展や働き手不足社会の到来を考えると、遠隔型自動運転バスの社会実装は必須だと考えられます。関係者の熱意とソリューションの社会実装の進展により、遠隔型自動運転バスの社会実装が実現することを心から期待したいと思います。

注3:ICTまちづくり共通プラットフォーム推進機構が全体統括や事務局を担当し、前橋5Gの自動運転連携に関する技術分析評価およびその実装と横展開に関する検討を担当する群馬大学、5G対応型遠隔管制システムや5G対応型自動運転システムの提供を担当する日本モビリティ、それに技術統括、ローカル5G基地局・エッジコンピューティング・通信安定化技術の提供、他地域実証推進を担当する日本電気が参画している。
 

  図:前橋市の遠隔型自動運転バスの社会実装に向けたステップ
(前橋市自動運転バス公道実証コンソーシアム提供)

今回紹介した事例

シャープ

NECの5Gを用いた社会価値創造への挑戦 - 産学地域連携による自動運転バスの公道実証

免許を持たない高齢者や若年者の移動は、公共交通インフラなどに頼らざるを得ない。路線バスの利用率が低い中で路線バスの振興施策やドライバー不足への対応が急務となっている。前橋市は、5Gを活用した自動運転が路線バスの課題解決につながることに早くから着目し、自動運転の実現に取り組んでいた。またNECは、2019年から自動運転の研究を行っている群馬大学と通信の領域で産学連携を進めていた。…続きを読む

 

 

 
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