本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、人の出入管理システムの専門・専業メーカーの株式会社アート(本社:東京都品川区)の取り組みについて紹介します。同社は、出入管理システム市場の破壊的イノベーションの可能性にいち早く気付き、ICT企業の傘下入りで手に入れたソフト開発力で新市場の開拓に挑戦しています。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(36)

場所やモノのアクセス管理で新しい市場を創る-アートのIoTプラットフォーム「ALLEGATE(アリゲイト)」

1.スマートフォンとクラウドの活用による出入管理システムのイノベーション

 1976年創業の株式会社アートは、オフィスビルやマンションの出入り口やドアなどのロックとその管理方法に早くから着目し、ICカードやバイオメトリクスなどの先進情報通信技術を取り入れ、防犯性や信頼性の高い出入管理システムを提供しています。そして「出入管理市場」でトップシェアを獲得しています。

 この出入管理システムの分野で、現在、大きなイノベーションが起きています。従来のシステムでは、金属製の鍵やICカードなど物理的な媒体がアクセス手段となっており、アクセス権限を柔軟に変更するのが困難でした。また、アクセス権限の停止については、物理的な媒体を回収することが基本でした。

 これに対し、新しい出入管理システムではスマートフォンにアプリをインストールし、これを鍵として使います。スマートフォンをロックや鍵に近づけると、アクセス権限の有無を通信回線でリアルタイムに確認し、開錠の是非を判断します(図1参照)。アクセス権限はクラウド上で設定するので、一時的な出入を認める、時間帯を指定して出入を認めるなどの柔軟な対応が可能になります。しかもクラウド上に出入りのログを残すことができます。もちろん、スマートフォンを持たないユーザーもいるので、これに対応するため通信機能付きのロックを準備するなどICカードを鍵として使い、ロック側に通信機能を持たせることでアクセス権限の有無を確認できるようにもしています。

図1:ALLEGATEを使ったアクセスコントロールの仕組み

 

2.アクセスコントロール・プラットフォームの展開

 スマートフォンを活用し、ロックや鍵をクラウドと連動させるスマートロックサービスは、ベンチャー企業がはじめに提供したものですが、同社はこれに一工夫を加えています。それは、出入管理だけではなく、アクセスコントロール全般に関するニーズを取り込んだことです。このため、同社のサービスである「ALLIGATE(アリゲイト)」は、出入管理プラットフォームではなく、アクセスコントロール・プラットフォームとうたっています。

 最近、特定の場所へのアクセスを自動化したい、さらには、その場所やモノへのアクセス履歴を残したいというニーズが急速に高まっています。駐車場ゲートやエレベータはもちろんですが、最近ではマンションでも鍵の代わりにICカードやスマートフォンを利用したスマートロック方式で、エントランスの自動扉を開けるシステムが拡がっています。照明、空調、プリンタ、それから金庫やロッカーなどでもスマートフォンやICカードでアクセスをコントロールし、利用履歴を残す仕組みが次第に拡がっています。会議室でWi-Fiルーターを使う際にも事前許可が求められ、同様のコントロールで利用をスタートするようになっています。同社はスマートフォンやICカードを使って動かすもの、許可された時間に許可された人しか使用できない領域の拡がりを見通して、プラットフォームを開発したのです。

 プラットフォームの利点はいろいろあります。まずはアクセス管理が一元化されます。また、アクセス権限を自在に設定することができます。例えば、一時的なアクセスを管理画面からの操作で柔軟に認めることが可能になります。企業では、新規採用者や退職者のさまざまな場所や設備へのアクセス権限の開始や停止を一括して行うことも可能です。さらには、アクセス履歴から不審な行動を抽出することが可能になります。

 

3.クラウドAPIを活用した他のサービスとの連携

 クラウド型のプラットフォームの利点は、他のサービスとの連携が容易なことです。この利点を活かすため、同社は、クラウドサービスのAPI(Application Programming Interface)を活用し、さまざまなサービスとの連携を進めています。例えば、社員の勤怠管理システムと連携し、ALLIGATEでの入室・退室のログを勤怠打刻データとして利用できるようにしています(図2参照)。あるいは、駐車場予約サービスと連携し、駐車予約をした車に対する駐車場ゲートの自動開閉とスマホ決済を可能としています。また、交通系ICカードの精算システムと連携することで、ALLIGATEのカードリーダーに交通系ICカードをかざすことで交通費の精算もできるようにしています。

 これらは、さまざまなサービスやシステムで使われている識別符号(ID)をプラットフォーム上で紐づけることにより連携を可能にしているのです。今後もさまざまなサービスやシステムのIDを紐づけ、ログを共有することによりプラットフォームの成長が期待できます。

図2:扉などの施錠・解錠ログデータと勤怠管理システムTeamSpiritとの連携

 

4.新市場創出の鍵は新たな料金体系の導入

 同社は料金体系も大胆に変更しています。従来のアクセスコントロールでは、数十万円という高額な初期費用が必要でした。現場を見て適切なロックと鍵を検討し、取付工事、場合によっては配線工事も必要だったからです。また、アクセスコントロール用の管理サーバーや管理用パソコンなどの購入・保守も必要でした。

 同社はこの初期導入費用を0円とし、代わりに1万円程度からの月額費用のみでアクセスコントロールシステムを導入できる仕組みを作りました。月額課金のサブスクリプション方式というサービスモデルを導入したのです。これを可能とするため、取付けを自前でできるロックを開発し、通信回線にはモバイルを使い配線工事を不要とし、導入コストを抑えています。

 コストを安く抑えることによって、新しい市場が生まれます。でも、社内ではビジネスの基本となっていた初期導入費用を無料化することにためらいや反対があったそうです。初期導入費用で利益を出し、人を雇用するという今までのビジネスモデルを、この新しい仕組みが破壊する可能性があったからです。出入管理システムの工事をしている人からは、「自分たちの仕事をなくすのか」と非難されたそうです。

 このため、従来の出入管理システムでは、今までの初期導入費用で経費を回収するやり方を継続し、月額課金で経費を回収するやり方を適用するのはALLEGATEのみとなっています。そして新しい市場の開拓については、従来の物理鍵をALLIGATEに置き換えて安全性や効率性・利便性を高めたいというホテルや駐車場、企業オフィスなどの顧客を中心にしているそうです。

 物理鍵をスマートロックに置き換えたいという需要は、意外なところで顕在化しているそうです。それは公共系、インフラ系です。物理鍵の場合は鍵を持っている人がいないと鍵を開けることができません。ALLIGATEの場合はスマートフォンで開錠することができるので、必要な場合には、クラウド経由で工事をする人や近くにいる担当者のスマートフォンに一時的なアクセス権限を与え開錠することができるのです。携帯電話の基地局や変電所などの扉の鍵のスマートロック化、普段は使っていない避難用の通路や建物の鍵のスマートロック化など、着実に用途開拓が進んでいるそうです。

 

5.M&Aにより実現したALLIGATE

 ALLIGATEの開発を可能にしたのは、アート社が2017年1月に株式会社アイ・エス・ビー(本社:東京都品川区)のグループ会社になったことです。アイ・エス・ビー社はモバイルコンピューティングシステムサービスを中心に、流通・製造、金融、医療・介護、官公庁・自治体、放送、アウトソーシングなど、各分野で培ったコア技術とサービス・ノウハウを融合した統合ソリューションを提供する会社であり、ALLIGATEのようなプラットフォーム構築は得意とするところです。

 出入管理システムというモノづくりだけでは生き残りは難しい、しかしIoTプラットフォームの構築にはソフトの内製化が必要で、ソフト開発ができる会社と組むことが必須ということで傘下入りしたのだそうです。傘下入りの成果は、2017年11月に発売されたALLIGATEでした。アート社の出入管理システムに関する仕組みづくりのノウハウとアイ・エス・ビー社のモバイル技術、ソフト開発力を組み合わせ、半年あまりで開発に成功しています。

 アート社は開発だけでなく、その利用を促進するため特許戦略も進めていました。2014年にクラウドとスマホを利用したシステムの特許を出願していましたが、2018年4月に取得することができました。その内容はまさに今、世の中に普及が始まっているスマートロックの基本的な技術であり、利用する企業が安心して使う裏付けにもなっています。

 

6. 期待されるNo.1企業のビジネス変革の成功

 最近は、リアルの世界で動いているモノやサービスとサイバー世界のソリューションを上手に組み合わせることがIoT導入の価値の一つであるということが次第に認識され、この実現のため、2019年4月にタイヤ大手のブリヂストンが車両の移動データを管理するオランダのトム・トム・テレマティクスを買収したように、ICTを本業としない企業がICT企業を買収する例が世界的に増えています。アート社の場合はこれとは逆に、ICT企業の傘下入りすることで組み合わせを実現したのです。

 既存のビジネスモデルで成功した企業は、これを破壊する新しいサービスの導入には消極的であるのが通例です。この対応遅れが原因で、いつの間にか市場から退出せざるを得ない状況に追い込まれることが多いものです。これに対し、アート社は果敢にイノベーションに挑戦しています。IoTプラットフォームALLEGATEが順調に成長し、No.1企業のビジネス変革の成功例となることを期待したいと思います。

 

今回紹介した事例

スマートフォンをモノや場所のアクセスコントロールツールに変えるアートのIoTプラットフォーム「ALLIGATE」

アクセスコントロールの初期の仕組みが物理的な鍵の使用である。物理錠では鍵の管理者がいないと扉を開けることができないという課題があった。次に登場した電子錠は、個々の装置でID更新管理をしなければならないのが課題であった。そこで、スマートフォンとIoT、クラウドを活用し、鍵の受け渡しをクラウド上で行うことによってこの課題を解決することを考えた。 ...続きを読む

 

 

 

 
 
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