本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、「社会における孤独化の要因となる移動、対話、役割などの課題をロボットなどのテクノロジーで解決する」ことを目指すベンチャーの株式会社オリィ研究所(本社:東京都港区)の分身ロボットOriHimeを取り上げます。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記(31)】
エクストリーム・ユーザーから考える-オリィ研究所のOriHime
1. 社会参加のツールとしての分身ロボット
オリィ研究所のOriHimeは、身長21.5cmのヒト型分身ロボットです(写真1参照)。OriHimeを職場や教室に設置すると、内蔵のカメラやマイクを通して置かれた場所の状況を常に把握でき、必要な会話もできます。また、インターネット経由でパソコンからの遠隔操作が可能なので、例えば職場や教室から呼びかけがあった場合、腕を振るなどのジェスチャーで答えることができます(はい、うんうん、いいえ、などのジェスチャーがあらかじめ登録されています)。
写真1:ヒト型分身ロボットOriHimeの外観
子育てや介護などに時間をとられ、職場に常時出勤することが困難なビジネスパーソンや、病気やけがなどで学校に通えない子どもは、この分身ロボットによって職場や学校との関わりを持ち続けることが可能になります。また、職場や教室の仲間も分身ロボットを通してその利用者の存在を意識するので、コミュニケーションギャップの解消にも大いに貢献できると考えられます。テレワークなどでOriHimeを体験した方からは、「簡単にコミュニケーションが可能」「会議の際にロボットの動きがあるので、利用者がその場にいるような存在感がある」などと好評です。
2. 創業者の体験がOriHime開発の原動力
OriHimeの開発は、オリィ研究所の吉藤代表の不登校体験が原動力となっています。吉藤代表は小学校から中学にかけての3年半、ストレスと自宅療養で不登校となり、ほとんど学校に通うことができなかったそうです。幸いなことに、彼の場合は親友や両親、先生らの懸命なサポートにより中学2年のタイミングで学校に復帰することができたそうですが、その時の体験から「ベッドの上にいながら、会いたい人と会い、社会に参加できる未来の実現」を理念に開発を進めているそうです。
人は自分が所属する社会と隔離された場所に長くいると、孤独を感じるようになります。病気で寝ている場合などは、「もう元の健康な体には戻れないのではないか」などネガティブな考えが支配的になると、普段と比べ外部からのインプット情報が大幅に少なくなっている状況と相まって、それから抜け出すのに苦労します。分身ロボットは、この孤独感を緩和するコミュニケーションを可能にするのです。
3.エクストリーム・ユーザーから利用シーンを考える
OriHimeが誕生したのは2010年です。興味深いのは開拓した利用シーンです。NTT東のように在宅、遠隔オフィスを使用したテレワーク用に使っているケースもありますが、いくつかの利用シーンでは、デザイン思考でイノベーションのヒントになることが多いと言われている「エクストリーム・ユーザー」を対象にしているのです。
エクストリーム(extreme)は「極端な」を意味します。デザイン思考では、
① 極端な行動パターン
② 極端な問題意識やこだわり
③ 極端な環境
を抱えているユーザーのことを指します。平均的なユーザーから得られる気付きとは質的に全く異なる気付きが得られ、それがほとんどの人たちが気付いていない潜在的な問題をあぶり出し、イノベーションにつながる可能性を高めると言われています。
OriHimeの利用シーンでは次の事例がこれに該当します。
① 運動神経系が少しずつ老化し使いにくくなる病気である筋委縮性側索硬化症(ALS)の患者と関係者の集まりである一般社団法人日本ALS協会の総会に、病状などで実際に参加できない全国各地の患者4名がOriHimeで遠隔参加。
② 病気療養児に対する教育の機会を確保するために開設された成育医療研究センター内東京都立光明特別支援学校の「そよ風分教室」で、入院している生徒がOriHimeを利用し、ベッドサイドから分教室の授業に出席。 通常の授業だけでなく、生徒主体の発表会である「そよ風ライブ」での発表や、移動水族館の見学イベントにもOriHimeを通して参加。
③ 不登校や不登校を経験した子どもたちに教育の機会を与えるために、NPO法人東京シューレが母体となって設立した学校法人東京シューレ学園で、不登校生徒の学校見学や授業やイベントの参加にOriHimeを利用。対面で人と会うことにストレスを感じる場合でも、OriHime経由ならば授業やイベントに参加できる生徒もおり、中にはOriHimeで友達ができたことがきっかけとなり、最終的にはOriHime利用者本人が学校に復帰したケースもある。
4.発見した価値は「社会参加」と「孤独からの脱出」
オリィ研究所が発見したOriHimeの価値は、「社会参加」と「孤独からの脱出」です。まさに、社会参加できない辛さとその結果生ずる孤独を自ら体験した吉藤代表だからこそ発見できた価値です。同研究所は孤独を「自分が誰からも必要とされていないと感じ、辛さや苦しさに苛まれる状態」と定義しています。私たちは、普段何気なく行っている移動(=外に出かける)、対話(=意思疎通を行う)、役割(=仕事をする)などで社会参加していますが、それが何らかの理由で困難になることで、社会へのアクセスが閉ざされ、自分に無力さを感じ、人を避けるようになるという悪循環に陥ってしまいます。同研究所は、その社会への帰属感の喪失こそが孤独の原因だと考えているのです。そして、社会参加が難しい人たちにその機会を与えるテクノロジーの一つがOriHimeだと考えているのです。
5.思った以上に深刻な「社会参加」の問題
「社会参加」の問題は、私たちに身近で深刻な問題となっています。いまや小中学生、若者、中高年とあらゆる年代にまたがる問題となっています。
小中学生では不登校の問題が深刻です。2014年度の小中学校の不登校児童生徒数は12万人を超え注1、在学者の1.2%にのぼっています。若者や中高年では、ひきこもりの問題が深刻です。「広義のひきこもり群注2」の推計者数は15歳から39歳までの若年層では54万人注3、40歳から64歳までの中高年では61万人を超え注4、15歳から64歳までの人口の約1.5%になっています。
不登校やひきこもり以外にも、一人暮らしの高齢者や、障害などで移動する際に困難を伴う方々など、社会参加に問題を生じる可能性がある方々の母数は着実に増えています。不登校やひきこもりという形で顕在化している「社会参加」の問題とその結果として生ずる「孤独」の解消は、現代日本がその解決に向けて挑戦しなければならない大きな社会問題なのです。
注1:文部科学省 不登校に関する調査研究協力者会議「不登校児童生徒への支援に関する最終報告」(2016年7月)
注2:内閣府の「若者の生活に関する調査報告」「生活状況に関する調査報告」では、6ヶ月以上連続して「自室からほとんど出ない」「自室からは出るが、家からは出ない」「近所のコンビニには出かける」「趣味の用事のときだけ外出する」と回答した者を「広義のひきこもり群」としている
注3:内閣府「若者の生活に関する調査報告」(2016年9月)
注4:内閣府「生活状況に関する調査報告」(2019年3月)
6.OriHimeの普及に必要な「インクルージョン」という考え方
最近、「インクルージョン」という用語が、人事部門を中心に意識されるようになりました。さまざまな違いを持つ人材を組織として受容し、その違いを強みと捉え、ビジネスに展開することで、個人と組織のパフォーマンスを最大化しようという考え方です。ここで言う「違い」は、国籍、人種、性別、年齢、障害の有無だけでなく価値観や考え方を含む幅広いものです。
このインクルージョンという考え方が強く求められている背景には、急激な少子高齢化の進展と労働力不足の深刻化があります。また、多様な人材の相互啓発によるイノベーションの活性化に期待する声もあります。しかしながら、まだまだインクルージョンを実践している企業やその効用を理解しているビジネスマンは一握りに過ぎません。
オリィ研究所はテレワークをしている人が操作し、接客やものを運ぶなどの身体労働を伴う業務を遠隔で可能にする人型分身ロボットのOriHime-Dを開発し、2018年11月と12月に分身ロボットカフェの実証を行っています。
写真2:分身ロボットカフェで働くOriHime-D
OriHimeは対話が主体ですが、OriHime-Dは前進後退・旋回の移動能力や簡単なものをつかんで運ぶ能力を有しています。カフェでの接客だけでなく、ビル内の案内や現場の見回りなど、身体を動かす業務にテレワークの領域が拡がります。このようなテクノロジーの進展、それからインクルージョンの考え方の浸透により、一人でも多くの方々が孤独から解き放たれ、社会参加が進むこと、そして結果としてオリィ研究所のビジネスが発展することを期待したいと思います。
今回紹介した事例
分身ロボットによって移動の制約をなくしあらゆる人の社会参加を可能にする - オリィ研究所「OriHime」在宅勤務やサテライトオフィスなどのテレワークが注目されているが、オフィスの状況が分からないことから、孤独を感じることが多い。そこでオリィ研究所では、OriHime(オリヒメ)と呼ぶロボットを自分の分身として職場や学校に置くことにより、利用者がその場にいる感覚を得て孤独感を解消できると考えた。…続きはこちら
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