本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、これまでとは少し趣向を変え、「IoT導入事例」として紹介した事例を分析し、IoT導入のベストプラクティスを考える番外編の第2回目です。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(番外編その2)

「IoT導入事例」に見る新しい価値の創出法(その2):モノ作りのサービス化

1.モノ作りのサービス化とは

 製造業のサービス化は1990年代後半に盛んに議論されたアイデアです。製造業のビジネスの基本は「モノを製造し、それを購入した顧客から対価を得る」というものです。これに対し「顧客価値はモノが提供する機能やサービスから生まれるものなので、モノが提供する機能やサービスによって対価を得る」というのがサービス化の考え方です。IoT導入で得られるデータを上手に活用し、このサービス化に成功した企業があります。番外編第2回目の今回は、モノ作りのサービス化のノウハウに迫ってみたいと思います。
 

2.定着までに時間がかかるサービス化

 これまで取材を行った中で、モノ作りのサービス化の事例はさほど多くはありません。IoT導入事例紹介での代表的なものは、三浦工業、ダイキン工業、栗田工業、リコー、いすゞ自動車、クボタなどです(2019年5月20日現在)。その大半の企業では、サービス化の起点は稼働管理です。稼働管理で収集したデータ活用を考える中で、あるいは顧客から要望を聞く中で顧客が抱えている課題に気付き、サービスの高度化や新サービス提供に踏み切る例が多いようです。将来的にはこれがさらに進化し、トータルソリューション提供に進化すると考えられます。ダイキン工業の場合は、アイデア創出に適した環境の実現、クボタの場合は気象条件に適した市場価値が高い作物のリコメンドとその栽培支援などが考えられます。(下図参照)
 
 サービス化がビジネスの一環として定着するまでには時間がかかります。一般には、5年から10年を要するケースが多いと言われています。ボイラの製造販売・メンテナンスが主力の三浦工業がオンラインメンテナンスを開始したのは1989年、空調機器のダイキン工業が空調機器の運転データ(温度・圧力・運転時間等)の収集を開始したのは1993年にさかのぼりますので、これは正しいのだろうと考えています。
 
 ちなみに、水処理装置・水処理薬品の製造・販売の栗田工業が、超純水供給サービスを開始したのは2002年、事務機器・光学機器のリコーが機器管理業務における顧客負担の低減およびカスタマーエンジニアの派遣削減による省力化を狙って@Remoteサービスを導入したのは2004年、トラック・バスなどの商用自動車製造のいすゞ自動車がドライバーの運転操作状況を遠隔でモニタリングするサービス「みまもりくんオンラインサービス」を開始したのは2004年です。これらの事例も開始から10年以上を経ています。比較的新しいのは、農業機械・建設機械のクボタで、データに基づく新しい農業経営を実現するため全社的なプロジェクトを発足させたのは2011年です。
 
 

2.1 現場と顧客の理解獲得に苦労

 サービス化の定着に時間がかかるのは、顧客の理解を得るのに時間がかかるからです。営業やメンテナンス拠点など現場の理解を得ることも大変ですが、これは丁寧に説明することで何とかなります。本当に大変なのは顧客の理解を得ることです。三浦工業の場合は、長年の間、営業や販売店が地道な努力を積み重ねるうちに、「こわれない」「とまらない」「省エネ運転できる」という稼働管理の価値が徐々に理解され、現在では、大半の顧客が保守契約プログラム付きでボイラを購入しています。また、更改の際に、大半の顧客が他社の製品に乗り換えず、同社の製品を選ぶ状態になっています。
 
 ダイキン工業は、故障頻度が少ない空調機器のリモート保守メンテナンスサービスの定着に苦労しています。このため、保守メンテナンスだけでなく顧客ニーズがある省エネ支援サービス、省エネ代行運転へとサービスを拡充しています。リコーは情報資産の漏洩防止など顧客のセキュリティ上の懸念解消やデータ活用のメリット理解のために丁寧な説明を行うと同時に、ISO15408(情報セキュリティ評価基準)認証を取得しています。クボタはデータに基づく農業経営メリットの理解を促進するため、導入農家の方々を集めたお客様全国大会の開催や顧客のウェブ上での交流推進など顧客同士の情報交換を推進しています。
 

2.2 データ活用のメリット増大に苦労

 各社ともデータ活用のメリット増大にも苦労しています。正確な故障予知や最適な運転制御を実現するには、十分な精度と粒度を有するデータを一定量集積することが必要です。各社ともデータ集めに苦労していますが、データ量の増大だけでなくデータ収集項目の見直し・拡大、判定ロジックの見直しなど地道な改善努力を継続することにより、故障の検知だけでなく予知を可能とする、あるいは予知内容の精度向上や予知時期の早期化など顧客メリットを拡大しています。
 
 この実現のために、新たな技術開発が必要になることもあります。例えば、栗田工業は薬品の注入制御の最適化に必要な薬品の有効濃度や水処理効果の計測・解析を行うため、レーザー散乱光や超音波でこれらを計測する技術を開発しています。一方、いすゞ自動車は、収集データの活用を社内各部署で推進し、排気ガス浄化装置、トランスミッション、エンジンなどの不調の兆しの検知について、比較的短期間で事業化レベルに仕上げ、予防整備につなげています。
 

3.サービス化・サブスクリプション化のメリット

 サービス化によって予防保全の実現、質の高いサービス提供、顧客ビジネスの効率化など、顧客にメリットのあるサービスを提供することが可能になります。これがサービス化の大きなメリットです。このサービス化をさらに踏み込んだ形で行うのが、サブスクリプション化です。
 
 サブスクリプション化では、顧客はモノを買い取り使用するのではなく、モノが提供するサービスを利用し、利用量に応じて料金を支払うことになります。複写機など事務機器やクラウドサービスの発展でアプリケーション分野では一般化している概念ですが、モノ作りではまだこれからという段階です。
 

4.サブスクリプション化に挑戦している栗田工業

 このサブスクリプション化に挑戦しているのは栗田工業です。超純水や純水の水処理装置を売るのではなく、水処理装置は自社で保有し超純水や純水をサービスとして供給するものですが、このサービスは好評です。水処理装置の運転管理には高度な専門スキルと経験が求められるため、運転管理担当者の離職に伴う後継者の育成や安定した水質を得るための日々の維持管理などに苦労していた顧客企業の課題を解決するものだったからです。
 
 サブスクリプション化は栗田工業にもメリットをもたらします。景気に大きく左右される水処理装置の販売というモノ売りと異なり、サービス事業の売上高は安定しています。また、IoTで収集したデータ分析を活用した装置の運用最適化と予防保全によって、顧客のトータルコスト削減が可能であり、これが同社の競争力強化につながるからです。
 

5.サービス化の促進に向けて

 サービス化を促進するためには、前回のメルマガで述べた稼働管理におけるIoT導入に必要な行動と同じく、次の5点が重要なポイントだと考えられます。
①  経営者のリーダーシップ
②  明確な目標設定とそれを実現する仕組みの構築
③  全社的なプロジェクトに取り組むと同時に組織内のさまざまな部門の
   プロジェクトを支援するトップ直属のIoT導入チームの設置
④  早期に成果が見えるパイロットプロジェクトの選定・実施
⑤  IoT化に必要な能力を確保・育成するための人材戦略
 
 また、これらの事項に加え、次の事項も必要になると考えられます。
 
⑥  データを読めるサービスエンジニアの育成
データを分析し、ワンストップでトラブルを解決したり、顧客からの相談に対応できる総合的知識・スキルを持つサービスエンジニアの育成 が必要です。この育成のため、三浦工業では社内教育制度と社内機種資 格制度を創設しています。
 
⑦  顧客などとの共創の推進
 顧客ビジネスに貢献するには、顧客要望を反映したサービスの創出・ 改善が不可欠です。また、最先端の知見やデータをタイミング良く取り 入れることも必須です。このため、クボタは顧客や公的機関、ICT企業 との連携を強化しています。ダイキン工業は、テクノロジー・イノベー ションセンターを設置し、顧客やICT企業を始めとするさまざまな組織 と共創し、新たな価値創出に挑戦しています。
 顧客などとの共創を促進するにはIoT導入戦略を策定し、組織内外に対しそれを説明することがポイントになります。オープン化によってさまざまな知見に触れる機会を増やすのです。オープンイノベーション的要素を取り入れることでIoT導入やデータ分析の効用をスピーディーに拡大するスピードエコノミーを取り入れることがポイントです。
 

6.まとめ

 モノ作りのサービス化は簡単ではありません。稼働管理、関連サービスの提供も、ある程度データが集まらないと価値創出に結びつかないからです。また、創出価値の定量化も予測が難しく、かつ、データ活用が進むにつれて、次第に増大するという側面を持っています。KPI(Key Performance Indicator:重要成果指標)のような短期間で成果が出るプロジェクトに適した管理指標とは当初は相いれない世界なのです。その代わり、価値創出につながるデータの集積に成功し、顧客課題の解決に結びつくサービス化に成功すれば、他社がなかなか追いつけない確固たる立場の確立につながります。
 
 モノ作りのサービス化の成否には、経営者の強い意志があること、それに加え経営者の想いに応えることができる人材がいるかどうかが一番の鍵となります。単なるモノ作りだけでは、世界的な競争の中で生き残りが難しい時代に既に入っています。時間はある程度かかっても、辛抱強くデータ活用を進める、データを活用したサービス化を進める、これが今後のモノ作りには必須だと考えます。
 
 
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