本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、睡眠データなどを元に高齢者の見守りという価値創造に挑戦しているエコナビスタ株式会社(本社:東京都千代田区)の「ライフリズムナビ+Dr.」を取り上げます。

【ここに注目!IoT先進企業訪問記(21)】

睡眠データなどの活用で高齢者の生活の質を改善-エコナビスタ

1. エコナビスタ株式会社とは

 エコナビスタは大阪市立大学医学部疲労医学講座発のベンチャー企業で、ホームオートメーション技術をベースとしたシステムの開発・販売からスタートしました。例えば、住宅や商業施設、病院などにセンサーを設置し、温湿度にたえず揺らぎを与えることにより疲れの少ない快適な環境を提供するシステム、モバイル機器やパソコンからAV機器、照明、カーテン、ブラインド、空調などの機器を簡単にコントロールするシステムなどです。

 

2. 高齢者向け健康見守りサービス「ライフリズムナビ+Dr.」

 同社は、今まで培ってきたセンサーデータを処理する技術を健康管理分野で活かすため、数年前から介護施設向けに健康医と連携した高齢者向け健康見守りシステム「ライフリズムナビ+Dr.」の開発を行ってきました。

 

3.「ライフリズムナビ+Dr.」の特徴

 ヒトの状態や行動のセンシングに関しては、多くの企業や組織がさまざまなIoTシステムを開発・提供していますが、これら多くのIoTシステムと同社のシステムが異なるのは、データ分析の際に医学的知見を組み合わせたこと、そして、多くの切実な課題を抱えている介護施設を当初のユーザとして選択したこと、の2点です。

 

3.1 疲労に関する医学的知見の活用

 ① 睡眠パターンから疲労回復指数を算出

 大阪市立大学医学部疲労医学講座が持っているコア技術は、従来は感覚的な表現にとどまっていた疲労を客観的な指標で定量化するものです。疲れているのは体ではなく脳、なかでも呼吸や体温の調整などを司る「自律神経」であることに着目。自律神経を計測する技術を発展させ、睡眠パターンや睡眠の構造・状態を分析することによって、疲労回復の度合いを指数化するアルゴリズムを開発したのです。

 ② 睡眠の質と健康の密接な関係

 快適で満足度の高い睡眠が取れているかどうかは、人の健康にとって極めて重要です。高齢者では、就床時刻が早めで起床時刻がやや早め、睡眠時間は長めですが、中途覚醒時間が増加して睡眠の質が低下する睡眠パターンが多くあります。睡眠に問題があると認知症のリスクが高まることがいくつかの研究で明らかになっています。また、感染症に対する免疫力低下、夜間の徘徊・排泄、昼夜逆転、日中の意欲低下など、介護上の多くの課題が睡眠の問題と密接に絡んでいるという研究報告も沢山あります。睡眠時無呼吸症候群のように、睡眠時の疲労回復を妨げるだけでなく、高血圧や心疾患といった生活習慣病につながる可能性のある課題もあります。

 ③ 睡眠の質の指標化

 同社のセンサーを活用すれば、図1に示すようにセンシングデータから高齢者の一日の行動や睡眠を可視化することができます。また、同社が大学と一緒に開発したアルゴリズムを使えば、高齢者の睡眠パターンからその質を割り出し、温湿度データの分析結果と合わせて、図2に示すように「疲労回復指数」「快眠指数」「快眠環境指数」という分かりやすい形式でビジュアルに示すことができます。

 ④ 睡眠の質の「見える化」が健康状態の改善に貢献

 就床時間を多少遅くしたり、昼寝の時間を短くしたり、あるいは日中に軽い運動を行なうことや温湿度を調整することで、睡眠の質を上げることができると言われています。センサーでそれらを計測し、かつ、睡眠パターンの改善度を算出することで、それぞれの効果の有無を検証できるようになります。同社は、今まで「眠れない」とか「疲れがとれない」という感覚的な表現でしか示せなかった睡眠の質を客観的な指標で把握し、高齢者やその介護者・家族に分かりやすい形で提供しているのです。指標化によって、睡眠の質の現状が「見える化」されます。また、その改善状況も「見える化」されます。これが睡眠の質の改善に大きく貢献するのです。客観的な指標で示されると人はより深く納得し、それが行動を起こし、続ける上でインセンティブになります。まさに「見える化」が、健康状態の改善に向けた「薬」の役割を果たすのです。

 図1 エコナビスタ社取得データを元にした医師からの健康アドバイス付きレポートの例
【出所】ライフリズムナビ+Dr.公式サイト http://info.liferhythmnavi.com/ より
 
 図2 上記レポートに含まれる本日のライフリズムスコア
【出所】ライフリズムナビ+Dr.公式サイト http://info.liferhythmnavi.com/ より
 

3.2 介護施設というユーザの選択

 ① きっかけは介護施設からの要望

 同社は、医学の知見と寝ている人のセンシングデータを活用する技術の融合を考えている時に、「夜勤の人の確保が難しいので、人手不足を補う見守りのシステムがほしい」という介護施設からの切実な要望を知り、それに応える形でシステム開発を始めました。結果的に、多くの課題を抱えているユーザを選んだことになります。

 ② 課題山積のユーザを選択するメリット

 課題山積の現場を持つユーザが重要なのは、他では得られない多くの気付きが得られるからです。「どこに解くべき問題があるのか」を見つけるには最適なユーザなのです。同時に、課題を解決するためにさまざまな工夫が求められ、システム開発としてはチャレンジングな案件となります。事実、入居者である高齢者の夜間の徘徊や排泄、熱中症や脱水症の発生、転倒による骨折やケガ、体調変化、睡眠の昼夜逆転などの課題やその予兆を検知するには、想定以上にさまざまなセンサーが必要でした。

 ③ 高齢者に配慮したセンサーの選択

 一部の高齢者は、センサーを体に付けることをいやがります。このため、「ライフリズムナビ+Dr.」は、ベッドのマットレスの下に設置する「センサーマット(体動センサー)」の他、「人感センサー」「温湿度センサー」「扉の開閉センサー」などさまざまなセンサー、しかも高齢者の体に取り付けないでデータを収集できるセンサーを用意しています。

 ④ 介護施設の問題解決に向けて

 センサーでデータを取るだけでは意味がありません。介護施設の課題解決につながる気付きやエビデンスを得るために、的確なデータ分析や速やかな警報発出が求められます。センサーマットからは睡眠の状態に加えて、呼吸、心拍のデータを収集していますが、睡眠状態の変化から認知症の予兆などを検出しています。

 ⑤ データの組み合わせによる体調管理

 人感センサーでは、高齢者の活動の有無を把握しています。センサーによって、トイレの回数も計測しています。温湿度データとこれらのセンサーデータを組み合わせることで、高齢者の体調変化を素早く把握できます。例えば、「日中の室温が30度を超えていた」「ベッドに入ってから眠りにつくまでの時間が長くなっており、深夜の覚醒回数が増加していた」「昼の活動量が低下し、トイレ回数も減少していた」というデータから、脱水症や熱中症が起こりやすい状態だと判断し、空調温度の調整やこまめな水分補給を注意喚起することにより、これらを予防することが可能になります。

 ⑥ 現場に寄り添いシステム改善

 介護施設側からはサービスの使い勝手に関してさまざまな要望が出され、同社はきめ細やかに対応しています。例えば、最初は警報の発出を一律にしていたのですが、入居者の状態に応じて警報の閾値を変えたいので施設側で閾値を設定できるようにしてほしい、と施設側から改善が求められました。また、警報が出るまでに若干のタイムラグがあったのですが、これも事故を避けるため寝ている高齢者の体動があったら直ちに通知するようにしてほしいとの声が寄せられ、データをアップロードするタイミングの迅速化やクラウド側で処理し、通知するまでの時間短縮を実現しました。その他、電池の交換頻度の低減や機器の設置位置など、現場の要望に即したさまざまな改善を重ねています。

 同社のシステムは、まさに厳しい目を持ったユーザによって鍛えられ、使えるシステムへと進化を遂げたのです。

 

4.今後の展開

 4.1 順調に進む介護施設への導入

 2016年11月のサービス運用開始から2年が経過し、介護施設での導入床数は1,000を超えています。データの蓄積により、睡眠と健康の関係についてもより深い知見が得られるようになっています。

 4.2 新市場開拓の可能性

 「眠れない」「疲れがとれない」という問題は、介護施設の高齢者に特有の問題ではなく、多くの人に共通する悩みであり、この悩みの解決に向けて、さらに発展が期待される分野です。介護施設における市場開拓をさらに進めると同時に、運輸やスポーツ分野などでの活用も有望です。これらは、安全面やパフォーマンス面で疲労度の定量化とその回復に必要な生活・睡眠パターンの把握が必要な領域だからです。

 さらには、介護や見守りを必要としない一般個人向けのサービス展開も大きな可能性を秘めています。既に、「ライフリズムナビ+Dr.」を一般家庭向けに拡張するため、2018年5月に東京ガスと共同で実証実験を行なうことを明らかにしています。日々の暮らしの中で取得できるデータから毎日の疲労状態に関する分析や見える化、ならびに毎日の元気につながるソリューション提案を検討する予定です。

 4.3 成長のドライバーは良いパートナーとの出会い

 ビジネス向け、および個人向けの新市場開拓には、人材も資金も必要です。これらのリソースを割いてくれる企業と協働して対応することが、他の企業に先んじた成長のドライバーとなります。エコナビスタが有する優れた知見と技術が、良いパートナーとの出会いでさらに活用されること、睡眠データなどの更なる蓄積で同社の知見や技術が一層磨かれることを期待したいと思います。

 

 今回紹介した事例

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入居者の体調変化や危険を見える化し、介護施設での見守りを支援する「ライフリズムナビ+Dr.」

ライフリズムナビ+Dr.では、各種センサーから独自のアルゴリズムで解析することによって、見守り対象者の睡眠度や疲労回復度を定量化し、脱水症や認知症等の予兆の見える化を実現した。加えて、活動量のモニターによって、徘徊等の危険につながる行動の検知も可能である。 ...続きを読む

 

 
 
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