本メルマガは、IoT価値創造推進チームの稲田修一リーダーが取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。 

 今回は、ベンチャー企業のルートレック・ネットワークス(本社:川崎市麻生区)が提供しているスマート農業システム「ゼロアグリ」を取り上げます。

【ここに注目!IoT先進企業訪問記(14)】

半導体のノウハウを農業で活かす-ルートレック・ネットワークスの「ゼロアグリ」

 農業では「水やり10年」という言葉があります。適切な水やりができるようになるまでに、10年かかることを意味します。単に水をあげるだけではもちろん駄目。良く言われるのは「植物が水を欲した時に与える」。土質とその状態、植物の育ち具合、葉の状態、天気予報、温湿度変化などから植物の思いを読み取り、適量の水を与えるのだそうです。まさに「勘と経験」「匠の技の世界」です。

 農業でマニュアル化が一番困難なのはこの「潅水」(かんすい:水やりのこと)、それに「施肥」だと言われています。農作物の収穫量や品質に大きな影響を与える作業が、熟練農家の暗黙知となっているのです。また、この作業は、農家の規模にもよりますが、事前に天気予報や作物の葉の状態などを確認する作業を加えると、毎日2~3時間くらい必要な手間のかかる作業でもあるのです。ルートレック・ネットワークスはこの「潅水」と「施肥」に焦点を当て、センサーで取得したデータと独自のアルゴリズムによって潅水・施肥を自動制御するスマート農業システム「ゼロアグリ」を開発したのです。

1. 技術のポイントは熟練農家の「勘と経験」のアルゴリズム化

 「ゼロアグリ」で採用されたのは、点滴潅漑システムです。点滴チューブの穴より水と肥料を混ぜた液肥をぽたぽたと垂らすのです。このシステムでは、土の中の水分と養分を均一に制御でき、同時に、水と肥料の使用量を大幅に減らすことができます。広域で点滴を可能とする技術は1959年にイスラエルで開発され、1960年代末にはオーストラリアや北米、南米に広がりました。現在では、葡萄、バナナ、トマト、イチゴ、サトウキビ、綿、トウモロコシなど様々な農作物に適用されています。この点滴潅漑自体は、新しい技術ではありません。

 同社の取り組みが素晴らしいのは、この技術を高度化したことです。同社が工夫した点は二つあります。一つは、一般的な温室である「パイプハウス」に対象を特化したことです。図に示すように、「パイプハウス」は複合環境制御装置のない最もシンプルな温室ですが、日本国内の温室設置面積の98%がこのタイプです。アジアの国々にもこのタイプの温室が沢山あります。同社は、大きなマーケットに注目したのです。

 また、パイプハウスでの農業は、国内では省力化、アジアでは水不足や肥料成分による地下水汚染などの課題を抱えています。これらは、点滴潅漑の自動化を実現した「ゼロアグリ」の導入によって解決可能です。マーケットの大きさに加え、新技術導入のインセンティブが高い領域を選んで事業化しているのです。この絞り込みは簡単そうに見えて、なかなか実行できない判断です。

 もう一つは、センサーで取得したデータをベースに潅水施肥を制御していることです。土壌センサーでハウス内の地温・土壌水分量・土壌EC値を、日射センサーで日射量を計測し、データに基づいて人工知能が作物の成長度合いに応じた最適な液肥を供給するアルゴリズムを開発したのです。アルゴリズムの開発は明治大学の協力を得ながら行ったそうですが、3年かかったそうです。そして、現在も海外を含めた100拠点のデータを活用し、アルゴリズムの精度を高めています。

注:ECは電気導電率(Electrical Conductivity)。通常の土壌では、土壌を流れる電流量の計測によって土壌に含まれる硝酸態窒素のおおまかな量を知ることができ、窒素肥料の施肥量の判断に活用可能。ルートレック・ネットワークス社は、この値を独自の計算方法で算出している。

図:日本におけるタイプ別温室の設置面積
【出所】農林水産省「施設園芸をめぐる情勢」(平成29年8月)
 

2.  新規参入のハードルを下げた「勘と経験」のシステム化

 同社の技術は、主にパイプハウスにおける果菜類(イチゴ、トマト、キュウリ、ナスなど)の栽培に使われています。同社のアルゴリズムにしたがって液肥を供給すれば、新規就農者でも大きな失敗をすることなく作物栽培が可能となります。岩手県陸前高田市の若手生産者のケースでは、同地域の熟練農家の「勘と経験」を反映した液肥の供給で、熟練農家とほぼ同等の収量のキュウリ栽培を実現しています。

 新規就農者にとって、最初の数年は苦労の連続です。潅水・施肥がうまくいかず作物を枯らしてしまう、十分な収穫量や品質を実現できず収益を確保できない、等のケースが多いからです。失敗の連続で農業は難しいと感じ、離農してしまう若手も多いそうです。同社の技術を使えば、このような事態に陥ることを避けることが可能になります。蓄積したデータを活用したアルゴリズムの開発・高度化で農業分野への新規参入のハードルを大幅に下げることに成功しているのです。

 一方、同社のアルゴリズムは熟練農家にも便益をもたらしています。潅水・施肥という手間の省力化で、農作業の労力軽減が可能になります。浮いた労力を栽培面積の拡大につなげることができるのです。熊本県八代市の農家の場合は、一日当たり1時間かかっていた潅水・施肥の時間を1週間当たり30分に短縮でき、トマトの栽培面積を40アールから70アールに拡大しています。

 また、農家の「勘と経験」を活かすことも可能です。同社のシステムはアルゴリズムの補正機能が付いており、「勘と経験」でこの補正ができるのです。ハウス内の環境、液肥の供給状況、6時間先までの天気予報、写真記録などのデータを基に、農家の好みや栽培環境により合う液肥の供給量や濃度にするなどの補正が行われています。例えば「作物をもっと甘くしたい」場合は水の供給量を少し絞ります。逆に、「収量を増やしたい」場合は水の供給量を増やすのです。過去のデータを検証することにより、「勘と経験」を進化させると同時に作物の出来を好みに合わせて調整することが可能なのです。

 潅水・施肥アルゴリズムの最適化は「水やり10年」と同じで簡単ではありません。アルゴリズムの精度向上や機能の高度化には農家の声が不可欠ですし、何よりもデータ量に応じてアルゴリズムの精度が高まり、農家ごとの好みや栽培環境に対応できるようになります。同社の場合は、既にベトナム、タイ、中国を含む100拠点でシステムが稼働中です。また、2012年に明治大学の協力でシステムを導入以来、6年間の稼働実績があります。稼働データと最適化に向けたフィードバックの蓄積、それに加え農家との協働で蓄積された様々なノウハウの存在を考えると、他社が短期間で同社のアルゴリズムの完成度に追いつくのは困難でしょう。

3. 新技術のヒントは半導体の生産管理

 ルートレック・ネットワークスの佐々木伸一代表取締役社長は半導体業界出身ですが、そのノウハウには農業界にも転用できる点があると感じているそうです。半導体生産では、データをベースとした徹底したプロセス管理を行っています。半導体におけるプロセスの最適条件を探すため、あるいは歩留まりを上げるためのデータ活用と、農作物の収量や品質を上げるためのデータ活用は、発想や方法が似ているのだと思います。

 また、液肥タンク内の残量表示や液肥切れ予想日の表示、昨年のデータなどをSNSで配信し知らせるやり方は、半導体の生産管理でミスがでないよう警告するやり方と似ています。ここでも半導体の生産管理のやり方を取り入れているのでしょう。

 世界に冠たる生産管理技術を確立した我が国の半導体産業は、市場変化への対応が遅れ競争力を失いました。この反省からか、佐々木社長はマーケットをしっかりと見ておられます。また、早い段階から海外に進出しておられます。佐々木社長のリーダーシップで同社の挑戦が成功し、データを活用するスマート農業システム「ゼロアグリ」が一層普及すること、それからパイプハウスにおける果菜生産にイノベーションが起こることを期待したいと思います。

今回紹介した事例

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パイプハウスで低コスト・高収益を 実現する
スマート農業システム 「ゼロアグリ」

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