本メルマガは、IoT価値創造推進チームの稲田修一リーダーが取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。 

 今回は、ベンチャー企業のメロディ・インターナショナル(本社:香川県高松市)が開発している周産期医療用の遠隔医療プラットフォームを取り上げます。

【ここに注目!IoT先進企業訪問記(13)】

クラウド型胎児心拍計・子宮収縮計で周産期医療を変える-メロディ・インターナショナルの挑戦

 メロディ・インターナショナルは、「救える命を確実にこの世界へ」「世界中のお母さんに安心・安全な出産を」をスローガンに、手軽に持ち運び可能なクラウド型胎児心拍計・子宮収縮計を使った遠隔医療プラットフォームの構築を目指しています。同社の尾形 優子CEOを取材した際に強く感じたのは、課題が明確でその解決策・展開戦略が見えているということ。周産期医療の課題と世界展開を視野に入れた同社の戦略をご紹介しましょう。

1.    減少する産科病院、増加する高齢出産

 周産期医療注1を変えた発明があります。現在、メロディ・インターナショナル顧問の原 量宏 香川大学瀬戸内圏研究センター特任教授らが1970年代に開発に関わり、世界標準となった超音波ドップラーを使った検査方式CTG(cardiotocography:胎児心拍数陣痛図)です。妊婦の腹壁に計測器を装着し、胎児心拍数と子宮収縮圧を計測し、胎児の状態を総合的に評価する検査です注2。我が国の周産期死亡率は世界最小ですが、この発明とこれを使った妊婦健診制度の確立が大きく貢献したと言われています。

 この世界に冠たる我が国の周産期医療が、現在、大きく揺らいでいます。その原因は、少子化・晩婚化です。産科病院が減少する一方で高齢出産が増加しているのです。厚生労働省によると、産婦人科・産科を標ぼうする一般病院の数は4,296(1996年)⇒3,152(2006年)⇒2,667(2016年)と20年間で38%減注3、同じ期間の出生数は1,206,555(1996年)⇒1,092,674(2006年)⇒976,978(2016年)と19%減です注4。出生数の減少割合の2倍のスピードで病院数が減少しているのです。

 特に、地方では分娩できる施設のない自治体が増えています。2017年11月29日付けの日経新聞電子版によれば、北海道では179の市町村のうち150近くで、出産できる医療機関がないという状況です注5。離島やへき地など交通事情の悪い場所を中心に、緊急時の対応体制が脆弱になっているのです。

 一方、35歳以上で初めて子供を産む高齢出産の件数は61,603(2006年)から99,259(2016年)に増えています。出生数に対する割合では5.6%(2006年)から10.2%(2016年)と2倍近くに増えているのです注6。高齢出産は、統計的に見ると周産期死亡率が高いなど、出産全体の中でもリスクが高いため、いざという時に、妊婦の状態を迅速に把握し、対応する仕組みを構築する必要性が高まっているのです。

 周産期医療に関わるこの課題を解決するために、メロディ・インターナショナルが実現しようとしているのが、CTG用の胎児監視装置を小型化し、自宅や近くの診療所などで手軽に計測し、遠隔にいる産科医らに伝える仕組みの構築です。同社はこれを実現するため、前述の原特任教授らと病院で使われている据置型の胎児監視装置を手のひらサイズに小型化したクラウド型胎児心拍計・子宮収縮計(写真参照)を開発し、遠隔で見守る仕組みである遠隔医療プラットフォームを構築しているのです。

 妊婦は、この小型の医療機器を自分の腹部に当てベルトで固定し、胎児の心拍とお腹の張り(子宮収縮圧)を測定します。機器は胎児の心拍音を拡大し聴かせる機能を持っているので、妊婦は計測が適切にできているかどうかを自分で確認することができます。そして計測データをクラウドに蓄積することにより、インターネット経由で産科医らが胎児の状態や分娩のタイミングを遠隔から把握できるようにしたのです。もちろん計測データは、タブレット端末により妊婦自身も見ることができます。

クラウド型胎児心拍計(右側のピンクの機器)と子宮収縮計(左側の緑の機器)
 

 産科医がデータを見て問題がなければ、その旨を妊婦に告げることで安心感を与えることができます。一方、気になる兆候や分娩の兆しがあれば、来院を促すことで迅速かつ最適なタイミングでの対応が可能になり、リスクを減らすことができます。特に、離島やへき地などに住み、通院の負担が大きい妊婦にとっては、自宅での計測が可能になるとともに、健診や入院を適切な時期に行うことが可能となり喜ばれているそうです。また、産科医にとっても、切迫流産などの予期せぬ緊急対応を減らすことにつながります。まさに、ICTとデータ活用により、周産期医療の課題解決につながる仕組みが実現できるのです。

注1:周産期(妊娠22週から生後満7日未満の期間)前後の期間は、母体や胎児、新生児の生命にかかわるさまざまなトラブルの可能性が考えられるため、これに対応するための医療のこと。

注2:胎児の心拍数は、発育状況や健康状態を確認するためのバロメータとなっている。母体の子宮収縮に合わせた心拍数の変化を確認するため、お腹の張り(子宮の圧力)も同時に計測している。

注3:厚生労働省「平成28年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」(2017年9月26日)より

注4:厚生労働省「平成8年、18年及び28年の人口動態統計」より

注5:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23997000Y7A121C1L41000/参照

注6:厚生労働省『平成28年人口動態統計(確定数)の概況「第4表:母の年齢(5歳階級)・ 出生順位別にみた出生数)」の「母の年齢(5歳階級)・ 出生順位別」』の表から計算して算出。

2 遠隔医療プラットフォームの普及は地道な実証から

 このように周産期医療に大きなインパクトを与える可能性がある遠隔医療プラットフォームですが、産科病院を巻き込んだ実証実験を重視するメロディ・インターナショナルの取り組みは意外に地道で、かつ、ベンチャーにとっては厳しい体力を要するやり方です。実証実験は、離島やへき地における妊婦のサポートの実証のために奄美大島と小豆島、都会における高齢出産のリスクを想定した東京、それにタイと南アフリカで行っています。

 この地道な取り組みには、前職で周産期電子カルテを開発販売した尾形CEOの経験が活きています。病院や診療所を回ったけれど「そんなものいらない」と言われ、購入してもらうまでに3年かかったそうです。医療現場に新しいシステムを受け入れてもらうには、「使える」と認めてもらうことが不可欠です。学会展示などで理解を深め、さらに実証実験の積み重ねで医療現場に「使える」と認めてもらうことが、急がば回れで普及を速める上で有効な戦略であると実感しているのです。

 幸いなことに、最近では「使ってみようか」と興味を示す医師も増えている一方、実証実験を行う中で収集するデータの精度も向上しているそうです。さらに、遠隔医療に関しては、政府がこれを推進するという追い風も吹き始めています。

 一方、発展途上国では遠隔医療プラットフォームは、日本とは比べものにならないくらい必要なものです。周産期医療体制の整備が遅れている上、産科医が不足しており、周産期死亡の確率が日本と比べものにならないくらい高いからです。幸いなことに周産期医療の分野では、日本発の母子健康手帳がアジア・中東、アフリカ諸国を中心に30カ国以上(2015年1月現在)で活用され注7、日本の周産期医療を受け入れる体制になっている国も多いとのこと。日本以外でも大きなニーズが存在し、かつ先人達の努力で導入環境も整っているのです。

 タイでは、国際協力機構(JICA)、香川県、香川大学とタイアップし、医師のいない診療所などで計測したデータを見て産科医が診断する仕組みづくりを行っています。チェンマイ大学病院で実証実験を開始し、現在はチェンマイの全公立病院に拡大する予定になっています。今後もJICAの政府開発援助の仕組みなどを活用し、ミャンマー、インドネシア、南アフリカ、ケニアでの展開を予定しています。

 同社は、課題を解決する遠隔医療プラットフォームの開発・構築だけでなく、その展開についてもグローバルな視点を持ち、戦略的に実行しています。もちろん、戦略的な展開を確かなものにするためには、解決しなければならない課題もあります。それは、クラウド型胎児心拍計・子宮収縮計の一層の低廉化と使い易さのさらなる向上です。

 尾形CEOは成功していた周産期電子カルテの会社をスピンアウトし、リスクの高い機器の小型化に挑戦し、さらに資金も体力も必要な実証実験を推進するなど遠隔医療プラットフォームの開発・構築にエネルギーを注いでおられます。「電子カルテは記録することはできるけれど、命を救うものにはならない。命を救うにはデータを取り遠隔地にいる医師に伝える小型の機器が必要」という彼女の強い想いが現実のものになり、一日も早く世界の周産期医療に変革が起こることを期待したいと思います。

注7:特定非営利活動法人HANDS(Health and Development Service)のホームページからの情報(http://www.hands.or.jp/activity/mch/hb/index.html

今回紹介した事例

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クラウド型胎児心拍計・子宮収縮計で胎児と妊婦を見守る-「MELODY i」

 産婦人科医不足のため、地方では産婦人科を維持できない病院が発生している。当社は、従来は病院で使用していた胎児監視装置を小型化したクラウド型胎児心拍計・子宮収縮計を開発し、在宅での遠隔健診を可能とする、周産期遠隔医療プラットフォームを開発した。...続きを読む

 

 
 
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