本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、株式会社安川電機から分離独立したIT会社である株式会社YEデジタル(本社:福岡県北九州市小倉北区)と、福岡県を基盤とする大手私鉄の西日本鉄道(本社:福岡県福岡市博多区、以下「西鉄」という)グループによる、スマートバス停に関する共創について紹介します。

 

ここに注目!IoT先進企業訪問記(60)

乗客の利便性向上とバス会社の働き方改革を同時に実現したYEデジタルのスマートバス停

1.  雑談から始まったシステム開発

 YEデジタルは、他の先進企業と同様にオープンイノベーションを推進しています。九州工業大学との共創による研究活動の促進、北九州市との連携によるさまざまな企業や研究機関、スタートアップの実証実験の後押しなどの活動を行っています。このような取り組みを続けていると、思わぬ形で新しいプロジェクトが始まることがあります。このスマートバス停はまさにそのような事例でした。

 同社の担当者が、西鉄のバス部門、ICT部門の担当者と雑談している中で、バス停の時刻表の張り替え作業が大変で困っているのだけれど、ICTを駆使してこれを解消できないかという話が出たのです。西鉄グループは福岡県内で約1万基のバス停を管理しており、ダイヤ改正やイベントに伴うダイヤ変更の際に、深夜から早朝にかけて人海戦術でこれに対応していたのです。働き方改革の観点からこの改善は急務でした。

 早速、西鉄、西鉄バス北九州、西鉄エム・テックと同社の4社でワーキングチームを結成し、バス停のスマート化に向けた検討が始まりました。2017年のことです。
 

2.  こだわったのはバス会社と乗客双方の利便性

 4社の検討は、イノベーションの基本手順を踏まえています。まず、乗合バスを取り巻く課題とスマートバス停によって目指す社会を描いています。その結果、労働人口の減少に伴う公共交通利用者の減少という課題はあるものの、高齢者の移動手段の確保、マイカー利用に伴うCO2排出量増加の防止には、公共交通機関へ人々を誘導する取り組みが重要との結論を導き出しています。あわせて、スマートバス停がもたらす社会面や環境面での効用をまとめています。

 それによると、バス会社に対しては、時刻表の張り替えの手間が省けるだけでなく、イベントや乗客数に応じたダイナミックなダイヤ改正が可能になり、機会損失を防止することが可能になります。実際、西鉄バス北九州は北九州空港線エアポートバス2路線の全バス停23基をスマートバス停に変更し、コロナ禍による頻繁な航空ダイヤ改正(今までの年2回が最大月3回と約10倍に増加)に対応したバスダイヤ改正を機動的に実現しています。時刻表が紙ベースのままであったら、これは困難だったと考えられます。

 また、乗客に対しては、リアルタイムの情報表示や外国語表示機能によるインバウンド対応、バスから乗り継ぎする他の交通機関(鉄道や航空便等)の情報表示など、公共交通機関利用の利便性を向上させるアイデアが盛り込まれています。さらに、バス利用者の見やすさを考えて、現在時刻の時間帯のバスの時刻を拡大表示することでこれに対応しています(図1参照)。

 乗客からは「バス運行情報や運休情報をすぐに確認できるので便利」「外国語の表示があってすごく助かった」「現在時刻が大きく表示されるから目が悪くても見やすい!」「バスを待ちながらニュースを見ることができる!」と好評です。

 このような顧客目線の開発を支えたのは、同社が新しい機能を実証し顧客の意見を踏まえながら改善するというアジャイル開発注1の手法に習熟していたからです。それに加えて、国土交通省が進めた、公共交通機関の時刻表と地理的情報に関するオープンフォーマットであるGTFS-JP(General Transit Feed Specification Japan)の標準化が大きな効果を発揮しました。時刻表フォーマットが統一されたことで、バス会社のダイヤ策定システムとスマートバス停システムの連携が容易化したのです。開発コスト低減という観点からは、大変ありがたい標準化でした。

注1:アジャイルは「すばやい」「俊敏な」という意味。「アジャイル開発」は、システムやソフトウェア開発手法の一つで、「要件定義→設計→開発→実装→テスト→運用」といった工程を機能単位の小さいサイクルで繰り返しながら開発を進める。開発途中で顧客要望などを取り入れ、仕様を追加・変更することが予想される開発案件に向いている。
 

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図1:現在時刻の時間帯のバス時刻の拡大表示の例(YEデジタル提供)

3.  苦労の連続だったスマートバス停の開発

 好評を博しているスマートバス停ですが、その開発は苦労の連続だったそうです。バス停がある場所では、電源が得られない可能性があります。このため、商用電源を利用するタイプだけでなく、太陽光発電や乾電池で動作するタイプも開発しています(図2参照)。太陽光発電や乾電池の場合は、電源容量に限りがあるので、液晶ディスプレイを省電力型にする、動画広告を静止画、あるいはなしにする、通信は省電力が可能なLPWA注2を使う、などの工夫を行っています。

 また、防水、防塵、風、高温対策などにも工夫が求められました。さらに太陽光の明るさで画面が見えなくならないよう高輝度のディスプレイを省電力運用することも必要でした。さらには、道路占用許可を得るために、デジタルサイネージ注3をバス停として認めてもらうことも必要でした。これらのハードルをクリアした上でスマートバス停は実用化されています。

注2:Low Power Wide Areaの略で、省電力で長距離通信を行うことが可能な無線技術のこと。

注3:ディスプレイなどの電子的な表示機器を使って情報を発信する装置。電子看板と呼ばれることもある。
 

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図2:スマートバス停のラインアップ(一部)(YEデジタル提供)
 

4.  コロナ禍の影響を受けたスマートバス停

 このような苦労を重ねて開発されたスマートバス停ですが、その普及に当たってはコロナ禍の影響をもろに受けています。顧客であるバス会社の経営が、乗客減で大きな打撃を受けたからです。でも、それはスマートバス停にとって良い面もありました。例えば、熊本地区では2021年4月から乗合バス事業者5社による共同経営がスタートしていますが、これを契機にバス停の時刻表も一本化されることになりました。各社が提供するGTFS-JP形式のデータをスマートバス停システムの中で統合し、一本化した時刻表を提供することができたのです(図3参照)。

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図3:熊本駅前スマートバス停の時刻表画面(産交バス、熊本電鉄バス、熊本バス、熊本都市バスの4社の時刻表が統合されている)(YEデジタル提供)


 また、投資回収のために、広告を活用するというアイデアも採用されました。駅前は広告の一等地であるにも関わらず、従来はバス停を活用した広告はできなかったのです。景観条例を変更してもらい、スマートバス停など高度な情報を提供する機器については広告が可能になりました。

 スマートバス停の有効利用にあたっても、オープンイノベーションの取り組みが活用されています。2019年にスマートバス停の利用アイデアを募集したところ、45社から55件の提案が出され、その中から次の4社をパートナー企業に選定し、開発に着手しています。

  1. 株式会社スイッチスマイル(東京都中央区):スマートバス停×Beaconで、お客さま一人ひとりに最適なタイミング・内容の情報を配信

  2. anect株式会社(福岡市中央区):まちがもっと楽しくなる、地元密着オトク情報サイト『バスっちゃ北九州』をアプリ化し、スマートバス停とアプリの連携で、バス停を『最適な情報や楽しみを発信してくれるスポット』へ

  3. 三井物産株式会社(東京都千代田区)および株式会社AiCT(熊本市):衣服のクリーニングサービスをアプリで予約・決済、ロッカーでの無人受け渡しを実現したスマートクリーニングサービス『LAGOO』と連携し、スマートバス停の利便性・付加価値向上(図4参照)

  4. 株式会社タイミー(東京都渋谷区):「この時間なら働ける」人と「この時間だけ働いてほしい」企業・店舗をつなぐスキマバイトアプリ『Taimee』の普及により、北九州エリアの人手不足を解消
     

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図4:クリーニング対応ロッカー一体型スマートバス停の実証実験で使われた装置
(YEデジタルホームページ)
 

5.  スマートバス停の今後の発展

 2019年から設置が始まったスマートバス停は71基導入し、順次拡大しています。しかしながら、全国各地に52万基あると言われるバス停の数からすると微々たるものです。導入費用が、スマートバス停普及の大きなボトルネックとなっているのです。このため、助成金を活用して導入されるケースも増えています。スマートバス停は、バス事業の高度化や利用促進に密接に関連するので、これまで以上にバス事業とスマートバス停をセットで検討する必要性が高まるでしょう。

 スマートバス停に関連する新たな取り組みとしては、高齢者を含む乗客によるスマートフォン利用が進むことが前提ですが、QRコードとスマートフォンの連携に期待が持てます。バス停にQRコードを準備しておき、乗客がそれをスマホで読み取ると時刻表が出てくるようにするのです。これが可能になると、一気にバス停のデジタル化が進みます。西鉄では既にQRコードの利用が根付いているそうですが、残念ながらそうではないバス会社も多いので、これについても普及促進のための戦略的な取り組みが必要です。

 将来、地域の交通はオンデマンド型の導入、自動運転の導入で大きく変化することが予想されます。その中でバス事業は、地域交通の主体として大きな役割を果たすことが期待されています。同社と西鉄グループの共創による地域交通のイノベーションが進展すること、その成果により地域の足が守られることを心から期待したいと思います。
 

今回紹介した事例

シャープ

バス停のイノベーションによる利用者の利便性向上とバス会社の働き方改革の同時実現 – YEデジタルのスマートバス停

バス会社のダイヤ改正は、時刻表の張替えを一晩で更新する必要があるなど膨大なマンパワーを要するため、旅客需要の変動に応じたダイヤ改正を行うことが困難であった。そこで、複数社共同でIoT技術を活用したスマートバス停を開発し、時刻表更新の課題解決に加えてバス利用者の利便性向上や新たなビジネス機会の創出を実現した。...続きを読む

 

 

 
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