掲載日 2025年09月01日


古野電気株式会社

【事例区分】
  • 社会課題解決の取り組み
  • 実証実験等の取り組み

【関連する技術、仕組み、概念】

  • IoT
  • DX

【利活用分野】

  • 農林水産業

【利活用の主な目的・効果】

  • 生産性向上、業務改善
  • サービス・業務等の品質向上・高付加価値化、顧客サービス向上
  • 事業継続性向上

課題(注目した社会課題や事業課題、顧客課題等)

 古野電気株式会社(以下「当社」)は、これまで船舶用電子機器を主力とし、無線通信分野での技術開発を積み重ねてきた企業である。その技術力を活かし、新規事業として地域課題の解決に取り組む中で、徳島県那賀町における林業現場の深刻な労働力不足と安全性確保という課題に直面した。

 那賀町は過疎化と高齢化が進行する中山間地域で、林業が主要産業であるにもかかわらず、2000年時点で200人を超えていた作業者が2020年時点では106人にまで減少しており作業者の確保が難しくなっている。また、「架線集材」と呼ばれる作業では、ロープウェイのようなシステムを簡易に構築し、伐採された長さ20メートル・重量1トン前後の木材を空中に張ったワイヤーロープに吊って谷間から空中搬送して運び出すという極めて危険な工程が含まれる。このような作業に従事する人材の減少は、林業の持続性そのものを脅かしかねない状況である。

 そうした現場からの相談をきっかけに、当社はグループ会社であるフルノシステムズと連携し、山間部でも長距離通信が可能なWi-Fi HaLow(IEEE 802.11ah)と、衛星通信Starlinkを組み合わせた遠隔操作および監視システムの開発に乗り出した。単なる作業の効率化にとどまらず、地域の暮らしと産業を守るための現場DXへの挑戦が、こうして始まった。

 

事例の概要

サービス名等、関連URL、主な導入企業名

サービス名:林業機械の遠隔操作化および現場モニタリングの実証実験
関連URL:https://www.furuno.co.jp/news/general/general_category.html?itemid=1551&dispmid=1017
                   https://www.furuno.co.jp/news/general/general_category.html?itemid=1691&dispmid=1017

 

サービスやビジネスモデルの概要

 当社が開発・実証している林業支援システムは、「危険作業の遠隔化」と「現場全体の様子の常時可視化」を両立させる、通信インフラと現場機器を融合した統合型のソリューションである。特に、山間地に多く見られる“電波圏外”という過酷な環境下においても、安定した通信と作業支援を実現できることが大きな特徴である。

中核となる構成は以下の通り(図1):

 遠隔操作システム:グラップル(木材を掴んで運ぶ装置)に設置したカメラからの映像(図2)を、最大約700メートル離れた操作場所へリアルタイムで送信。作業者はその映像を見ながら、木材の集材作業を遠隔から安全に行うことができる。映像伝送には、省電力・長距離伝送が可能な「Wi-Fi HaLow(IEEE 802.11ah)」を活用。従来のWi-FiやLPWAでは届かなかった地形でも、安定した遠隔操作が可能となっている。

 現場モニタリングシステム:太陽光で駆動するソーラー型ネットワークカメラを山中の作業現場に常設し、Starlink(衛星ブロードバンド通信)を介して監視映像をクラウドに常時アップロード。これにより、作業の進捗確認、気象災害発生時の状況把握、労災発生時の映像証拠の確保などを、遠隔地からリアルタイムに行える。また、Starlink経由でのインターネット通話も可能となっており、携帯圏外でも緊急連絡手段が確保されている。

 さらに、導入コストも重要なポイントである。同様の自動化・AI搭載システムは、他社製では非常に高価だが、古野電気の構成では安価に導入可能となる見込みであり、中小規模の林業事業体でも導入しやすいパッケージを考えている。

図1:実証検証の構成イメージ(出所:古野電気提供資料)

図2:グラップルに搭載したカメラ映像(出所:古野電気提供資料)

 

取り扱うデータの概要とその活用法

本システムは、次のデータを活用している。
 ・映像データ(グラップルカメラ映像)
 ・通信経由のクラウドアップロード画像(作業可視化・安全確認)

 

事例の特徴・工夫点

価値創造

 Wi-Fi HaLowの長距離・低消費電力通信という特徴を活かし、山間部における安全性の高い作業環境を実現。Starlinkと組み合わせることで、通信圏外の現場でもクラウド映像送信が可能になった。これにより、災害時の迅速な対応や、遠隔地からの状況確認が可能となり、作業の効率と安全性が大幅に向上した。

 導入前には、映像伝送のタイムラグや画面酔いが懸念されたが、実際には遅延はほとんどなく、操作のしやすさが確認された。また、現場作業員のICTリテラシーに対する不安もあったが、若い作業者が多く、積極的に協力を得られた点は予想外で、実証の推進に大きな役割を果たした。

導入や事業化時に苦労した点、解決したハードル、解決に要した期間

 通信面では、谷間に電波が届かないという課題があった。これに対しては、中継器を搬器上に設置することで、見通しの悪い地形でも通信が確保できるよう工夫する予定である。

 また、距離感の把握という操作面での課題については、カメラの視点調整や距離センサーの開発によって解決を図る予定である。消費電力が多いStarlink、それからアクセスポイントへの電源供給については、初期はポータブルバッテリーを使用していたが、持続的な運用を見据えて、ソーラーバッテリーやワイヤーを使った電源の導入で解決を図る予定である。

 製品化を視野に入れる中で、今後は耐久性やメーカー保証、安全規格への適合など、製品としての完成度をさらに高める必要があるという課題も見えてきている。

重要成功要因

 成功の鍵となったのは、何よりも「人」のつながりである。自治体、大学、地元林業者、工事会社など、異なる立場の関係者が実証段階から一体となって現場に入り込み、意見を交わしながら改善を積み重ねてきた。雨天時にも作業を続けるなど、現場の協力体制は極めて強固であり、これが実証の成功につながっている。

 加えて、古野電気とフルノシステムズが持つ通信技術の蓄積と、すでに開発されていたカメラ機器やStarlink連携ノウハウが土台にあったことも、実装のスピードと柔軟性を支える大きな要因となった。

技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの

 本システムの中核をなすWi-Fi HaLowは、長距離・省電力通信が可能な次世代通信技術であり、山間部における映像伝送においてその性能が存分に活かされている。また、Starlinkとの組み合わせによって、携帯電話の電波が届かない現場でもクラウドとの常時接続が可能となり、インターネット通話や遠隔指示など、多目的な通信が実現した。

 機材は、グラップルに後付けできる構成となっており、様々なメーカー製品への汎用性も備えている。今後はこのパッケージ化が進めば、さらに導入のハードルが下がり、普及の加速につながることを期待している。

 

今後の展開

現在抱えている課題、将来的に想定する課題、挑戦

 実証を通じて、遠隔操作や監視技術の有効性が確認された一方で、集材作業における高さ・距離感の把握や、安定した電源供給の確保といった課題が浮き彫りとなった。今後は距離センサーの導入や、ソーラー・ワイヤー給電の活用を進めるとともに、AIによる半自動操作や木材の位置記憶機能など、さらなる効率化にも取り組んでいく。

技術革新や環境整備への期待

 Wi-Fi HaLowの出力制限(10%Duty)の緩和や、モバイル端末からStarlink衛星への直接通信の実現、林業機械・設備への補助制度の整備が進めば、林業機械の遠隔操作化および現場モニタリングを実現する技術の普及・実装は大きく加速する。また、AIや遠隔操作の社会実装に向けて、クラウド活用や無人機器の運用を支える仕組みの整備にも期待している。

強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動

 他社製グラップルにも対応可能な後付け型の通信モジュールの製品化を進めている。あわせて、AI支援による集材作業の精度向上、距離認識、操作UIの改善など技術面の強化も図る。講演活動や地域連携を通じて普及を推進し、林業現場との共創体制の維持・拡大も目指している。

将来的に展開を検討したい分野、業種

 当社の通信・監視・遠隔制御技術は、林業に加え、災害監視、水資源管理などの分野でも応用の可能性がある。これらの技術を中山間地域の共通基盤とすることで、他産業との連携や異業種との協業を視野に入れた展開を進めていきたい。

 

本記事へのお問い合わせ先

古野電気株式会社 システム機器事業部 事業企画部 事業企画課

e-mail : yutaroh.uchikata.jb@furuno.co.jp

URL :  https://www.furuno.co.jp