IoT導入のきっかけ、背景
当社の事業の柱のひとつである建築事業では、NTTグループのICTに関する技術力を活用しながら、ビル・建物の価値向上を目指した研究開発を行っており、地震対策もその一つである。2011年の東日本大震災では、長周期地震動を受けた超高層建物の揺れが長時間続き、建物内設備や什器類などの転倒、天井や壁などの損傷、さらにはエレベーターの停止が多発し、建物内の多くの人々が不安に感じることとなった。しかし、その後も既存の超高層建物の長周期地震動対策は、十分に進んでいるとは言えない状況である。
このような現状を踏まえ、当社では長周期地震動の揺れを低減する技術の研究開発を強化することとした。この結果、大型模型試験体を用いた振動試験で、従来技術のパッシブ制振(*1)と比較して、建物の揺れを50%以上低減できる技術を開発した。
本技術の核となる要素は、①建物に設置した機械装置(油圧式ダンパー)を駆動して揺れを抑えるアクティブ制振(*2)を採用したこと、②深層強化学習(*3)によって高い制振効果を持つ制御方法を算出・採用したこと、である。地震発生時には、制御方法を学習したAIが建物に設置されたセンサーからの計測データを用いて油圧式ダンパーの減衰力を制御し、建物の揺れを速やかに抑える。なお、油圧式ダンパーの制御は、電動アクチュエータによって、ダンパーに生じる軸方向速度を制御することにより実施している。
本技術の導入により、パッシブ制振と同じ制振性能を概ね半数のダンパーで実現することが可能となり、工事量や工期の削減が見込まれる。今後、電源供給などの信頼性確保や提供方法を検討した上で、2018年度内の本格提供を目指している。
IoT事例の概要
サービス名等、関連URL、主な導入企業名
サービスやビジネスモデルの概要
- AIに地震時の建物の揺れを抑える最適制御方法を学習させ、建物に設置されるセンサーの計測データを用い、地震時にダンパーの減衰力を自律的に制御して建物に生じる揺れを抑制する。
- 対象は長周期地振動による揺れの影響の高い超高層建物。新たに建設する建物だけでなく既存の建物も対象としている。
内容詳細
最適な制御方法は、対象となる建物個々の構造や地震のパターンにより異なる。概ね以下の手順で、さまざまなパターンの地震に対するその建物の最適な制御方法を得る。
- 設計情報などに基づく建物構造をモデル化する。
- あらゆるパターンの地震を想定したデータセットを用い、数値解析シミュレーション上で、長周期地震動を速やかに抑える制御方法を、深層強化学習手法により学習させる。
- 建物模型を用いて、学習により得られた最適な制御方法の有効性を、当社の持つ振動実験設備(*4)にて検証する。例えば、東日本大震災時の揺れを再現するなど代表的な揺れのパターンで有効性の検証を行う。
- 検証の際に得られたデータを、①モデル化、②シミュレーションにフィードバックし、最適な制御方法の完成度を上げる。
シミュレーターを用いる深層強化学習イメージ振動試験の様子
(*4)当社振動実験設備:広帯域対応大型3次元振動試験システムで、マグニチュード8クラスの巨大地震時における超高層建物内部の揺れを忠実にシミュレートすることが可能な世界最高性能を誇る3次元振動台
概要図
- 当社振動試験設備に大型模型試験体(ビル模型)を設置し、長周期地震動を再現することで技術の有効性について検証している。
- 振動実験では、長周期地震動の成分を持つ地震動波形の他、建物が共振する地震環境下における制振効果を確認するため、模型試験体の1次固有周期と同じ周期の正弦波を入力波形とする振動実験も実施した。その結果、パッシブ制振と比較して建物の揺れを50%以上低減できることを確認した。
取り扱うデータの概要とその活用法
AI(深層強化学習)が学習の際に使用するデータは、地震の際の揺れデータという蓄積に時間を要するデータである。当社は、NTTグループの施設に地震計などを設置し、長年に亘り揺れデータを収集してきた。この蓄積した沢山のデータをはじめ、様々な地震動データを建物地震応答シミュレーターに入力し、試行錯誤によって建物をできる限り揺らさないアクティブ制御ルールをAIに学習させる。また、学習結果については、当社の大型模型試験体を用いた振動試験で実証し、その有効性の検証を行っている。深層強化学習と実験設備検証を組み合わせることにより、AIの学習効果を上げ高い制振性能を実現している。
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
- 予測不可能で非定常性の強い地震動に対する建物の揺れは複雑であり、その制御方法については教師データとなる正解がない。本開発では、制御AIの学習に、報酬を手がかりに試行錯誤を通して最適な制御ロジックをつくっていく「深層強化学習」を採用した。学習には、建物の状態の捉え方、報酬の求め方をはじめとする様々なパラメータの設定が必要であり、振動抑制効果の高い制御AIが導き出せるパラメータの設定にたどり着くのにかなりの時間を要した。
- 実用化に際しては、コスト(アクチュエータ・ダンパーの台数や位置、工事費など)と効果とのバランスが必要であり、この観点の検討・検証にも時間を要した。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
本技術開発においては、株式会社エヌ・ティ・ティ・データおよび株式会社NTTデータ数理システムの協力のもと、NTTグループのAI技術「corevo®(コレボ)」を活用し開発した。
「corevo®」は日本電信電話株式会社の商標です。
http://www.ntt.co.jp/corevo/
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
導入に際しては、地震時や災害時を含め365日24時間動作する信頼性が必要である。安定して提供できる電源設備などの信頼性確保や既存ビルへの導入など開発した技術の具体的導入方法の検討に取り組んでいるところである。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
- 本技術は既存の建物への導入を視野に入れている。特に、阪神淡路大震災などを契機に建築基準が強化されたが、それ以前に建てられた建物への導入は必須ではないかと考えている。本技術は、対象建物の構造をモデル化すること、アクチュエータ・ダンパーなどの設置工事が必要であることから、建物の所有者をはじめ、建物の設計者、施工者との連携が必要であり、関係構築を進めて行きたい。
- 超高層建物の長周期振動については、地震動の他に風による揺れもある。将来的には風対策への展開も視野に入れたい
将来的に展開を検討したい分野、業種
ゼネコンなど超高層建物に関わる設計業者、施工業者との連携を図りたい。