本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、北海道庁石狩振興局、ベンチャー企業のゼロスペック株式会社(本社:東京都新宿区)などが、官民連携して取り組んだIoTを活用した灯油難民防止に向けた実証実験について紹介します。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(32)

官民連携で過疎化に対応する-IoTを活用した灯油難民防止策の実証

1.灯油難民防止策が必要な理由

 北海道庁石狩振興局、新篠津(しんしのつ)村役場、JA新しのつ、ゼロスペック株式会社、京セラコミュニケーションシステム株式会社、さくらインターネット株式会社の6者は、共同でIoTを活用した農山漁村の灯油難民防止に向けた地域実証実験に取り組みました。家庭用灯油タンクにセンサーを取り付けて灯油残量を毎日計測し、そのデータを低コストで通信を可能とするLPWA注1を使って灯油配送業者に送信し、配送業務の効率化が可能かどうか検証したのです。

 冬季の最低気温がマイナス20℃を下回ることがある地域を抱える寒冷地の北海道では、灯油は重要なライフラインの一つです。日本海側では最深積雪量が時に200cmを超える地域もあり、積雪をかき分けて灯油を配送する業務は激務となります。しかも、このような地域は過疎化の進展で人口が減少しており、灯油配送業務の採算確保が困難となるケースが増えています。さらなる過疎化が進行すると、この業務の採算性が一層悪化し、灯油配送が十分に受けられない「灯油難民」が発生する懸念があります。

 このような情勢の中、灯油配送業務の継続に向けて、その効率化や配送業務を担当する配達員の負担軽減が急務となっているのです。

注1:Low Power Wide Areaの略語。消費電力が少なく遠距離通信を実現する無線通信方式のことをいう。現在、IoTの構成要素の一つとして注目されている。

 

2.官民が連携した実証実験のきっかけ

 灯油難民防止に向けた実証実験のきっかけは、2017年9月頃にゼロスペックの多田代表取締役社長が北海道庁の石狩振興局に相談したことでした。やる気と能力がある責任者がいて、かつ、上司に恵まれると、官の企画・調整力は抜群の威力を発揮します。この事例の場合がそうでした。

 まず、本システムは過疎化が進む地域でより威力を発揮することから、農村部で実証実験をやろうという話になりました。実証実験の場所としては、北海道の典型的な農村で、気候条件は厳しいけれど、通信システムがあり、村がコンパクトにまとまっている新篠津村が候補に上がりました。協力をいただく灯油配送業者は、農村地域で灯油配送の中核を担うJAグループと調整し、さらに通信システムということで、LPWAを提供している京セラコミュニケーションシステムとLTE注2方式の通信サービスを提供しているさくらインターネットに声がけすることになりました。

 円滑に事業を進めるためには事前に説明をしておくべき機関・団体も多く、調整に労力がかかった部分もあったそうですが、同年の11月27日には、冒頭で述べた6者によるタイアップ事業協定が締結されました。そして、実証実験に必要なLPWAの基地局を前倒しで設置し、2017年12月から翌年5月まで実証実験を実施することとなったのです。石狩振興局は、過疎化が進む中で灯油配送事業者がいなくなるという危機感を持っていました。また、実証実験をきっかけに、税金を使わずにLPWAのインフラ整備ができるかもしれないという期待もありました。この危機感と期待が、迅速な協定締結につながったのでしょう。

注2:Long Term Evolutionの略語、携帯電話の通信規格の一つ。

 

3.実証実験の概要

 実証実験は、6者によるタイアップ事業協定でそれぞれの役割を決めて行われました。実証したIoTシステムは、センサーでタンクの灯油残量を毎日測定し、その結果をLPWA経由でJA新しのつに送付するという単純なものです。実証実験対象地区で灯油配送を実施している153戸のうち、83戸に延べ97個のセンサーを取り付けて行いました。(下図参照)

 灯油の配送は今まで通り定期配送と注文による臨時配送を続けるのですが、IoTシステムで得られた灯油残量から算出する最適化した場合の配送回数と実際の配送回数を比較することにより、配送業務の効率化がどれくらい可能かを検証したのです。

 ポイントは、センサーで灯油残量を把握できることです。現在は平均すると灯油が40%消費された時点で給油しているのですが、センサーで測定し70%くらい消費された時点での給油に切り替えることができます。この70%というレベルは、灯油切れを起こさない安全水準として設定されています。この変更だけで、実証実験対象地区の給油回数を858回から684回へと約20%削減できることが判明しました。センサー設置家庭に限れば、給油回数を470回から296回へと約37%も減らせるのです。

 また、灯油残量の可視化で適切なタイミングで給油が可能になり、灯油切れのリスクがなくなるので、配送業務を担当する配達員の精神的負担が減ること、消費者にとっては安心感につながることも確認できました。

図 実証実験の全体システムとその実施体制

 

4.過疎地域での協働を促進する可能性がある官民連携

 官が特定の民間企業と組んで、そのビジネスをサポートすることに対しては、批判が出ることが通例です。この実証実験に対しても「他に灯油配送事業者がいるのに、何故、JAとだけ実証実験をやるのか」などの意見が出されたそうです。また、そもそもIoTが何であるか知らない人が多く、実証実験の説明自体も大変だったそうです。

 実証実験では、センサーが小型だったので、灯油タンクのキャップをセンサー付きキャップに交換するだけでタンクの残量計測とデータ送信が可能となりました。実験対象となった家庭では、こんなものでIoTを実現できるのかと共感してもらえたことが大きな収穫でした。また、マスコミが多数取材に訪れ、好意的な記事を書いてくれたこともあり、批判も収まりました。

 過疎対策に有効なアイデアが民間から提案されれば、それを官が積極的に支援すべきだと思います。過疎地域は収益機会が少なく、競争原理が働きにくい環境です。むしろ協働を促進することで、地域の経済活動や社会活動を支えることが必要です。そして、その核となるのは地方自治体ではないかと思います。今回の事例は、過疎地域での協働を実現した好例です。ちなみに、本事例はICTを活用して、地域が抱えるさまざまな課題を解決し、地域の活性化を図っている事例として、2019年3月8日にICT地域活性化大賞2019の大賞/総務大臣賞を受賞しています。

 

5.今後の展開に向けて

 今回の事例はベンチャー企業のアイデアを地方自治体が支援し、その有効性を実証実験で確認したものです。石狩振興局は過疎化に悩む道内他地域の参考となるよう、2018年9月に「IoTを活用した農山漁村の灯油難民防止等に向けた地域実証実験報告書」注3を取りまとめ公表しています。

 今回の実証実験をきっかけに、石狩振興局管内ではLPWAがほぼ全域で使える状態になりました。石狩振興局では、灯油配送事業に続くIoT関連の取り組みの活発化を期待しているそうです。LPWAはインフラ監視、獣害対策、農業用ハウスの温度管理、見守りなどさまざまな分野への応用が可能です。また、実証実験終了後もタイアップ事業協定に基づきIoTを活用した各種地域課題解決に向けた検討を進めているとのこと。開発した灯油の残量モニタリング技術は、食品、化学、流通・小売、エネルギーなど幅広い適用分野があります。

 一方、IoTを活用した灯油の残量モニタリングのアイデアを提案したゼロスペックは、開発したシステムの北海道全域や東北エリアでの普及に努めています。2018年秋から現在までに既に約6,000台を超えるセンサーが運用されています。また、配送先を自動的にリストアップし発注発送を自動的に管理するシステム、その配送ルートを自動的に生成するシステムについても開発中です。

 民間企業のアイデアと活力をベースに、地方自治体が多くの関係者を巻き込んで進めた実証実験の結果が、今後、灯油難民防止やその他さまざまな形で過疎対策に効果を示すことを期待したいと思います。

 

注3:報告書については、 http://www.ishikari.pref.hokkaido.lg.jp/ss/num/touyu_web.pdf を参照されたい。

 

今回紹介した事例

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官民連携による「IoTを活用した農山漁村の灯油難民防止等に向けた地域実証実験」の取り組み

北海道の農山漁村では、高齢化・過疎化による生活インフラサービスの低下が問題となっている。暖房用燃料である灯油の配送もその一つで、将来的な「灯油難民」が発生する危機感を抱いていた。
石狩振興局は、ゼロスペック社に提案を受けた「スマートオイルセンサー」による実証実験をスタートさせた。 ...続きを読む

 

 

 
 
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