本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という)(本社:東京都渋谷区)が設立した「モビリティ変革コンソーシアム」の取り組みをとりあげます。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(52)

外部の力を活用し変革を加速するJR東日本の取り組み

1. 変革が求められる鉄道事業

 JR東日本は、解決が難しい社会課題や次世代の公共交通に関するイノベーションを実現するため、既に2017年9月に「モビリティ変革コンソーシアム」を設立していました。今となっては、絶妙な時期に立ち上げたものだと感心します。現在、コロナ禍で同社の主力事業である鉄道事業が大きな打撃を受けており、一方では、自動運転やロボット技術の急速な進展などで事業変革を加速する必要性が高まっているため、そのドライバーとしてコンソーシアム活動が不可欠となっているからです。

 国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成29年推計):出生中位・死亡中位推計」によると、我が国の人口は2020年からの30年間で約20%減少します(2020年の1億2593万人⇒2050年の1億192万人)。さらに、テレワークなど働き方改革も進展しています。人々の移動ニーズの減少で、固定費割合が大きい鉄道事業は利益が圧迫されるリスクがあったところに、コロナ禍が追い打ちをかけ、鉄道事業などの需要が急減したのです。

 同社の2021年3月期の連結決算は、売上高が前期比40.1%減の1兆7645億円 、経常利益は5797億円 の赤字でした。鉄道事業やバス事業だけでなく、駅構内店舗、広告代理業、駅ビルやホテル業といった関連事業も大幅な減収でした。このような事態に対応し、同社は、コロナ禍で従来の「集中」「会社中心」「マス」という人々の行動様式が、予想より10年ほど早く「分散」「生活中心」「パーソナル」に不可逆的に変化することを前提に、変革のレベルアップとスピードアップに挑戦するとしています。
 

2.苦手意識を打破するために設立したコンソーシアム

 JR東日本は国鉄に端を発する会社であり、鉄道インフラやその技術・知見などを起点として新サービスや新ビジネスを考える伝統が色濃く残っています。しかし、これからの社会で新たな価値を創出するには、ヒトが生活する上での「豊かさ」を起点に、同社の強みと外部の技術・知見を組み合わせてサービスやビジネスを創出し、社会に提供する方が時代にマッチしています。

 同社は、他社と手を組んでオープンイノベーションをおこなうことに苦手意識があったそうですが、そこを打破するためにモビリティ変革コンソーシアムを設立したのです(図1参照)。発足してから現在までに、駅・列車など同社が持っている場所やデータを提供し、コンソーシアムで出されたアイデアをベースとしたさまざまな実証実験を推進しています。

図1:モビリティ変革コンソーシアムの組織概要と機能
(モビリティ変革コンソーシアム提供)
 

3.この指とまれ方式で進める実証実験

 モビリティ変革コンソーシアムでは、テーマごとに幹事企業を決め、自分の持つ技術が貢献できると考える会員がこの指とまれ方式で集まり、実証実験を進めています。費用は各社が持ち寄ります。

 例えば、「案内AIみんなで育てようプロジェクト」は、これまで人が行っていた案内を、サイネージを含むロボットで代替することが可能かどうかというテーマを実証するのが目的です。色々なロボットを集めて、東京駅、浜松町駅など22か所でフェーズ1(2018年12月7日~2019年3月15日)の実証を行なった結果、①実証実験が世の中に十分には認知されていないことで案内AIの活用機会が広がらない、②大画面のサイネージや音声によるユーザインタフェースでは、顧客は周囲の目が気になり話しかけるのが恥ずかしい、③多言語対応を充実する必要がある、④乗換案内や飲食店情報など個別具体的な質問対応は回答のバリエーションが広く、AIでは十分な応答ができない場合がある、などの課題があることが分かりました。

 これらの課題を踏まえ、フェーズ2(2019年8月5日~2019年11月10日)では、サイネージ型、チャットボット型を含む性能が良かったロボットに絞り、30か所で実証しています。フェーズ1で明らかになった課題に対しては、

① 案内AIシステムの認知度向上のため、一部のAIシステムを駅周辺地図などの近くに置く

② 周囲の目を気にせず利用できるよう、小型のディスプレイを使う、あるいは受話器型のスピーカーに変更する

③ 日・英・中・韓の4ヵ国語対応を基本とする

④ 個別具体的な質問に対応するため、外部情報サービスとの連携を図る

などの改善を行いました。

 人型ロボットが、お客様とのやりとりの中で、うまくいかなかったことがあったのか、負傷するアクシデントもあったそうですが、雑音レベルが高い駅の環境で正確な音声認識と意味理解がまず必要だということ、不適切な受け答えとならないようAIの学習結果をロボットメーカーの方で常に確認することが重要であること、それにユーザインタフェースや見栄え、使ってみたくなる外観などに工夫が必要なこと、AIが対応できない場合は人で対応する必要があることなど、実用化に向けたハードルが見えたのが大きな収穫でした。
 

4.イノベーションのお手本のようなやり方を採用

 実証すべきテーマと目標を設定し、実証実験で課題を洗い出し知見を共有する。短いサイクルで、より実際的なテーマと目標を再設定し、次の実証実験につなげるのは、イノベーションの教科書的なやり方です。日本企業は研究開発段階では進んでいても、実用化では後れをとる場合が多々あります。PoC(Proof of Concept:概念実証)がアリバイづくりに終始し、実用に結び付かないケースも頻発しています。

 同コンソーシアムの実証実験も、当初は、提案が出た順にできそうなものからやっていくというスタイルだったのですが、やりっぱなしにならないよう途中から次の3つの方向性を決めて行うことにしました。

① 実証実験を行うことが目的:各企業がシーズ志向で色々な技術を持ってきて実証を行い、得た知見を共有

② JR東日本のサービスとして実装につなげることが目的

③ 製品として外に販売できるところまで持っていくことが目的

 この方向性を決めたことが、実証実験テーマの実用化を促進する方向に働いています。また、課題やニーズは、コンソーシアムでの自由な議論に任せていると次第にネタ切れとなってしまうことも分かりました。このため、事務局から「駅ナカを増収するための提案は?」などの投げかけを行い、アイデア創出を喚起するなどの工夫も行っています。

 ちなみに、「案内AIみんなで育てようプロジェクト」は上記の②に該当します。このため、高輪ゲートウェイ駅での4種類の案内AIの試行導入(2020年3月14日~9月末)を経て、コロナ対応を考えた非接触タイプの案内AI(図2参照)と非対面タイプの案内AI(図3参照)の実証実験(2020年12月~2021年1月)を行っています。

 実証の目的も、人間から案内AIに一定の業務を移行することを考え、案内AIの「定型業務を正確にこなす」「ログを機能向上に活用することができる」などの利点と、人間が得意とする「臨機応変な対応が可能」「心のこもったおもてなし」などの利点をどう組み合わせるのかなど、より実用化を見据えたものとなっています。顧客にはより進んだ安全・安心な環境で必要な情報を提供すると同時に、JR東日本としては従業員の負担軽減による働き方改革をめざしているのです。
 

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図2:案内AI(非接触タイプ)の実証実験(モビリティ変革コンソーシアム提供)

図3:案内AI(非対面タイプ)の実証実験(モビリティ変革コンソーシアム提供)
 

5.コンソーシアム活動の今後の展開

 モビリティ変革コンソーシアムの会員数は、2021年6月時点で140団体 となっています。参加企業は、これまでJR東日本と付き合いがなかった社の方が多いそうです。同社にとっては、今までにない知見が得られる、同じ技術でも別の品質の技術や新しいソリューションが得られるという、ビジネスネットワークや知見の拡大という大きな効果もあったそうです。同コンソーシアムの参加企業にとっても、同様のメリットが得られたものと考えられます。また、JR東日本という企業をより深く知り、ビジネス機会を広げるという恩恵もあったのではないでしょうか。

 同コンソーシアムは5年計画で活動しており、2022年度末で終了する予定ですが、コロナ禍でその活動は大きな影響を受けています。会員企業などが打撃を受け、今まで通りのリソースを割くことが難しくなっただけでなく、「混雑」に対する顧客の受け止め方が変わったことが大きなインパクトをもたらしています。今までは「混雑」が当たり前で、事業者が顧客の行動変化を促し、混雑を避ける施策を考案することでビジネスリスクを減らしていたのですが、現在は、顧客がそもそも「混雑」に近づかないという大きな行動変化が起きています。このため、人を集めずに収益性をあげるという全く新しいビジネスモデルの創出が必要になっているのです。

 コンソーシアムの活動も4年目を迎え、先行事例の実社会への展開も待ったなしです。参加企業などとの間で得られた関係性を維持・発展することも重要です。さらに、活動で得られた知見や経験をJR東日本の組織全体にビルトインするという作業も今後発生します。そして、これらのハードルを乗り越えることで、オープンイノベーションに挑戦した大きな果実が得られます。同社がこれに成功し、モビリティ分野の大きな変革を実現することを期待したいと思います。
 

今回紹介した事例

シャープ

オープンイノベーションでモビリティの新たな価値を創造する ― モビリティ変革コンソーシアムの取り組み

 社会や技術の変化によって、鉄道事業を取り巻く環境も大きく変化している。加えてコロナ禍によりテレワークが一気に進んだのと同様に、働き方や暮らしの変化が社会全体で進んでいる。こうした変化に対応するには、オープンな場で議論し、参加者が得意領域を持ち寄って新たな価値創造につなげるオープンイノベーションの手法が有効である。そのため、JR東日本初の試みとして、「モビリティ変革コンソーシアム」を立ち上げた。…続きを読む

 

 

 

 
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