本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は、ヘーベルハウスで知られる旭化成ホームズ(本社:東京都千代田区)のIoT防災情報システム「ロングライフイージス」を取り上げます。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(51)

「あきらめない」から生まれた価値-旭化成ホームズのロングライフイージス

1. ロングライフイージスの概要

 旭化成ホームズとその親会社の旭化成は、国立研究開発法人防災科学技術研究所の協力を得て、地震発生時に個別の建物の被害状況を迅速に推定するIoT防災情報システム「ロングライフイージス(LONGLIFE AEDGiS注1)」を開発しています。2021年7月から東京23区全域で試験運用を開始し、2022年度からヘーベルハウスの販売エリア全域にシステムを展開する予定です。

 東京23区に関しては、おおよそ2kmの間隔で166か所のヘーベルハウスに地震計を無償で設置し、高密度の地震観測網を構築しています(図1参照)。同時に、50mメッシュ単位のきめ細かな地盤データベースを整備し、地震計から得た情報を基に地盤データを使って50mメッシュという細かな単位で地震動を推定します(図2参照)。このデータと同社が持っている個々の建物の地震動に対する応答データを掛け合わせ、地震発生後10分から2時間程度の迅速さで、東京23区内に建つ約4万棟のヘーベルハウス・メゾン注2の建物被害レベルや液状化発生状況を推定します。

 ロングライフイージスから得られる高密度な地震動情報は、同社以外の建物や構造物、インフラなどの被害推定にも活用可能です。同社は、今後、外部へのデータ提供や協業も視野に入れてビジネスを展開する予定です。

注1:AEDGiS  : Asahikasei Earthquake and other disaster Damages Grasp information Systemの略。イージス(Aegis)は、ギリシア神話に登場する神の防具「アイギス」の英語読み。

注2:ヘーベルハウスは、旭化成ホームズの戸建注文住宅の名称。ヘーベルメゾンはヘーベルハウスの賃貸住宅の名称。ALC(Autoclaved Lightweight aerated Concreate)と呼ばれる軽量気泡コンクリートをパネル化した「ヘーベル」を外壁・床・屋根に使用していることが名称の由来となっている。
 

図1:ロングライフイージスの地震計の分布と設置した地震計(旭化成ホームズ提供) 

 

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 図2:通常の震度情報とロングライフイージスの震度相当値情報の比較(ロングライフイージスでは、50mメッシュで地震動相当値を推定している)(旭化成ホームズ提供)

 

2.ロングライフイージス誕生のいきさつ

 旭化成ホームズがロングライフイージス構想に行きつくまでには、一度、回り道をしています。2016年の時点では、地震計を有料で建物に取り付け、地震による建物の損傷の有無を判定する構造ヘルスモニタリングでのビジネス化を考えていました。しかし、システム提供にコストがかかる割に、顧客に提供できる価値が十分ではない、との経営判断で、2017年早々に事業化を取りやめたのです。ただし、研究活動は継続することになりました。

 巻き返しのために研究陣が注目したのが、防災科学技術研究所のJ-RISQでした。このシステムでは250 m メッシュごと、あるいは市区町村ごとに全壊・全半壊した建物の棟数などの建物被害をリアルタイムに推定することができます。全国約 5300 観測点から地震動データを受信し、地盤データを活用することで250m メッシュ(日本全国で約 600 万メッシュ)で地震動分布を推定します。そして、推定した震度分布をもとに被害建物の棟数を推定しているのですが、個々の建物の被害予測には踏み込んでいませんでした。個々の建物の被害推定に必要なデータを持っていないからです。

 ここにビジネス機会がありました。つまり、きめ細かな地震動の観測網ときめ細かな地盤データがあり、それに同社が持っている建物の種類別の地震動に対する応答のシミュレーションデータがあれば、個々の建物に地震計を取り付けなくても同社の建てた建物の地震被害が推定できることに気付いたのです。ロングライフイージスが生まれた瞬間でした。

同社は地震動の観測網の間隔を約2kmとしていますが、これは防災科学技術研究所との共同研究で割り出した数値です。23区における地盤データは地盤調査会社が保有する多数のボーリングデータと防災科研が構築した深部の地盤データを融合してロングライフイージス専用に整備しました。データは50mメッシュの密度で作成されています。
 

3.ロングライフイージスが生み出す価値

 地震で建物が被災した際に、持ち主が頼るのはまずは住宅メーカーです。このため、現在、旭化成ホームズでは、一定の震度を記録した地域の物件に現地調査や電話などでアプローチすることにしています。しかし、首都直下地震では、この数が数~十万棟オーダーの膨大な数になると予想されます。同社はきめ細かな振動分布をもとにした建物被害の推定で、この数を1/10から1/3に絞れると考えています。これに加え、建物の特性に応じた被害予測を行うことで、さらに被災物件が絞り込めるとしています。

 つまり、ロングライフイージスは、災害対応をバックアップするシステムとして、また、災害時の事業継続に不可欠なシステムとして大きな価値があるのです。同社の場合は、この災害時の建物のバックアップが他の住宅メーカーに比べて特に重要です。同社の調査によればヘーベルハウスを選択した多くの顧客は、耐震性をその理由にあげています。建物が震災に強いことはもちろん重要ですが、顧客の優先順位が高い事項において的確な対応をとることができるかどうかは、ヘーベルハウスのブランド価値に直結するのです。

 現代マーケティングの第一人者として知られる米国の経営学者フィリップ・コトラーは、「企業が安定的に成長するには、既存顧客の維持が必要不可欠」と説いています。顧客が困った時に的確に支援することは、企業成長の観点からも合理的なのです。しかも、IoT活用により顧客の状況をリアルタイムに把握し、工夫次第で困った時に助けるコストを低廉化することができるようになっています。先進企業ではこれを予防保全などに活用し、顧客満足度を高めつつ収益性向上に成功しています。

 ロングライフイージスは、コスト面から見ても優れたシステムです。166棟に地震計を取り付けることで、東京23区内約4万棟の建物被害を予測できるからです。他社の建物を合わせると、この数はさらに大きくなります。同社が建てた全ての建物に地震計を取り付ける場合に比べ、地震計関係のコストが約1/250と大幅に減少します。この低廉なコストを前提に考えると、利用者が負担可能な範囲で新たなサービスを創出することが容易になるのです。

 

4.ロングライフイージスの今後の発展方向

 旭化成ホームズは、2022年度より同社のヘーベルハウスの販売エリアである21都府県(大都市圏、太平洋ベルト地帯、西日本の一部)にシステムを展開する予定です。東京23区以外は、J-RISQの250m メッシュの地震動分布の推定結果と個々の建物の地震動に対する応答のシミュレーションデータに基づき、個々の建物被害を予測します。しかし、東京23区に比べると予測精度が落ちるため、現在、この精度向上策を模索しています。

 その一つは他団体が設置しているJ-RISQより細かい密度の地震計データを活用することです。もう一つは、安価で簡易な計測から被害を推定する技術の開発です。例えば、監視カメラの映像から揺れの状態が分かりますが、このような情報から被害が推定できるかもしれません。また、ソーシャルネットワークから被害の一部を把握することもできるでしょう。

 地震以外の災害、例えば水害や風害など他の災害の推定も求められます。また、省エネやカーボンニュートラルも重要な社会課題になっています。さらには、見守りやテレワーク、リモート学習などコミュニケーション機能の充実も必要になっています。このため、建物に取り付けられるセンサーやカメラの数は増加傾向にあります。

 建物に多くのセンサーやカメラがあると、その情報を基に顧客の困りごとをより詳しく、正確に把握することが可能になります。顧客のプライバシーに配慮することは不可欠ですが、困りごとが分かった際に必要なのは現場での対応力となります。同社のイノベーティブな取り組みとあきらめないで価値創出に突き進む挑戦心が、災害対応の効率化、円滑化につながること、それから我々の暮らしのさらなる安心・安全の向上につながることを期待したいと思います。
 

今回紹介した事例

シャープ

お客様の今を知ることによるレジリエンスの実現 - 旭化成ホームズのIoT防災情報システム LONGLIFE AEDGiS

 当社は東京都23区内に約4万棟の住宅を供給しており、もし大規模な震災が発生した場合は万単位の顧客調査を個別に行う必要がある。この課題を解決するために、約2km間隔に設置した地震計で計測したデータから、地震発生後10分~2時間程度で、そのエリア全てのヘーベルハウス・メゾンの邸別の建物被害レベルや液状化発生状況を推定する防災情報システム LONGLIFE AEDGiSを開発した。…続きを読む

 

 

 

 
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